#38 国語教師の哲学と品位
6月の下旬。
7月にある期末試験を間近に控え、教職員は試験の準備に忙しくなり、生徒たちの多くも試験勉強モードに入っていた。
中間試験の反省を活かして早めに試験問題の作成を終わらせた私は、お昼休憩に他の教職員の方々が試験問題作成に精を出すのを横目におにぎりをほおばり、九鬼周造が『偶然性の問題』の中で解説していた離接的偶然について考えていた。モグモグ
世の中の事象は必然的に起こるものと偶然起きているものとあり、その中でも、いくつかの可能性がある中から1つが選ばれて起きる偶然を、離接的偶然と言うらしい。
例えば、サイコロには6つの数字が可能性としてあり、結果はその中の1つが選ばれる。つまり、天命論者たちが言う『マノン姫のサイコロによる宿命の決定』も、離接的偶然ということになるのだろう。
『最近、職場環境になれてきたためか、それとも忙しく仕事をしているためなのか、お昼におにぎり2つだけでは足りなく感じている。明日からは3つにしようか』
これは偶然としての結果ではなく、必然的結果ですね。具はずっと梅干しのみでしたので、どれを食べても梅干しというのも必然的結果でした。なのでこれに逆らい、明日からは具も3種類にして、離接的偶然でおにぎりをいただいてみましょうか。
国語教師なのに哲学も語れるとは、今日の私は一味も二味も違いますね。ふふふ
あと20年もしたら、哲学書でも書こうかしら。
俳人は断念せざるを得ませんでしたが、哲学者ならいけそうですね。
そんな未来の哲学者であり、現職の古文教師の私がお昼のおにぎり2つを食べ終えて、職員室の自席で手鏡を見ながら哲学者的な表情を研究していると、二人組の生徒がやってきた。文系女子ですからね、形からですよ。
「先生、いまお時間いいですか?」
「あら、里子さんと、そちらは確か剣道部の小松さんね。未来の哲学者の私に何か御用でも?」
小松さんは、なぜか竹刀袋を持参している。
「哲学者?俳句がダメだったからって、今度は哲学ですか?」
う、バレてる。相変わらず鋭いですね、里子さん。
「べ、別に、俳句はダメだったわけでは。芭蕉先生とはソリが合わなかっただけですよ。私の俳句センスは一茶先生的なコミカルさが売りですので」
「俳句の話をしにきたんじゃなくて、ちょっと剣道部の事件のことで相談があって」
「そういえば、気になることがあるから調べると言ってましたね。なにか分かったんですか?」
「確定的なことではないんですが、仮説を立ててまして、その検証をしたくて、実際に笹錦先生に再現をしてもらえないかと相談に来たんです」
「再現?それで小松さんは竹刀を持ってきてるの?でも私は、牧田先生に禁止されているんですよね」
チラリと左隣の席へ視線を向けると、お昼は食堂なのかそれとも体育教員室にでも居るのか、体育教師はこの時間は不在だった。
「あれ以来、あの件は剣道部では話題にするのがタブーになってるんですよ。でも松金さんと話してて、やっぱり気になるし、私も笹錦先生のあの姿をもう一度自分の眼で確かめたくて」
そう訴える剣道部の小松さんは、思い悩んだ色を滲ませた表情だ。
「そうは言っても・・・あ、俳人はダメ、哲学者もダメ。でも剣士としてならイケるかもしれませんよね?でしたら、私も宮本武蔵の五輪書にならって『五笹錦書』を書いてみましょうか」
「先生、いったん将来の自分の未来像から離れましょう。先生は既に国語の教師なんですからね。あと著書のタイトルが壊滅的にセンス無いです」
「あ、はい」
タイトルに関しては、自分でもちょっと無理があるかなとは思いました。ゴロが悪くて締まりませんでしたからね。
「ねぇ、笹錦先生って、授業とか剣道部に見学に来た時はすっごい真面目で穏やかだったのに、普段はこんなにふざけたことばっか言ってるの?」
「うん、いつもこんな感じでフリーダムだよ。清楚で綺麗でいつも微笑み絶やさなくて、話し方とかも丁寧で背筋伸ばして、雰囲気だけは凛としたお嬢様って感じだけどね。雰囲気だけは」
だから、なぜ『雰囲気だけは』を二回言う。
はぁぁ、と深いため息を吐いてから、教師として、大人として、二人を諭す。
「お二人ともなにも分かってませんね。いいですか?品位や育ちの良さというのは、外見だけではありませんよ?分かりませんか、この私から滲み出るような品位を」
「ええ、分かりません」
「あ、そうですか。 では気を取り直して、さっそく検証の方を始めましょうか。職員室で竹刀を振り回していたら、試験問題作成中の先生方の気が立ってて怒られてしまいますので、場所を変えましょう」
「二人ともてきとーすぎる!?文系女子のノリについていけない・・・」




