表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第三章 宿命の古文教師
18/95

#18 新米教師の授業風景


 一学期の授業が始まり、三日が経過した。

 これまで2年1組から4組までの初回授業を済ませ、今日は5組の初回授業がある。これで私の担当する2年生の5クラスは、ひと通り顔見せを済ませることになる。

 ちなみに、この日の授業には、なぜか更科理事長と武田学園長が視察に来ていたが、授業の邪魔になるだけなので、触れずに居ないものとして授業をすることにした。


「今日から1年間、古文を担当します笹錦です。古文は難しい科目だと苦手意識を持っている方も多いかと思いますが、この1年を通して、少しでも古典文学の面白さが伝わればとの思いで授業に取り組みますので、みなさんも肩の力を抜いて、構えずに古典に触れてくださればと思います。それでは早速授業を始めます。目は閉じて、わたしの音読に耳を傾けてください」


 自己紹介もそこそこに授業を開始した上に、目を閉じてと言われた生徒たちは、戸惑いの色を見せた。しかし、私は余計な言い訳などはせずに微笑んだまま、全ての生徒が目を閉じるのを待った。

 そして、全員が目を閉じたのを確認すると、声のトーンを意識しながら、枕草子の冒頭からゆっくりと読み始めた。


「春は、あけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。 夏は、夜。月のころは、さらなり。闇もなほ。螢のおほく飛びちがひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし」


 生徒全員に聞こえるように、声量と読む速度を意識して音読する。


「秋は、夕ぐれ。夕日のさして、山のはいと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ、三つなど、飛びいそぐさへ、あはれなり。まいて、雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず」


 読み上げながら生徒たちの表情を観察すると、どの生徒も目を閉じながらもリラックスした表情を浮かべている。これまでの1組から4組までの授業でも概ね同じ反応だった。おそらく私の読む枕草子に、身を委ねて、心地良さに浸っているのだろう。


「冬は、つとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。また、さらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし」


 ここまで読み終えると、余韻を感じるために10秒ほどおいて、話を再開した。


「はい、では目を開けてください。今わたしが読んだのは、枕草子という作品です。冒頭の「春は、あけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは」の一節は、どなたでも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?」


 教壇から講釈をしながら生徒たちを見渡すと、私へ視線を向けて真面目に受講する生徒の中に、まだ余韻から抜け出せないのか、口をだらしなくポカーンとあけたまま寝惚けているかのような表情の生徒も何人かいた。


「この作品は、季節ごとの日本の情景の素晴らしさを紹介した、現代で言うエッセイです。春は明け方が趣があって素晴らしい。夏は夜が一番。秋は夕暮れ。冬は早朝。と、四季の変化が豊かな日本の情景を紹介しています。でも、この作品が優れているのは、なによりも文章のリズムと音の心地良さです。先ほど皆さんには、目を閉じてわたしの音読を聞いてもらいました。視覚を遮断して、より聴覚と想像イメージに集中することで、この枕草子のリズムと心地良さを、体験できたのではないでしょうか」


 ここまで述べると、生徒たちはなにかを感じ取ってくれたようで、頷いたり、反芻しているのか、もう一度目を閉じたりと、上々の反応を見せてくれた。

 そして私も、生徒と古典文学の魅力を共有出来た手応えに、自然と頬が緩んだ。


 しかし、こんなに穏やかで素敵な空気をぶち壊す存在が教室にはいた。


「では、枕草子の魅力をさらに読み解く為に、1つずつ意味を―――」


「すばらしい!」パチパチパチ

「ブラボー!」パチパチパチ

 と、教室の一番後ろで突っ立っていた学園トップの二人が大げさに拍手して騒ぎ出した。


 そんな二人にギロリと視線を向けて、冷静に伝える。


「授業の邪魔です。出て行ってください」



 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ