#53 言葉の力
「題して『6本の鼻毛に宿るソウル』。これはこの更科学園に生息する、とある野生の体育教師のお話です」
「野生の体育教師と言ってる時点で、牧田先生のことだと隠せてませんよ」
「イ、イエ、チガイマスチガイマス、牧田先生のことだと思わせて実は違うんです。ええ、違うんですよ。とにかく聞いてください、6本の鼻毛の伝説を」
「6本・・・ふ、不吉な数字」ぐふ
「確かに、不吉なお話かもしれません・・・」
期末試験の採点をしているときの、体育教師の表情を思い浮かべた。
モザイク推奨のあの表情は、確かに不吉だった。
「とある野生の体育教師の鼻からは、いつも6本の鼻毛が飛び出していました。職員室で居眠りしている時も、目を閉じて瞑想している時も、居酒屋梁山泊で同僚たちがほろ酔いトークで盛り上がっている時も、夜のバスターミナルで号泣している時も、いつも変わらず体育教師の鼻には6本の鼻毛が、その存在感を自己主張していました。そこで私は、その鼻毛の秘密を解き明かすために調査に乗り出したんです」
GWにはもう手入れされていましたけどね。それを言ってしまっては元も子もないので、そこは伏せて続けた。
「調査は難航しました。なにせ、相手も教師であり先輩なわけですから、あまりジロジロ見るわけにはいきません。ですが、不惜身命の想いで続けた調査の結果、なんと、その6本の鼻毛には、それぞれにソウル的な力が宿っていたことが判明したのです」
「ソウル・・・魂?」
「ええ、魂です。1本目に宿るソウルは『情熱』、2本目は『真面目』、3本目は『体育』、4本目は『剣道』」
「剣道って言ったら、やっぱり牧田先生じゃないですか」
「まだ2本残ってますので、とにかく最後まで聞いてください」
「まぁ、先生がそこまで言うなら」
「それで5本目が『ツバ』だと判明したんですが、これまでの生態調査で判明したのはここまでで、最後の6本目だけがどうしても分からなかったんです」
私の語る6本の鼻毛のお話に、三人も興味を惹かれたのか、思案するような表情で聞き入り始めた。
「でもそれが、つい最近、判明したんです。なんだと思います?」
「うーん・・・6本目のソウルは、『角刈り』じゃないですか?」
「ふ、『太い眉毛』かも」ぐふ
「4本目まではまだソウルだと言えなくも無いですけど、5本目で無理やり感が」
「それで、6本目はなんだったんですか?」
「6本目の鼻毛に宿るソウルとは・・・」
三人の顔をゆっくり見渡すと、三人もゴクリと生ツバを飲み込み、私を見つめ返した。
「今日の講義が終わったら話します!それまで、お楽しみということで!」
「エェ!?ここまで話して勿体ぶるなんて、ひど過ぎ!」
遠藤さんが、ポニーテールを揺らしながら怒り出した。
「本当は、6本目はまだ思いついていないんじゃないですか?」
里子さんは、眼鏡をクイッとしながら、痛いところを突いてきた。
「失礼ですね。こう見えても学生時代は学者を志した研究者だったんですよ?」
「せ、先生は、古典の研究をしてたから、体育教師の、せ、生態調査は専門外」ぐふ
つたない言葉で冷静なツッコミを入れる栗林さんは、結局緊張していたのか分からず終いだ。
でも、不満を訴えながらも、三人はいつもの調子を取り戻していた。
体育教師の鼻毛のおかげで、三人の緊張は無事に解すことに成功したようです。
本番の30分前になると、理事長と学園長に村上教頭と甘利先生もやって来た。どうやら見学するつもりらしい。せっかく緊張を解していたのにギャラリーが増えるのは困りますが、今回の試みは学園としても初めてのことらしいので、現場視察があるのは仕方がないのでしょう。
それと、甘利先生からは「さっき確認したら、テキストのダウンロード数が、受講者数を上回ってたよ」と教えてもらった。テキスト作成は大変でしたが、受講者全員に行き渡ったようなので、これで安心して講習を始められます。
本番の10分前には、各自担当の配置でスタンバった。
私とアシスタントの遠藤さんにピンマイクが付けられると、遠藤さんが「先生、ちょっと良いですか?」と言って、私の髪にブラシを通して、前髪を整えてくれた。
「ありがとう、遠藤さん」
「いえ、笹錦先生のせっかくの晴れ舞台ですから」
「今日だけでなく、私を読書部の顧問に誘ってくれた日から今日までのこと、全てに感謝しています」
「先生にそんなに感謝されると、照れますね」エへへ
「今日は読書部の顧問として、笹錦家の者として、そして古文教師として、勇往邁進の想いで頑張りますので、見ていてください。笹錦真乃の誇りと生き様を」
「先生って、よく大袈裟な言い方しますよね。ちょっと時代劇っぽい?」
「国語教師ですからね、言葉を大切にしているんです」
「言葉を大切に・・・」
「先ほどだって、6本の鼻毛の話を聞いて、遠藤さんも里子さんも緊張が解れたじゃないですか。それだって言葉の力なのですよ?」
「そうですね。言葉の力でした。イジワルな言葉でしたけどね!」ふふふ
「はーい、1分前でーす!笹錦先生は1カメに集中してくださーい」
「はい」
撮影監督の倉田君が1分前の合図をすると、視聴覚室は再び緊張感に包まれた。




