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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第二章 現世での営みと再会
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#15 図書室での時間と定時退勤


「さっき国語の先生って言ってたけど古文よね!?古文の先生なのよね!?」


「あの、松金さん。図書室ではお静かに」


 なぜ、私が司書さんに向かって図書室のマナーを注意しているのだろうか。  

 目を血走らせ、私に掴みかからんほど興奮気味の松金さんをなんとか宥めて、念のために詳しく話を聞くと、やはり「夢で見たの。美しい女の子がバスケットボールほどの大きさのサイコロを楽しそうに振って、古文の先生の宿命が決まる夢を見たんです。その女の子は夢の中でマノン姫と呼ばれていたの」と話し、「それは天命であり、業の清算の為にも古文の教師としての役目を果たすべきだ」と主張を始めた。


 こんなことってあるのだろうか。全く別の人間が同じような夢を見て、その夢が私の天命を暗示していると、それぞれの人間が狂信的に信じているのだ。そして実際に、私は本日から古文の教師となった。

 この状況に、改めて、気味が悪いとか、呆れてしまうとか、色々思うところはありますが、『松金さんも天命論者なのね』と思うことで、流すことにした。私も慣れてきたものだ。


 私が古文の教師であることを知った松金さんは、先ほどまでの興奮状態が嘘のように落ち着きを取り戻し、微笑みながらフレンドリーな口調で、この学園のことを色々教えてくれた。

「村上教頭の毛髪には闇が潜んでいる」だとか、「牧田先生は下戸で泣き虫」だとか、「更科理事長は女性教諭にはセクハラ気味なので注意したほうがいい」とか、「武田学園長は趣味のゴルフが原因で奥さんと別居中」だとか、勤務初日の私でもすでに把握している情報が多く、初耳情報も正直どうでも良かったし、あまり益になる情報は無かった。


 腕時計で時間を確認すると、14時を過ぎていた。松金さんとお喋りばかりしてたせいで、もうこんな時間に。今日、この図書室に来たのは、書架に並ぶ蔵書を見て回り、少しでも本に触れておこうと考えたからなのに、本来の目的が疎かになってしまっていた。


「そろそろ、蔵書のチェックもしてきますね。それを楽しみに、この学園へ赴任したようなものですので」


「そうね、ゆっくりしていって頂戴ね」うふふ


 古典文学のレパートリーのチェックだけでなく、社会科学や哲学などの書架も眺めていると、松金さんから「そろそろ閉館時間なの。今日は授業が無い日だから早い閉館なのよね」と声をかけられ、腕時計を確認すると17時を過ぎたところだった。


「すみません。つい夢中になってしまいました」


「いいのよ。本に囲まれていると、落ち着くものね」うふふ


「また来ます。ありがとうございました」とお礼を言って図書室を退出した。


 静かに速やかに職員室へ戻ると、授業が無い日の定時は17時なので、教職員のほとんどが退勤する準備をしていた。

 私も自分の席に戻りカバンを肩に掛けると、右隣の坂下先生に「お先に失礼します」と声をかけて、速やかに職員室を出る。左隣の体育教師は不在だったので、まだ部活の指導でもしているのだろうか。

 新人が勤務初日に定時にさっさと退勤するのはどうかと思うが、そんなことを遠慮していたらズルズル残業をするハメになってしまうので、『こういうのは最初が肝心だ』と遠慮なく退勤した。

 ええ、私はせっかちな性分なので。

 廊下や職員玄関で会う人にも「お疲れさまでした」と微笑みと会釈で挨拶しつつ、速やかにパンプスに履き替えると、職員駐車場に停めてあったパールピンクの軽自動車に乗り込み、帰宅の途に就いた。


 帰り道を運転中に思い立ち、ディスカウントショップに寄って、職場用のマグカップを買うことにした。

 ひと目で自分のカップだと分かるような特徴があるものを考えていましたが、商品棚に並ぶマグカップはシンプルなデザインの無難なものばかり。どうしたものかと思案していると、保温効果のあるマグカップが目についた。

 タンブラー等でもよく見かける二重構造のものだ。今日給湯室で見た限りでは、このタイプのカップは無かったように思う。少しお高めですが機能性も十分なので、これに決めた。


 速やかに会計を済ませて帰宅すると、ピンフが玄関マットで寝転んでいた。「ただいま、ピンフ」と声を掛けると、顔をあげずに返事の代わりに、尻尾を一度だけパタンと動かした。


 今日もマイペースで、やっぱり鳴かない猫だ。




 第二章 終

 次回から、第三章 宿命の古文教師




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