#46 夏合宿の行く先
1年生の栗林さんは私たちと同類で、本を愛する熱意を持った文系インドア女子だった。
そうと分かれば、私にはこの子を拒絶することはできない。
「その気持ち、痛いほどよく分りますよ。素敵な本と出合った時って、誰かに話したくなりますよね。でも周りに同じ読書仲間がいないと、読んだ本の感想を言い合ったり、オススメしあったりとかできなくて、よけいに寂しさが身に染みるものです」
「まぁ、私たちだって、そういう場を作りたくて、読書部を立ち上げたようなものですからね」
「うん、そうだね」
「では、前向きに検討してあげてはどうですか?」
「そうですね。いくつか約束事があるので、それに同意して守って貰えるのなら、私は入部許可していいと思います」
さすが部長の遠藤さんは、前向きな意見ながらも、我が読書部のスタンスを守るために抑えるべきところを解っているようだ。
「読書部の目的は『本に囲まれた静かな環境で活字の海に浸ること』なので、それを妨げるような行為は禁止です。笹錦先生みたいに、部活中に俳句を詠んだりしてもいいけど、他の部員や図書室を利用している他の生徒さんたちの迷惑にならないように、気をつけてください」
「は、はい」
「あと、読書部のことや笹錦先生が顧問だというのは、無闇に口外しないようにしてください。読書以外で笹錦先生目的の入部希望者とかくると、とても迷惑なので」
「わ、わかりました。ぜ、全部守れます」
「じゃあ、栗林さんの入部は承認ということで、いいのかしら?」
「はい、大丈夫です」
「問題ありません」
「あ、ありがとうございます」ペコリ
遠藤さんと里子さんの二人とも同意してくれたので、すみやかに入部手続きを済ませてしまうために、入部届を取りに一度職員室に戻ることにした。
「入部届の用紙を取りに行ってきますね」と告げて席を立ってから、「あ、そういえば」と思い出した。
「私からも相談があったんですよ。夏休み中に夏合宿をしようと思いますので、あとで相談しましょう」
「読書部で夏合宿ですか?」
「ええ、図書室ばかりに閉じこもらず、たまには違う環境で読書にふけるというのも良いものですよ」
「いいですね。なんか、部活動してるって感じがしますね」
「読書だけではなく、風流をたしなむと?」
「な、夏合宿・・・」ぐふ
3人とも異論は無さそうでしたので、職員室に戻った。
入部届のついでに夏合宿の申請用紙も持って図書室に戻ると、3人で額を寄せ合い、相談の最中のようだ。この時の様子を見て、遠藤さんと里子さんなら、後輩である栗林さんと上手くやれそうだと安心した。
「お待たせしました。栗林さんはこれに記入して、部長の遠藤さんに渡してください。遠藤さんは明日にでも生徒会へ提出をお願いします」
栗林さんが自分のバッグから筆記用具を取り出してサインをしているあいだ、遠藤さんが小声で話しかけてきた。
「ここだと他の生徒の目があるし、相談するなら場所を移動しませんか?」
「そうですね。なら、空き教室へ行きましょうか」
図書室のある第二校舎の1つ上の階に空き教室があるので、栗林さんが入部届の記入を終えるのを待って、そこへ移動してミーティングをすることになった。
「さっそくですが、合宿の行き先についてはいくつか候補を考えてまして、都市部の大きな図書館だとか、明治の文豪のように避暑地の旅館宿とか、あとは――」
「先生、私たちからも行き先のリクエストしてもいいですか?」
3人を代表して、遠藤さんが挙手をした。
「はい、もちろんです。希望があるのなら、遠慮なくどうぞ」
「先生が職員室に行ってるあいだに相談してて、先生のご実家の蔵を見たいって、意見が一致したんです」
「ウチの実家ですか? うーん・・・」
「古い書物がたくさんあるんですよね?どんな書物があるのか、とっても興味あります」
古い書物に興味のあるらしい遠藤さんは、キラキラと期待した眼差しを向けてきた。
「私も、笹錦先生の因果の源流である蔵を、一度見ておきたいです」
眼鏡をクイッと上げながら語る里子さんは、因果の流れ説にこだわっているようだ。
「さ、笹錦家のマニアックな歴史・・・ま、またとない機会」ぐふ
新入部員の栗林さんまで、ウチの歴史に興味があるようだ。独特の笑い方をするのは、すでにこの部でリラックスできている証でしょう。
笹錦家に興味を持ってもらえることは、とても喜ばしいことですが、今時の女子高生がそれでいいのだろうか。まぁ、私も小学生の頃に笹錦家の歴史調査にはまって、もっとディープな世界にどっぷり浸かっていましたけどね。所詮、同じ穴のムジナ。他人のことは言えませんよね。
それに、私としてもお盆休みに帰省することになっていたので、時期を上手く調整出来れば一石二鳥ですし、実家に泊まってもらえば、宿泊施設など予約が大変な夏休みの混雑状況や、宿泊費などの予算で悩む必要もなくなり、合理的でもある。
「分かりました。今から母に聞いてみます」
その場で母のスマホへ通話をかけて事情を説明すると、『はいはい、分かりましたよ。日程が決まったら連絡頂戴ね。あと、忘れずにピンフも連れて帰ってくるのよ。マンションに一人ぼっちで留守番は、かわいそうですからね』と、了解を得られた。
「実家からはOKがでました。あとは学園の規則やルール的に問題ないか、確認しておきますね。それと、ウチの黒猫も同伴になりました」
「やったー!っていうか、先生、猫飼ってたんですね」
「遂に、因果の根源たる聖地へ・・・」
「く、黒猫・・・キキとジジ」ぐふ
「あ、もう1つ大切なお話が。部員も増えましたし、夏休みに入ると連絡など必要になりますので、連絡用の名簿を作るかLINEのグループを作りましょうか。そうすれば、美化委員の事前連絡ももらえますからね」
「美化委員?」
「先生、美化委員の会合忘れてて、委員長に睨まれてるの。それで私に事前連絡を入れてほしいんだと思う」
「ええ、こう見えても忙しいので、日程とか把握しきれてないんですよ。なのに委員長さんが怖いんですよね」
「担任も副担任も無いのにですか?三者面談とか進路指導とか笹錦先生、関係ないですよね?」
「部活だって、運動部の顧問のほうが、今は大会間近ですごく忙しそうだよね」
遠藤さんも里子さんも、相変わらず容赦がない。
美化委員の話を出したのは、迂闊でしたか。




