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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第八章 伝道の拡がり
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#51 雨は霽れ月朦朧の夜


 一学期最後の終業式の日。 

 午前中に終業式があり、各クラスではホームルームで通知表が配布されて、お昼でこの日の授業は終了した。

 担任を持たない私も、夏期講習受講者へライブ配信での講義の日程や、電子版テキストを学園ホームページからダウンロードする旨、講義内容に関する質問は専用メールボックスで受け付けるなどの連絡を、午前中に一斉メールで済ませ、お気楽講師はこれで今日の仕事が終わった気でいた。


 しかし、この日はこれで終わらなかった。

 お昼時間にお弁当のおにぎりをほおばっていると、村上教頭が私のデスクまでやってきて、「午後から放送委員が、ライブ配信の段取りとリハーサルをしたいと言っていましたので、視聴覚室へ行ってください」と言い出した。


 講義のライブ配信なんて、リモート授業と同じでビデオ会議形式でやるものだと考えていたので、リハーサルなんて考えてもいなかった。

 授業の無い午後は、図書室で読書部の皆さんと一緒に読書して静かに過ごそうと考えていたのに。残念。


 LINEで読書部専用のトークルームを作ってあったので、『午後から夏期講習ライブ配信のリハーサルをすることになったので、本日の部活動は欠席します』と連絡すると、『手伝います!』『見学したいです』『助手が必要』と部員の3人も、なぜか参加すると言い出した。

 以前、書道部顧問の幸村先生から『顧問は生徒たちの向上心をフォローするのが役目』だと言われてましたし、本以外にも興味を持つことは良いことなので、『では、13時に視聴覚室へ来てください』と連絡して、時間まで職員室で休憩することにした。


 すると、同じ古文担当の先輩職員である水戸先生が私のデスクまでやってきた。


「笹錦先生、夏期講習のテキスト読ませてもらいましたけど、凄く面白かったです」


「ありがとうございます。夜なべして作ったので大変でした」


「でも、どうして『雨月物語』を選んだんですか?」


「日本近代文学の原点とも呼べる作品というのもあるのですが――」と言いながら、バッグから『雨月物語』の写本をジップロックに入れたまま取り出して見せた。


「中学生のころに実家の蔵で写本を見つけて、当時自分で語訳して論文もどきを書き残していたんですよ。それを今回のテキストの参考にして講義をしようと思いつきまして」


「うえあ!?ちょ、ちょっと待って!?え!?これ、本物!?」


「ええ、公表はしていませんが、初期の手書きによる原本系写本の可能性が、極めて高いです。それなりに貴重なものなので、古典文学の貴重性を教えるのに有効かと考えたんです」


 江戸時代当時は木版印刷にて出版された写本が主流であり、また『雨月物語』は原本は残っていないので、内容は全て現存しているそれらの写本で現代に伝えられている。

 しかし、私の所有する写本は木版印刷にはない『雨は霽れ月朦朧の夜あめははれつきもうろうのよる窓下に編成し(まどしたにへんせいし)以て梓氏に畀ふもってあずさうじにあたふ題して雨月物語と云ふだいしてうげつものがたりといふ』の序文で始まる初版の手書き写本で、非常に希少性が高い。

 まぁ、中学生のころはその希少性を知らず、大学に進学してから知ったんですけどね。


「と、とんでもない隠し玉も持ってたんですね・・・これはさすがに参りました」

 

 水戸先生と江戸時代のマニアックな古典文学談義に花を咲かせていると、予鈴のチャイムが鳴ったので、講義に使う資料やテキストなどを持って視聴覚室へ向かった。


 読書部の三人が廊下で待っていたので、挨拶をしつつドアを開けると、視聴覚室では放送委員と思われる生徒さんたちが、照明やカメラなどの機材のセッティングで忙しそうにしていた。


「こんにちは。ライブ配信のリハーサルだと聞いてきました」


「あ!笹錦先生、こんにちは!放送委員の倉田です。撮影監督を担当しますので、よろしくお願いします」


「こちらこそ、お願いします。それでこの子たちはお手伝いとして連れてきたんですが、よろしいですか?」


「講義の助手ですね。大丈夫ですよ。一緒にリハしておいたほうが本番でも動きやすいと思うので、是非参加してください」


 三人とも私の夏期講習に申し込んでいるので、今日だけのつもりで連れてきましたが、本番も助手として参加させてしまって良いのだろうかと思い、三人に確認すると、「がんばります」と三人とも即答だった。あとで村上教頭に相談して、受講料は返金したほうが良さそうですね。


 この学園での放送委員は、主にお昼時間の放送や運動会や学園祭などのイベント時に音響や撮影などの裏方を担う委員会で、今回は村上教頭からの要請で、お手伝いしてくれることになった。

 機材などの段取りが整うと、一度全員が集められて打ち合わせをすることになったので、冒頭で今回の経緯とお礼の挨拶をすることにした。


「今回、夏期講習2年古文に想定の3倍以上の申し込みがありまして、通常の講義では日程的に無理だとの判断で、急遽ライブ配信での講義をすることになりました。放送委員のみなさん、それと助手としてお手伝いしてくれる遠藤さん、松金さん、栗林さんにはご迷惑おかけしますが、明日からの本番で受講する生徒みなさんが、無事に講習を受けられるように、ご協力よろしくお願いします」


 パチパチパチパチ


 私が挨拶を述べると、みなさんが拍手で応えてくれた。

 明日から夏休みだというのに、誰一人不満を言わずに快く協力してくれている。この学園の生徒は、本当に良い子たちばかりですね。








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