#54 古文の敷居
「本番始まりまーす。 サン、ニィ、イチ、(どうぞ)」
撮影監督の倉田君のカウントダウンが始まると背筋を伸ばし、キュー出しを見てから、声のトーンを意識して、ゆっくりと話し始めた。
「夏期講習受講者の皆さん、おはようございます。2年古文を担当します、笹錦です」
1カメのレンズを真っ直ぐに見つめ、挨拶した。
「今回の夏期講習は、大変多くの申し込みがありまして、教室での通常カリキュラムは難しく、また申し込みされた皆さんに、漏れなく受講して頂きたいとの学園からの配慮がありまして、このようなライブ配信での講習となりました」
教室での授業や体育館での挨拶と違い、反応が返ってこないので少し寂しいですが、カメラのレンズを見つめたまま続ける。
「なにぶん、学園としましても初めての試みですので、分かりにくい点、トラブルなどもあるかと思いますが、その辺り、ご理解いただければと思います」
そしてひと呼吸してから、カメラから視線を外して、ぐるりとスタッフ皆さんを見渡した。
「また、今回、急なお願いにも関わらず、お手伝いしてくださった放送委員、読書部の皆さんのおかげで、こうして多くの生徒さんに受講していただくことができます。ご協力、ありがとうございます」
そう言って、背筋を伸ばしたまま頭を下げると、スタッフの皆さんは拍手で応えてくれた。
「まずは初日ですので、簡単に日程と注意事項を説明します」
私の言葉を聞いて里子さんが合図を出して、栗林さんがプロジェクターで五日間の日程を表示させた。リハーサル通りだ。私が説明しているあいだ、アシスタントの遠藤さんも手際よく動いてサポートしてくれている。本番が始まっても、読書部の三人からは緊張した様子は見られない。もう大丈夫でしょう。
「それでは、講義を始めます。夏期講習では本来、通常授業以外の時間を使って、学力の向上を目指すのが目的ですが、今回の申し込み殺到を受けて、村上教頭先生からは『学力向上なんてお堅いことは言いません』と言われております。なので、受講者の皆さんも肩の力を抜いて、古典文学を楽しむつもりで受講してください」
私が名前を出しても、ギャラリーの中にいる村上教頭本人はいつも通りのニコニコ笑顔のまま。この程度で動揺を見せないのは、さすがです。毛髪に闇を抱えているのは伊達じゃない、ということでしょう。
「今回、みなさんに読んでいただく作品は、『雨月物語』という江戸後期に書かれた作品です。教科書には掲載されたことのない作品ですので、タイトルを初めて目にした方も多いかと思いますが、当時は多くの庶民に読まれ広まったことで、のちの作家たちへ影響を与え、日本の近代文学の原点の一つと位置付けられる作品でもあります」
「この夏期講習では、作品の内容だけでなく、そういった江戸時代当時の出版事情や時代背景、貴重性なども勉強することで、作品をより深く掘り下げて、読み解きたいと考えています」
昨日、リハーサルを何度も繰り返して段取りを整えていたおかげで、初めてのライブ配信での講義は、スタートしてからここまで特にトラブルも無く、順調に滑り出した。
「日本では、古くから多くの文芸作品が生み出された歴史があります。そしてそれらは、当時多くの人に読まれました。作品を執筆する作者と、それを読む読者がいるのは今も昔も変わりません」
「ですが、その普及の仕方は、今と昔とでは大違いです。
今の時代ですと、ネットで検索すれば簡単に通販サイトで見つけられ、電子版をその場でダウンロードすることが出来ますし、書籍版も注文すれば数日のうちに宅配されて入手できます。少し昔でも、本屋さんや図書館で探して読むことが出来ました。
また、出版社という存在があるため、才能ある多くの作家を発掘して、時代や流行に沿った作品が数多く執筆され、そして広く宣伝されて、何万部、何十万部とたくさん読まれています」
「では、昔はどうだったのでしょう。平安時代には出版社なんてものはありません。江戸時代にだって、ネットなんてものはありません。
ですが、貴族や庶民の間では読書を好む文化が定着していました。例えば江戸時代には、洒落本や人情本に仇討ち物などのジャンルが流行して、数多くの作品が世に送り出されて広く読まれてきました」
「そこにはきっと、今と変わらない欲求があったのだと思います。
自分の考えた物語を作品にして、誰かに読んで欲しい欲求。自分の生活とは違う世界の物語を読んでみたい欲求。そしてそれらの欲求があるからこそ、ネットの無い時代でも、広く作品が流通する仕組みが出来上がります」
ここで、自分で用意していたペットボトルの緑茶をひと口飲んでノドを潤してから、1カメを真っ直ぐに見つめて、今回の夏期講習で最も伝えたかった言葉を紡ぐ。
「つまり、古文教師の私がここで言いたいのは、古典文学を読むことも、ネットでライトノベルを読むことも、その根本は同じことであり、『古文には、敷居なんてものは無い』ということです」
でも、受講者の生の反応が返ってこないので、やっぱり少し寂しい。




