#52 古文教師の気概
何度かリハーサルを繰り返すと、読書部三人の役割分担が決まった。
遠藤さんは、私の横に立ってアシスタントを担当。栗林さんは、資料などをプロジェクターで表示するパソコンを担当。そして里子さんは、二人に指示を出すディレクターを担当。
放送委員は、ホワイトボードと私をそれぞれ撮影する固定カメラが2台に、フリーで撮影するハンディカメラが1台の計3台で、それぞれ担当が一人ずつ居て、音響担当が一人に、撮影監督の倉田君で五人体制に、AD的なお手伝いも三人と、放送委員顧問の先生も立ち会ってくれた。ちなみに撮影監督は、キュー出しや、ヘッドマイクでカメラマンへの指示出しに、画像の切り替えも担当している。
放送委員も読書部も初めての経験で、みんな手探りながらもリハーサルを繰り返していると、途中で村上教頭が陣中見舞いに来てドリンクの差し入れをしてくれたり、学年主任の甘利先生やなぜか体育教師も様子を見に来たりして、視聴覚室は次第に緊張感に包まれつつ、この日のリハーサルを終えた。
◇
夏休み初日。
朝6時に起床して、朝食を済ませて身嗜みを整えると、7時前には家を出た。
夏期講習の1時間目は9時からなので少し早いのですが、放送委員のみなさんが早めに来て、機材などのチェックを始めると聞いていたので、私もそれに合わせて出勤することにした。
出勤して職員室へ行くと、すでに他の教職員が何人も出勤していた。
私の2年古文だけでなく、他の学年や教科でも今日から夏期講習が始まるので、みなさんその準備で忙しそうだ。
デスクにバッグを置いて、講義に必要な資料やテキストを持って、昇降口の外にある自販機に寄り、ペットボトルの緑茶を購入してから、視聴覚室へ向かうことにした。
校内にはすでに夏期講習の受講者や部活動などの生徒が登校しており、相変わらず休日の朝でも学園内は賑やかで、自販機で緑茶を購入していると、生徒たちから「おはようございます!」や「夏期講習楽しみです!」と声をかけられた。
私の2年古文の講義はライブ配信なので、タブレットが使える環境なら受講は自宅でも登校して教室でもOKにしていたが、「タブレット専用のネット回線がフリーで使える学校で受講する生徒が、ほとんどだろう」と里子さんから聞いていた。
それにしても、私の講習に200名弱の申し込み。それも、高等学校の教科の中でも不人気とされている古文で。改めて考えると、新任1年目の新米教師としては、ありがたいことなのでしょう。
学生数が1万人超で文学部だけでも800名近くいる母校の大学でも、200名も受講者がいるような講義は無かった。
今回のことは、古典文学の魅力を伝え、生徒たちに古文という教科にもっと興味を持ってもらうまたとない機会だと言えます。今まで天命や因果に業の清算などと非現実的なことばかり言われてきましたが、これこそが、古文教師の私に与えられた天命なのでしょう。それだけの気概を持って、夏期講習に挑まなくてはいけませんよね。
気を引き締め直して視聴覚室へ向かうと、すでに放送委員のみなさんが準備を始めていたので、「おはようございます。本日から五日間よろしくお願いします」と挨拶すると、みなさん作業をしながらも元気よく「おはようございます!」と返してくれた。
機材関係は私に手伝えることはないので、隅の席に座ってテキストに目を通していると、読書部の三人も登校してきた。
「しぇ、しぇんしぇい、き、きんちょうししゅぎて、ムリかも」
と震えているのは1年の栗林さんではなく、部長の遠藤さんだ。トレードマークのポニーテールが、心なしかいつもよりもしおれているように見える。
副部長の里子さんも、いつもよりも口数が少なく、今日はまだ眼鏡をクイッとする仕草をしていない。
栗ちゃんこと栗林さんは、モジモジしている。この子の場合は普段からこうなので、緊張度合いが読み取れない。
「みなさん、ご苦労さまです。今日は初日なので緊張しているかと思いますが、肩の力を抜いて、がんばりましょう」
「む、ムリでしゅ」
「・・・はい」
「ぐふ」
栗林さんはともかく、遠藤さんと里子さんはいつもの元気がなく、ガチガチに緊張している。ここは顧問として、この子たちの緊張を解してあげなくては。
「受講者はたかだか200名足らずです。私なんて、新任の挨拶で全校生徒の前で壇上に上がって挨拶したんですからね。しかも教頭先生から、勝手にお悩み相談室に祭り上げられて」
「に、にひゃく・・・」
「先生、よけいにプレッシャー与えないでください」
むむ
大したことじゃないと伝えたかったのに、さらにプレッシャーを与えてしまったようですね。
父から『焦りや緊張を知らない肝の座った子』と言われていた私は、全校生徒の前で挨拶した時も、初めての授業でも、全く緊張していなかった。生まれてこの方、緊張というものを知らずに生きてきた私には、こんな時にどうすれば緊張を解せるのかが分からない。
体育教師もあがり症なのか、よく噛んでましたが、どうしたものか・・・
あ、こういう時こそ笑わせれば、緊張が解れるかも?
「では、私のとっておきのネタをお話しましょう」
声のトーンを意識しつつ、声を潜めるように語り始めた。




