#48 実家の蔵から召喚
終業式まであと二日。
職員室の私のデスクには、いくつもの古典作品が山積みされている。
急遽夏期講習の内容見直しを命じられたためで、教材として取り上げる作品選びに頭を痛めていた。
おかげで、今日のお昼ご飯のおにぎりは2つしか食べられず、1つ残してしまった。
クラス担任ではないので三者面談などの業務は無く、大会などは無縁の読書部の顧問である新任1年目講師の私ですが、どうしてこのような状況に。げにおそろしや、更科学園。
大学入試の過去問題解説だって、決していい加減な内容ではありませんでしたが、上司である村上教頭から、内容変更の要請が下ってしまったので対応せざるを得ない。しかもあと三日で。
村上教頭からは、「せっかくなので教科書で取り扱っていない作品を教材に」と言われている。ならばいっそのこと、誰も知らないようなマニアックな作品にしてやろうかしら。
でもそれだと、生徒が授業についてこれずに受講料を無駄にさせてしまいます。
教科書では取り扱っていなくても、ある程度認知されていて、生徒が興味を持てるような作品を選ばなくては・・・
「うーん、うーん、うーん・・・」
頭を掻きむしりたい衝動にかられるも、笹錦家の長女たるものが、人前でそんなはしたない真似はできない。
あ、笹錦家といえば、ウチの蔵にはあれがあった。
あれなら、短編集だから10時間の講義で2~3話を取り上げることが出来る。
しかも、ウチの蔵で保管している写本は、公表していないから誰にも知られていませんが、資料価値はかなりのもの。それを生徒達に公開することで、古典文学の貴重性も教えることが出来る。
そうと決まれば、まずは現代語訳版の確保のため、図書室へ向かう。
文庫本の書架で目を皿のようにして端から探して、お目当ての物を見つけるとすみやかに自分で貸出手続きを済ませ、廊下に出た。
周りに生徒たちが居ないことを確認すると、スマホでとある人物に電話をかける。
「もしもし、玄徳?うん、私。あなた今ひまでしょ?実家から持ってきて欲しいものがあるのだけど、お姉ちゃんのところまでひとっ走りして頂戴」
電話の相手は、笹錦玄徳。今年二十歳になる我が弟。
子供の頃からお姉ちゃんには逆らえないように躾てきたのは、こういう時のため。
「笹錦家の名誉がかかってるのよ。私が作った蔵の所蔵リストを確認して、『雨月物語 写本』を探して明後日まで持ってきて頂戴。3冊あるはずだから全部ね。明後日までに必ずよ。分かった?返事は?よし、じゃあよろしくね」
これで教材にする作品は決まった。あとは講義の内容ですが、たしか中学生のころに書いた論文もどきの資料がノートパソコンに残していたはず。それを参考に組み立てれば、なんとか間に合いますね。
職員室に戻ると、まずは食べ残しのおにぎり1つをほおばり、ノートパソコンをデスクで開いて起動すると、古いフォルダを漁って、お目当ての『雨月物語(語訳、考察、評価)』というファイルを見つけ、全文を読み直すことにした。
お昼休憩が終わり5限目のあいだも読み続け、6限目は中断して授業を行い、放課後は図書室で部活動の時間を利用して続きを読んだ。
「先生、今日は珍しくネット小説ですか?」
いつもの私なら文庫本か文芸書を読んでいるので、ノートパソコンとにらめっこしているのが意外だったのか、遠藤さんが話しかけてきた。
「小説じゃないですよ。夏期講習のテキスト作成のための資料に目を通してるんです。といっても、私が中学2年の時に書いたものなんですけどね」
「え?夏期講習なのに中2の時の資料?」
「ええ。当時、実家の蔵で江戸時代に書かれた古典の写本を見つけたんですよ。それを自分で語訳して、調子にのって中二病全開で考察と評論まで書き残していたんです。それを夏期講習の教材の参考にしようと」
「蔵で見つけた写本ですか?」
実家の蔵と聞いて、今度は里子さんが眼鏡をクイッとさせて、興味を示してきた。
ファイルを開いたままノートパソコンの向きを変えてモニターを見せると、遠藤さんと里子さん、そして栗林さんも食い入るように覗き込んだ。
「え!?これ、中学の時に語訳したんです!?」
「すご・・・」
「おおおおおぅ」
「そうですよ。コピーを取って、それに手書きで語訳を書き加えて、考察した内容も書き込んだ物です。こう見えても、中学生の時には江戸時代の文献なら読めていましたからね」
「でもどうやって勉強したんですか?」
「うーん・・・自然に?こういった古い書物が絵本代わりでしたからね。でも、文字は読めても意味を理解できるようになったのは、小学生の高学年でした。読本などは文法が整っているから、比較的理解しやすいんですよ。逆に手紙などの私文書は、書き手によってくせとかバラバラですし、文字だって読めたものじゃないものも多くて、いまだに手つかずの資料が大量にありますけどね。凄いんですよ、借金の申し入れの書簡とかだけで、ダンボール3箱分くらいあるんですよ」
「・・・」
「・・・」
「・・・ぐふ」
蔵に保管されている大半は私文書ですが、それでも読本などの写本も大学の研究室に引けを取らないほどの所蔵量で、中には貴重なものも多数ある。
「って、今は夏期講習のテキストでした。明後日までに作らないといけないので、実家の蔵のお話は、夏合宿の時にじっくり話しましょう」
「ところで、夏期講習のテキストって印刷して冊子にするんですか?」
「そうですね。1つの短編で1冊のテキストを作成して、それを2つ用意しようかと」
「それを何人分用意するんです?」
「受講者数が200弱ですので、最低でも200部ずつですねって、ちょっと待ってください・・・それだけでも凄い作業になるの!?」
「そうですね。各ページごと全て200部ずつ印刷して1冊ずつ閉じて、それを受講者全員に配布するとなると、先生一人じゃかなりきつそうですね」
里子さんが眼鏡をクイッとしながら、容赦ない現実を突きつけてきた。
なんてことでしょう・・・
教材選びに気を取られて、テキスト作りの実作業まで考慮していませんでした。
げにおそろしや、更科学園。




