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#47 7月の災難


 期末試験が終わり、読書部のほうでも夏合宿へ向けて順調に準備を進めて、1学期の残りの日数を指折り数えながらのんきに古典文学の研究に勤しんでいると、思わぬところから災難が降りかかってきた。

 きっと、教育者としてはこのように考えるのは慎むべきでしょう。

 ですが、あえて言います。

 これは災難だ。


 夏休み中の7月下旬に開講する夏期講習。

 私は2年の古文を担当するのですが、その私の担当する講習の定員60名に対して、申し込み数が200名弱と前代未聞の事態に。

 2年生の生徒数が180名で、その中でも文系クラスは108名。数が全然合わないじゃないですか。小学生でも分かる算数ですよ。当初決めていた定員数だって、例年の申し込み数から考慮して設定されていて、むしろ定員割れを心配していたほどなので、誰もこんなに申し込みがくるなんて、想定していませんよ。


 それでその理由が、私の通常授業を受けることができない1年生と3年生が、「受講の選択が自由なら」と、こぞって申し込んでるんですって。

 おかげで理事長と学園長は満面の笑みで喜んでいるし、学年主任の甘利先生は「どうすんの、これ」と眉間にシワ寄せて怖い顔しているし、村上教頭はニコニコの優しげな笑顔で「笹錦先生の講義数、増やしましょうか」と世にも恐ろしいことを言い出す始末。


 通常はひとクラス30名で編成して、午前中に2時間の講義を5日間で計10時間のカリキュラム。なので、教員単位では60名の申し込みがあった場合、2クラスを5日間で20時間の講義を行うことになる。それでも午前中に4時間の講義が可能なので、半日 × 5日間で済む。

 ここまで言えば、もう分かりますよね。申し込み数が200名だと、ざっくり計算しても6~7クラス分ですよ。1クラスを40名に増やしても5クラスで50時間。午後に2時間を追加したとしても1日に出来るのはせいぜい3クラス分。つまり、どう頑張っても私だけ5日間で済まずに延長することに。

 

 そこで急遽、対策会議が開かれることになった。出席メンバーは、村上教頭と甘利先生、そして私。


「2年古文だけひとクラスを40名にして、各クラス1日1時間を10日間のカリキュラムに変更しましょうか」


 予想はしていましたが、冒頭から私にとってもっとも避けたい案を村上教頭が提案した。これだと毎日5時間授業で10日間拘束されることになる。恐ろしいほどのブラック勤務なんです。


「でもそれだと8月上旬までかかってしまうし、そうなると、部活動の方にも影響が出る生徒がでてきますよ」


 部活動への影響を懸念しているのは甘利先生だ。

 いいぞ、もっと言ってください。

 私も援護射撃を。


「あの、今からでも2年古文は、2年生限定ということにしてみては」


「2年の申し込み数だけでも100名近くいるんですよ?これだけ見ても、例年の倍近くなんですからね?分かってますか、笹錦先生?」


「あ、はい」


 援護射撃をしたつもりが、なぜか怒られた。


「うーん、そうですねぇ・・・ひとクラス50名まで増やしましょうか」


「でも、それだと教室に入りきれないです」


「ホールを使いましょう。ホワイトボードは大型スクリーンに映せば講義できますよね?」


 1クラス50名にしたところで、五十歩百歩。ブラック勤務には変わりない。


「あの・・・でしたら、いっそのこと、リモート授業にしてみては・・・」


 村上教頭と甘利先生が具体的な対策を相談するなか、私も言うだけ言ってみた。言うだけならタダですし、私だってブラック勤務回避に必死なんです。


「あ、それ、良いですね。それなら200名全員受講できますね」


「そうなると、テキストを事前に配布する必要があるのと、撮影機材の手配が必要です」


「撮影に関しては、放送委員に要請しましょう。あと、質疑応答に関しては、リモートで200名相手にしてたら収拾つかなくなりそうなので、メール等で受付けて、翌日の授業で回答と解説という形で対応可能になりますよね?」


「あ、はい」


「それと、講義内容ですが、たしか大学入試の過去問題の解説を予定していましたよね?」


「はい。5年分を用意しています」


 私がポロッと提案したリモート授業案に、意外にも村上教頭も甘利先生も食いついて、提案者の私を他所に、具体的なことが次々と決まっていった。


 結局、対策会議は3時間にも及び、最終的に決まったのは

 ①講義はライブ配信形式で公開。

 ②講義は申込者限定で視聴可能とし、テキストは受講者に事前配布。

 ③質疑応答は専用メールボックスにて受付。次回以降の講義にて回答と解説。

 ④講義内容の変更。当初予定していた大学入学共通テストの過去問題解説は取りやめて、通常の授業と同様に古典作品を取り上げて、解説と掘り下げに。


 つまり、夏期講習用の教材をイチから用意し直さなくてはいけなくなった。しかも、通常なら初回の授業でテキストを配布すればいいのに、ライブ配信授業となると事前に配布しておく必要があるので、夏休みに入る前に、テキストを用意して配布を済ませる必要がある。


 ちなみに、当初の講義内容だった過去問題解説を却下したのは村上教頭で、なぜかこの危機的状況にも関わらず、さらに無茶ぶりをしてきた。


「1年生と3年生の申し込みの主な理由は、笹錦先生の授業を受けてみたいからですよ。なのに、過去問題の解説ではガッカリさせてしまいますからね。せっかくなので教科書で取り扱っていない作品を教材に授業してみてはどうですか?それなら学年は関係なく受講できますからね。もうここまできたら、学力向上とかお堅いことは言いませんので、思い切りご自分のスタンスで授業をされたらどうですか?」


 言うのはタダですよね。言うのは。

 言われた方は、タダじゃ済まないんです。

 ブラック勤務を回避するつもりが、どうしてこんなことに。







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