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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第八章 伝道の拡がり
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#56 ジップロック論争勃発


「時間になりましたので、本日の講習はここまでになります。講義内容の質問は、事前メールに記載しました質問専用アドレスで受け付けておりますので、メールにてお願いします。

 それでは、受講者の皆さん、スタッフの皆さん、お疲れ様でした。明日の講習も今日と同じ9時からスタートですので、よろしくお願いします」


 カメラに向かって締めの挨拶をして、頭を下げるとアシスタントの遠藤さんも一緒に頭を下げた。


「はい!カメラ止めました!お疲れ様でしたー!」


 講習中の2時間ずっと講釈をしていたので、さすがに疲労感を覚えるほどで、事前に用意したペットボトルの緑茶もすでに飲み干してしまった。

 早く座ってゆっくりしたいので、せっかちな私は教卓にある資料やテキストをまとめて抱えると、放送委員顧問の先生、撮影監督の倉田君、その他カメラマンや音響、ADの生徒さんたちにも一人ずつ労いの挨拶を済ませ、読書部の三人と共にすみやかに視聴覚室を出た。


 すると、理事長と学園長の学園トップコンビと、村上教頭までも慌てた様子で飛び出してきた。あんなに慌てて走って、人工素材の毛髪がズレたり飛んだりしないのでしょうか。


「笹錦先生!笹錦先生!」


 廊下で大声を出して私を呼び止めたのは、武田学園長だ。


「はい、なんでしょう?今からこの子たちと食堂でお昼ご飯なんですが」


「お昼ご飯なんて言ってる場合じゃないでしょ!」


「お昼ご飯よりも大事なものなんて、この世にありませんよ?」


「また君はそういうことを言って!」


「あのですね、太古の昔より食というのはヒトにとって最も重要な――」


「先ほどの写本ですが、本物だというのは本当ですか?」


 学園長に向かってお昼ご飯の重要性を説教しようとしたところで、冷静に質問をしてきたのは村上教頭。しかし、いつものニコニコ笑顔は無く、真剣な表情だ。


「はい。学生時代に独自に調査をしまして、私の所見では、江戸後期に原本を元に書き写した原本系写本の可能性が極めて高いと考えております。根拠に関しての説明が必要でしたら、改めて時間を作って頂ければ、説明できますが」


「真贋の真偽もありますが、保管の仕方が問題なんです」


「保管ですか?湿気や空気に触れて劣化しないように、ジップロックに入れてありますよ?」


「歴史的な大発見かもしれない貴重な資料を、ジップロックに入れて持ち歩くなんてどうかしてますよ!?」

「あなたも古典文学研究者の端くれでしょ!?資料価値が分かっていて、なぜそのような杜撰な管理を!」


 学園長が怒るのはいつものことですが、村上教頭まで怒るのは初めてだ。


「そうは言っても、ウチの蔵にはこういった古い書物がたくさんありますので、全てを博物館並みに厳重保管するだなんて無理なんですよね。その点ジップロックは密閉性が高くて安価なので、非常に便利なんですよ」


「だからと言って、もし破れたり濡れたりしたら取返しがつきませんよ!」


「ジップロックは防水対策にもなります」


 新米古文教師VS学園長&教頭でジップロック論争をしていると、更科理事長が解決策を提案してきた。


「なら、その『雨月物語』の写本だけでも学園で保管したらどうですか?ショーケースを用意して、姫様からの大切な預かりものとして厳重保管しつつ、図書室で展示するなど」


 また、昼間から姫様と呼んでる。

 しかしなるほど。それは名案かもしれません。

 私が古典文学の魅力に憑りつかれたのは、幼少期より実物に触れて、読み漁っていたから。しかし、そんな環境は普通にはありえない。学園の生徒に『古文には、敷居なんてものはない』と言いながらも、実際には、生徒たちが現物に触れる機会は滅多にないでしょう。

 けど、ここにある写本の現物を学園で保管することで、生徒も目にすることが出来るようになれば、それもまた古文への愛着心を育むのに、一助になるかもしれない。


「いいですよ。学園に寄贈します」


「え!?あげちゃっていいんですか!?」


 ここで驚きの声を挙げたのは、これまで黙って様子を見ていた読書部の遠藤さんだ。


「ええ、夏期講習が終わったら実家の蔵に戻すつもりでしたが、学園で保管したほうのが、今後も、生徒さんたちも見ることができますからね。こういうことは即断即決が信条ですから、3冊ありますのでまとめて寄贈しますよ」


「保管方法の話だったはずが、一足飛びに寄贈とは・・・」


「それも、寄贈の決断が、まるでジップロック感覚・・・」


「そこがまた、笹錦先生のフリーダムさたる所以なのでしょう・・・」


 学園長と教頭の二人から、なんだか失礼なことを言われている気がしますが、早く食堂でゆっくりしたいので、ここはあえて気にしないでおきましょう。


 お昼ご飯が、私を待っているのです!








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