#17 古文教師のささやかな大志
ホームルームを終えて職員室に戻ると、坂下先生が興奮気味に話し始めた。
「笹錦先生!凄いじゃない!騒いでた生徒たちをあんなに簡単に黙らせちゃうんだもん。ビックリしたわよ?」
「生徒の質問に答えただけで、特に何もしてませんが」
「そんなことないわよ~。1年目なんてどんな先生でも緊張しちゃうし、大勢の生徒に質問攻めにされたらタジタジになって当たり前よ?なのに笹錦先生ったら、お澄ましした表情でズバーン!バシーン!って容赦なく一刀両断しちゃうんだもん。こんな新任教師見たことないわよ?」
「最初が肝心ですので、少し強気に出ていたことは否定しませんが、昔から肝の据わった子だとは、よく言われました」
「なるほどねぇ。それに生徒の名前もよく知ってたよね?まさか、まだ授業始まってないのに、全部覚えちゃってるの?セクハラを指摘された小泉君と阿部君も驚いてたわよ?」
「あれは名札が見えてましたので。クラス長の遠藤さんも、名札で覚えました」
「え?名札って胸に付けてる?」
「はい、視力は良いほうなので、教室内の距離でしたら名札の文字は読めます」
「ウソでしょ??ホントに??それ、視力がいいとかいうレベルじゃないわよ?」
「ウソではありませんよ。例えばここからでしたら、教頭先生の人工の毛髪の1本1本まで、クッキリ見えます」
なので、隣の席の体育教師の鼻毛なんて、見たくなくても見えてしまう。
「笹錦先生、それは禁句よ。目が良いのは充分分ったけど、教頭の毛髪のことはそっとしておいてあげて頂戴」
「善処します」
一学期の始業式だったこの日も午前で終わり、午後はフリーになったので、昨日購入したマグカップにお茶を淹れて自席でお弁当のおにぎりを食べ終えると、図書室に向かった。
今日は蔵書の物色が目的ではなく、明日から始まる授業に備えて資料を借りるためだった。
高校2年一学期の古文は、一般的には基礎的な古典文法がメインになる。この学園へ赴任を決める際に、カリキュラムについては私の思う通りにさせて欲しいと要望を出していたので、基本的に教科書に沿って進めはしますが、他の古文担当教員とは別のアプローチで、生徒達に古典文学に触れてほしいと考えていた。
私の考える古文という学問は、日本文学の源流を学び研究することが主軸であり、文法などの語学的要素は基礎だと考える。つまり、古典文法は古典文学を読み解くために必要な基礎であり、それがメインではない。
しかし、現在の高等学校教育での古文は、古典文法が主軸として授業や試験などが構成されている。これは生徒が古典文学へ触れることへの気安さの妨げになっていると、私は考えていた。
幼少期より、実家の蔵にあった古い書物ばかりを読んでいた私だからこその考え方だとは思いますが、私が高校生のころでも周りの生徒は、古文を難しい科目だと考え、古典文学を『楽しむ』という発想は誰も持っていなかった。
その結果、誰もが知るように、大学受験の為の詰め込むだけの学問に成り下がっているのが現在の日本の高等学校教育だ。
私のこの考えが理想論であることは分っています。ですが、機会を得て、折角高等学校教育の現場に立つことになったのだから、せめて自分が教える生徒には古典文学を楽しんで欲しかった。
図書室へ入ると、カウンターで作業をしている松金さんに一言挨拶を済ませ、文学コーナーへ向かった。
3分もかからず目的の枕草子の現代語訳版を見つけると、ひと通り内容に目を通して確認し、カウンターへ向かった。
「あら、今日は早いんですね。一冊だけで大丈夫なの?」
「はい。今日は授業の教材に使う本を探しに来ただけなので」
「あ、そうだ。せっかくだから、貸出手続きも自分でやってみる?」
「いいんですか?」
「ええ。どうせ笹錦先生はこれからもたくさん借りるでしょ?だったら自分で手続き出来たほうが便利だからね」ふふふ
「では、お言葉に甘えて、自分でやってみます」
こうして、図書委員でも顧問でも司書でも無いのに、図書室のフリーパスを手に入れた。
ニヤリ




