#14 学園トップと下っ端
更科理事長と立ち話を続けるわけにもいかず、仕方なくミーティングスペースでお話をすることになった。
「お茶を淹れてきます」と伝えて給湯室へ逃げると、思わず溜息を吐いてしまう。私立の学園理事長は、一般企業で言えば社長やCEO。いくらセクハラ気味だとはい言え、無下にするわけにはいかない。組織に属したからには、これも定めなのだろう。社会人となって、初日から洗礼を受けた気分だ。
来客用の湯呑を二人分用意してお茶を淹れると、お盆に乗せてミーティングスペースに戻る。すると、理事長の対面に学園長の武田先生が座っていた。学園の上層部のお二人がお話をされてるのなら、最も下っ端である私がそこに加わるわけにはいかない。これはうまいこと逃げられるチャンスだ。
「失礼します」とひと言かけてから理事長の前にお茶を1つ置き、続いて学園長の前にも1つ置くと、何食わぬ顔で「失礼しました」と退出しようとした。
しかし、学園長が「笹錦先生、こっちこっち。ちょうど今、笹錦先生のことを話してたんですよ。座って下さい」と呼び止められた。やっぱりダメでしたか。胸の内で溜息を吐いてから、それを表情に出さないように微笑み、「失礼します」と断って、学園長の隣に座った。
「笹錦先生には、2年の古文を担当して頂くことになりました」
「クラス担当は、外してくれてますよね?」
「ええ、理事会からそのように要請がありましたので、2年担当グループには所属してますが、担任は勿論、副担任からも外れています。ですが、どうしてなんですか?何か事情があるようですが。笹錦先生は女性ですし、きっと生徒のうけも良いと思います。年齢も一番若くて生徒にもっとも近い世代ですので、副担任をお任せできれば、きっと生徒達のためにも良いと思うのですが」
「まぁ、それは、本人の―――」
「ゴホン」ジロリ
「あ、いや、まぁ、笹錦先生には授業だけでなく、古典文学の研究など色々と、しどろもどろ」
理事長が私に関する裏事情をうっかり口を滑らせそうになったので、すかさず咳払いしてジロリと視線を送ると、理事長も自分の失言に気付いて誤魔化してくれた。
更科理事長の推薦で採用されていることは、武田学園長と村上教頭も知っていますが、天命の話や赴任にあたっての私からの要望は、内緒にするようにお願いしてあるので、この件は学園内では私と理事長の二人しか知らない。
しかし、その後は理事長が落ち着きをなくして、早々に「で、では、ひ、姫様、じゃなくて、笹錦先生のことを、よろしくお願いします」と席を立ち、まるで私の視線に怯えるように退出してしまった。
それにしても理事長まで姫様とか、まだお昼なのに寝惚けているのだろうか。
残された学園長からは「ところで、笹錦先生はゴルフはされるんですか?」と質問されたので、「いいえ。私はインドア派なのでしません」とキッパリ答えると、「そうですか・・・」と肩を落として退席したので、急いで湯呑を片付け、小走りで図書室へ向かった。
図書室では受付カウンターには司書さんと思しき女性がひとり居て、フロアの読書スペースには制服姿の生徒が数名ほど座って、勉強をしていた。
司書さんに「こんにちは。ご苦労さまです」と声を掛けると、「あら?新任の方かしら?」と返ってきたので、「はい。今日から赴任しました、笹錦と申します」と静かに名乗り、会釈した。図書室では静かにするのが当然のマナーですからね。
「新人さんが初日から図書室に来るなんて、珍しいですね。何か用事でも頼まれたんですか?」
「いえ、完全に自分の趣味目的で来たんです」
「そうなんですか。なんだか私と気が合いそうですね」ふふふ
「子供の頃から読書が好きで、趣味が高じて大学もその方面へ進んで、今は国語教師なんです」ふふふ
司書さんが「良かったら、中へどうぞ」とカウンター内のイスを勧めてくれたので、この方とはこれからも色々とお付き合いが増えそうだし、お言葉に甘えて座らせてもらい、カウンター内で静かにお喋りを続けた。
名前は松金さんといって40代後半だろうか。この学園で司書の仕事を10年以上続けているそうで、娘さんも本校に在学しているそうだ。そういった事情もあって、本人曰く「この学校の裏事情とか教職員同士のあれこれとか、あとは生徒の噂話とか、なんでも聞いて頂戴」と、かなりの事情通らしい。
そして私のことも聞かれたので、若干警戒しつつも出身地のことや出身高校と大学のことを話すと、下の名前も聞かれたので、正直に「真乃です。真実の真に、乃木坂の乃です」と答えた。
すると、突然立ち上がって「ま、マノン姫の天命!?」と驚きの表情を浮かべた。同時に、フロアで勉強中の生徒たちが一斉に顔を上げてこちらを見る。
って、あんたもかい。




