#49 読書部の本領発揮
詰みました。
「先生一人じゃ絶対無理じゃないですか」
「そうですね・・・」
200部のコピーと丁合作業もしないといけないことを、完全に失念していました。
まだテキストの原本が出来てないというのに、明後日には受講者全員に配布を完了するのは、どう頑張っても無理。一日二日残業したところで、どうにもならないのは明白です。
こうなっては、ジタバタしても仕方ありません。村上教頭に事情を説明して、当初予定していた大学入試の過去問題の解説に戻すしかありませんね。
生徒のみなさんに『雨月物語』を読んでほしかったのですが、それはまた別の機会にでも。
「手伝います!こういう時こそ読書部の本領発揮じゃないですか!」
「そうですね。今から工程計画を見直して、すぐに分担して作業に取り掛かりましょう」
私が苦汁の想いで戦略的撤退を英断する中、遠藤さんと里子さんは、それが当たり前だと言わんばかりに、テキスト作成作業の手伝いを申し出てくれた。
「あ、あの、で、電子データにしたら、作業も、は、配布も簡単」ぐふ
「あ、その手が」
つたない言葉でテキストの電子版での配布を提案してくれたのは、ここまで発言の無かった新入部員の栗林さんだ。
「そうですよ!この際だから紙にこだわってる場合じゃないですよ!こういう時の為に生徒全員一人一台タブレット持ってるんだもん、そうしましょうよ!」
「笹錦先生って授業でも、全然タブレット使いませんよね。私も紙のほうが好きだから気持ちは分かりますけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないと思います」
「別にこだわってたわけじゃないですよ?今回は余裕が無くて、そこまで頭が回っていなかったんですよ。普段の授業のほうは、その・・・準備するのが面倒で」
「とにかく手伝います。栗ちゃんもいい?」
「は、はい」ぐふ
「手伝ってくださるのはありがたいのですが、私のパソコンは生徒の個人情報が入っていますので、生徒に触らせることは出来ないんですよね」
「だったら、その資料のデータを私たちのタブレットに共有させてください。涼ちゃんも栗ちゃんもタイピングは大丈夫?文字起こしの作業を、私たちで手分けしてやろう」
「うん、任せて!」
「た、タイピング、得意」ぐふ
「みなさん、ありがとう・・・教師の仕事を生徒に手伝わせるなんていけないのでしょうけど、今回ばかりは本当にピンチなので、みなさんのお力を貸してください」
「ハイッ!」×3
実家の蔵にあった『雨月物語』の写本をもとに私が中学時代に書いた論文モドキを、3人は手分けして2時間ほどでWordに起こしてくれた。
特に栗林さんは、タイピングが得意と言っていただけあって、普段の自信無さげな態度から一変して、落ち着いた表情で誰よりも早く、そして正確に打ち込み、私たちを驚かせてくれた。
「みなさん、ありがとう。おかげで間に合いそうです」
「今回は栗ちゃん、大活躍だったね!」
「や、役に立てて、良かった、です」ぐふ、ぐふふふ
遠藤さんが頭を撫でて労うと、栗林さんは嬉しそうな照れ笑いを見せた。
その横で、里子さんは眼鏡をクイッとさせて質問してきた。
「先生、他にも学生時代に書いた現代語訳や論文って、あるんですか?」
「ええ、色々ありますよ。高校までは全て手書きでしたので、実家を出る時に弟に頼んで全部スキャンしてもらって、PDFにしてこのノートパソコンに保存してますね。大学時代の物なら全て自宅のデスクトップにありますが、こんなものに興味あるんですか?」
「文字起こししながら先生の論文読みましたけど、凄く面白かったです。なんていうか、評論家とか文学者と違って、作品や作者と対話してるような。中学生らしい純粋な感想もあれば、時々入る毒舌も面白かったし、他にも色々読んでみたいと思いました」
「そうそう!面白かったです!集中して打ち込んでたのに、『私なら神も呪いも信じない。信じられるのはカレーライスの打率の高さ』とか書いてあるから、ブッて噴き出しましたよ」
「あ、浅茅が宿の、こ、考察にも、『単身赴任が家庭崩壊を招くのは、江戸の昔から今も変わらず』って、ぐふ。な、なのに、『京のお土産はカンザシでしょうか?まさか手ぶらだったとは言いませんよね?それは化けて出ますよ、奥さん』って、ぐふふ、お、面白い」
「中学生の頃は、生意気盛りの学者気取りでしたからね。若気の至りですよ。他にも読みたいのでしたら、お手伝いを頑張ってくださったお礼に、いくつかデータを渡しますよ」
「やったー!」
「ありがとうございます」ニヤリ
「ほ、ほかにも、読める」ぐふ
部員のみんながWordに起こしてくれたデータを自宅に持ち帰り、その日の晩にはテキスト原本の編集まで終わらせることができた。
そして翌日、朝一番に村上教頭に確認してもらうとGOサインが出たので、次に甘利先生にも相談して、学園のホームページからテキストの電子版をダウンロードできるように手配をしてもらえたので、終業式までに配布の準備を無事に終えることができた。




