#19 ササニシキの真理を語る
「おにぎりには絶対にササニシキ一択なんです。あっさりとした食感が特徴で粘りが少なく冷めても味が落ちないのでお弁当のおにぎりにはササニシキしかありえません。なのにおにぎりにコシヒカリが一番などと妄言をのたまう人間を私は信用しません」
今日は金曜日で、私立更科学園に赴任して最初の週末。
勤務終了後、私の歓迎会をするために、駅前の居酒屋梁山泊へ2年担当グループで来ていた。
「分かった!分かったから落ち着いて!笹錦先生、少し飲みすぎちゃったの?」
「いえ、この程度の酒量では私は酔いません。私はササニシキの真理を一人でも多くの方に理解してもらおうと僭越ながら不撓不屈の思いで語っているだけです。だからお寿司にはアキタコマチが一番などと戯言をのたまう邪教徒をこの世から排除するために日々精進している次第で」
「ササニシキがいかに素晴らしいかは分かったから!もうじゅうぶんだから!ね!一旦落ち着こう!」
「そうやって理解したふりをして、翌日の朝にはコシヒカリを食べている人を、私はたくさん知っています」
「どんだけコシヒカリを嫌ってるの!?同じ白米じゃん!」
「いえ、嫌っていませんよ?コシヒカリだって、美味しく頂きますよ?なにを仰っているのやら」
「え!?笹錦先生こそなに言ってるの!?さっきと言ってる事ちがうよ!?絶対飲みすぎだよ!」
「ヒトは、矛盾を抱えた生き物なんです。地球上で、ヒトほど欺瞞にまみれた生物はいませんからね」
「笹錦先生って、職員室だといつも背筋ピンとして微笑み絶やさなくて、虫も殺さないような箱入りのお嬢様って感じなのに、実はかなり強烈なキャラですよね・・・」
「そういえば、今日5組の授業中に、視察に来てた理事長と学園長の二人を、授業の邪魔だからって追い出したそうよ」
「え!?マジですか???それってヤバくないです???」
「それがね、追い出された理事長たちのほうが、授業後に生徒たちの前で半泣きになって笹錦先生に謝ってたらしいよ。今日の放課後には、生徒たちのあいだで凄い噂になってたみたい」
「あのお二人はなにも分かってません。謝るべきは私へでは無く、生徒に謝るべきなんです。だからそのことを説明したんですが、泣き出してしまって。あれには私も困りました」
「え!?生徒の噂だと半泣きってことだったけど、本当に泣かせちゃったの???」
「ええ、泣かせるつもりはなかったんですけどね。うちで飼っています、黒猫のピンフを見習ってほしいものです。全然鳴かないんですよ。猫なのに」
坂下先生と副担任の折原先生と山崎先生、そして講師である私の女性陣4人でササニシキの素晴らしさについて語りあっていたはずが、何故か理事長と学園長の話になっていた。
「ところで、村上教頭の毛髪問題についてなんですが、私の所見では―――」
「だからそれは禁句だって」
「それ言っちゃダメなやつ」
「もう怖い物知らずね・・・」
お酒の席なら村上教頭の人工素材の毛髪に付いて存分に語れるかと思ったのですが、どうやらこの件に関しては、思っていた以上に闇が深いようで、語ることができなかった。残念。
「では代わりに、牧田先生の6本の鼻毛それぞれに宿った、ソウル的な力に付いて語りましょうか」
「そんな話題で盛り上がれるのは笹錦先生だけだよ」
「そういえば、牧田先生といえば、どうして今日は参加するって言い出したんでしょうね」
「そりゃあ、笹錦先生が出席するからでしょ~」
「あ、やっぱり?独身男性陣、みんな笹錦先生を見る目が凄いですもんね」
「知ってる?牧田先生、笹錦先生のこと、姫様!って叫んでたんだよ?」
「あー!それ私も見てました!」
むむ。
私が体育教師の鼻毛の話題を出したばかりに、話が妙な方向へ進みだした。
ここまで押しの一手だった私が戦略的撤退を英断する中、3人の先輩女性教諭は男性陣の中にいる体育教師へ視線を向けたので、つられて私も視線を向けた。
目を閉じて腕組みして相変わらずの体育教師スタイルで、男性陣の会話に入らずに一人で瞑想している。
居酒屋になにをしに来たんだ、あの体育教師は。




