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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第六章 因果の中の日常と殺意
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#42 姫様の誇りと覚悟


 里子さんが語った夢の話は、350年続いたササニシキ王国の最後の王女、マノン姫の物語だった。


 マノン姫は、青い瞳に美しいハニーブロンドの艶髪で、王女らしい気品のあるお姫様。容姿だけでなく、王や王妃、臣下や民のことも気遣う、王族としての強い自覚と誇りを持った王女であった。


 そんなマノン姫は、聡明でしたが好奇心旺盛な性分でしたので、王城での生活は窮屈で、いつもお城から見える街並みを眺めては、市井の営みや遠くの様々な国の異文化に想いを馳せたり、城の書庫に篭っては王家が保管する古い書物や歴史書、そして多くの魔術書を読みふけるのをひそかな楽しみとして生活していました。


「ここまでで、笹錦先生の蔵に篭って文字を貪っていた子供のころの話と、似ていると思いませんか?」


「ええ、妙な親近感を覚えます」


 好奇心旺盛で読書好き。しかも古い書物を好む。

 違いがあるとすれば、私には黒猫のトイトイやピンフがそばに居てくれたことでしょうか。


 マノン姫の読書好きは次第にエスカレートして探求心を呼び覚まし、古代の魔術や禁忌とされる秘術の研究に没頭するようになった。

 しかし、マノン姫が13歳になった年に、突如悲劇が起きた。

 北方台地の民族が突如王国へ攻め入り、街は蹂躙され、遂には王城は包囲され、王国滅亡の際に立たされた。


 王国を存続させるために、臣下の騎士隊が囮になっての逃亡作戦が決行され、皮肉にも、マノン姫は生まれて初めて王城の外に出ることに。

 身分を隠すために下女の服に身を包み、息を潜めて下水道を通っての逃亡。なんとか郊外の森まで落ちのびることができたが、すでに王は瀕死の深傷をおい、付き従う配下の騎士も残りわずか。

 もはやここまでと絶望感が漂うなか、マノン姫は王国の誇りを守るため、王家最後の姫としての意地を見せつけるため、地獄に落ちる覚悟で蕃族どもを道連れにして、王家に密かに伝わる古代秘術を使うことを決意した。

 姫はそのことを臣下の騎士に告げると、危険だと止められるが、すでに覚悟を決めた姫は聞く耳を持たず、騎士の忠誠の証である剣を取り上げると、剣先を横に構え、「御免!」と告げて、臣下の首をはねた。



「笹錦先生の剣道部での話を聞いたとき、マノン姫が臣下の騎士の首を跳ねたこの情景が頭に浮かびました」


「うーん・・・たしかに剣と竹刀で似ているようですが・・・」


 その後、もう一人の臣下の騎士に首をはね、母である王妃も手にかけたマノン姫は、自らの首を切りつけて、禁忌の秘術『滅びの術式』を実行すると、赤い光の柱が辺り一帯を飲み込み、蕃族を道連れに一つの王国を滅亡させた。


「これが私が見た夢の全てです」


 里子さんは何度も見た夢の全容を話し終えると、眼鏡をクイッと上げた。

 気丈な態度ではあるけど、表情は硬い。やはり夢とはいえ、斬首や国が滅ぶ凄惨な情景を見ているわけだから、決して軽い話ではない。


「たしかに、配下を殺して国を亡ぼすというお話は、私がこれまで聞かされてきたマノン姫のお話と全く違う内容ですね。この夢はいつごろから見るようになりました?」


「私が中学2年のころなので、約3年前からです」


 3年前ということは、私は大学2年。戸田教授から教師の道へ進むように言われたのと同じ時期のようだけど、それとなにか関係あるのだろうか。


「このことを誰かにしたことはありますか?」


「他人に話したのは初めてです。ウチの母は紙風船並みに口が軽いし、私自身がマノン姫の因果を信じるようになったのは、笹錦先生と出会ってからなので」


「四人の天命論者に何度も何度も聞かされてきた私ですら、未だに半信半疑ですからね。普通なら信じられなくて当然です」


「それで、今回、先生から剣道部の話を聞いて気になったので、小松さんからさらに詳しく聞いて、『マノン姫の因果が笹錦先生に影響を与えている』という一つの仮説を立てました」


「その仮説は、正解だと思いましたか?」


「お昼に先生に再現してもらったあの木刀での構えは、夢の中でマノン姫が臣下の剣を握った時の構えと全く同じでした。そしてあの悪意のない殺気も」


 竹刀や木刀を握った時に感じた既視感は、これだったのでしょうか。

 荒唐無稽ではありますが、殺意のことも併せて考えると、マノン姫の行動と私の行動がリンクしていたと考えてしまうのは仕方ないのでしょう。


「確かにお話通りなら、マノン姫の殺意には悪意はなく、王国の誇りを守るための覚悟だったのでしょうね」


「今はもう、マノン姫の因果が、笹錦先生に強く影響していると確信しています。先生はマノン姫の因果の流れの中に居るんだと」


「つまり、私はマノン姫の生まれ変わりだと?」


「それは分かりません。マノン姫の因果を信じている私でも、さすがにそこまで非現実的なことがあるとは」


「あの、1ついいですか?」

 

 ここまで黙って聞いていた遠藤さんが口を開いた。


「あ、ごめんなさい。遠藤さんも気になることがあるのなら、どうぞ」


「魔術なんてものは、現実にはないオカルト的なものですよね?なら、滅びの術式を使って国を滅ぼしたマノン姫は、この世界のヒトではないと思うんですけど」


「たしかにそうね・・・生まれ変わりと考える以前に、この世界には存在していないヒトだと言えますね」


「そもそも、有史以来世界中のどこにも『ササニシキ王国』なんてありませんよ」


 確かにそんな国は無い。

 もしあったら、すでに私が調べ上げているだろう。


「なら、マノン姫もヤマトタケルやアマテラスオオミカミのようなオカルト的な偶像と考えるのが自然かも?」


「案外、日本神話もこんなふうに作り上げられたのかもしれないね」


「うーん・・・神話はさておき、つまり、竹刀や木刀を持ったときの私からは、無自覚に悪意の無い殺意が滲み出ていて、それはマノン姫の誇りと覚悟を持った殺意と同じだろうと・・・なんとなく分ったようで、やっぱり分からないような、結局の話、牧田先生が言うように、私は竹刀も木刀も持たないほうがですねという結論なのでしょうね」


「先生は、私の話を信じてくれるんですか?」


「ええ、もちろんです。こういう話は五人目ですからね。すっかり慣れてしまいましたよ」


「さすが、先生。私の夢の話を聞いても全然動じる様子が無かったし、潔いというか、あっさりしてますね」


「こういう性分なんですよ。むしろ、殺意の正体が分かって安心しました」



 カラオケボックスでの話し合いを終えると、お二人へのお礼にファミレスに寄って夕飯をご馳走して、それぞれ自宅まで送り届けてから帰宅した。


 自宅に帰ると、いつものようにピンフは玄関マットで惰眠を貪っていたが、私が帰ったことに気付くと起き出して、私の足元に纏わりつきながら付いてきた。

 けど、抱き上げようとすると、スルリと身を翻して逃げてしまった。

 相変わらず鳴かないし、愛想のない猫だ。


 正直に言えば、古文の教師になる天命だとか、マノン姫の因果の流れだとか、本当はどうでもいいんですよね。実際に、今は志を持って古文の教師として働いていますし、私の人生において、殺意なんてものは無縁ですからね。


 そんなことよりも、明日から3つに増やすおにぎりの具を何にするかのほうが、私にとっては重要なんです。今までずっと梅干しばかりでしたので、昆布の佃煮と焼き鮭。あとはツナマヨも良さそうですね。




 第六章 終

 次回から、第七章 夏の災難







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