#110 魂に刻まれた忠義
目の前に現れたサイコロに手を伸ばし、両手で掴むと、軽い。
『こんな軽いもので俺の運命が決まるのか』と思うと、なんだか納得がいかないが、すでに一度転生している身としては、今更だろう。
しかし、両手で持ったサイコロを頭上に掲げて構えると、突然水晶が制止した。
「ま、待つのだ!」
「どうしました?また笹錦先生になにかあったのですか?」
「いや、今度はそなただ。たった今、そなたの魂に、称号が刻まれた」
「称号?まさか私も魔女に!?私は男だぞ!?」
「いや、魔女ではない。そなたの魂に刻まれたのは、『忠義の士』の称号だのう」
「忠義の士?それはどういうもので、なぜこのタイミングで?」
「過去にもこの称号を持つヒトを幾人も見てきたが、なによりも忠義を第一に考え、病的なまでに忠節を尽くす人物ばかりだったのう。恐らくそなたも、家族との再会より前世の主君に対する忠義を選んだ結果、魂に『忠義の士』の称号が刻まれたのだろう」
「なるほど・・・それで、この称号があると、どうなるので?」
「精々箔がつく程度かのう。笹錦真乃の『滅びの魔女』とて、本来は罪を持つ証しとしての、ただの称号であった。彼女が特異だということだ」
「では、現世に戻ることに支障はないと?」
「うむ。 いや、これはおかしいぞ・・・笹錦真乃は、滅びの魔女の因果を自ら断ち切ったはず。なのに、牧田泰造はまだ忠節を尽くそうとし、この称号が現れた・・・まさか、これも滅びの魔女の力なのか?それとも、別のなにかなのか?やはり、笹錦真乃には計り知れぬものがあるのか」
「今度はどうしました?」
水晶が、なにやらブツブツと独り言を呟いているようだ。
運命を賭けてサイコロを振ろうとしていたのに、なかなか始められない。
「その称号が現世でどのような影響を及ぼすかは、わしにも分からぬ。なにせ、世界の理から外れた存在である笹錦真乃が影響していることは、否定できぬからのう」
水晶は笹錦先生の存在を畏怖しているようだが、滅びの魔女の自覚がないのなら、そこまで恐れることはないだろう。私は臣下としてひたむきに、ただお守りするのみ。
「では気を取り直して、サイコロチャレンジ!行ってみよう!」
「お、おう!」
「なにが出るかな♪ なにが出るかな♪」
再び構えると、ふと今の自分を客観視した。
全裸でサイコロを両手で持って構えている。
途端に思い出す、羞恥心。
ええい!気にしてはダメだ!
今は集中しろ!
「いざ!勝負! おりゃ!」
放り投げたサイコロは3メートルほど前方に落ち、さらに2メートルほどコロコロと転がってから止まった。
「お!?2!偶数で現世に戻ることが決定!」
「おお!やったぞ!これで笹錦先生をお守りできる!」
「そして、特別ボーナスは~! 2なので、マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキの持つ業の2分の1を、そなたにプレゼント!」
「え?プレゼント?業は他人に譲渡することができるのか?」
「今回だけの特別ボーナスだ。引き続き、業の清算に励むのだぞ」
「お、おう。分かりました」
マノン様の業を半分でも肩代わりできるのなら、望むところだ。
しかし、こうして運命が決まって冷静になると、この超常的な状況を平然と受け入れていた。
長い時間、水晶と話していたせいなのか、生と死の概念が麻痺してしまっているのだろう。
「では、現世への復帰に際しての注意事項を説明しよう。
現世にて目覚めた時、前世のタイゾル・マキナ・コーラルとしての記憶、そしてここでの記憶も再び封印されておる。故に、今のそなたはタイゾルの影響を強く受けた人格と思考だが、元の牧田泰造に戻ることになる。ただし、『忠義の士』の称号は魂に刻まれていることには変わりないので、それがどのように影響するかは不明確で―――」
ようやく戻れるのか。
嬉しさもあるが、サリナとアイナのことを想うと、素直に喜べんな。
しかし、自分の信念に基づいて決めたこと。
必ず笹錦先生をお守りし、マノン様の業の清算が終わったのちに、二人に会いに行こう。
「というわけで、昏睡状態から目覚めても、それまでと変わりないであろう」
「ところで現世では、どれほどの時間が経過しているのでしょうか?」
「そなたが昏睡状態になってから、2カ月程度だのう」
俺は、2カ月も昏睡したままだったのか。
10月半ばの修学旅行中だったから、今は12月か。もう随分と寒くなっているのだろうな。
2年5組の生徒や剣道部の部員たちは、心配しているだろうか。
「では、そろそろ時間かのう。牧田泰造よ、そなたの忠節の志、天晴であった。現世でのこれからの活躍、期待しておるぞ」
「こちらこそ、現世へ戻る取り計らい、感謝する」
次にここへ来るのはいつになるかは分からないが、次は牧田泰造も『忠義の士』だったと誇れる姿で来たいものだ。
水晶は宙に浮いたまま、クルクルと回転を始めた。
そうだ、確か前回もこんなふうに回転が始まって、鐘の音が聞こえてきたな。
ルールル♪ ルルルルールル♪ ルルルルールールールー♪ ルールル♪
「え!?徹子の部屋!?鐘じゃないのか!?」
「では、さらば!これからも、存分に楽しませてくれ」
やっぱり、楽しんでいたのか。
薄れゆく意識のなか、表情がないはずの水晶が、ニヤリと笑みを浮かべていたように見えた。




