#107 思念の中での再会
気付けば、なにもない空間で、仰向けに寝ていた。
火災現場にいたはずなのに、体を起こして周りを見渡すが、違う場所だ。
あの鼻をつく焦げる臭いも、吹き込んでいた熱風もない。
ここは、暑くも寒くもなく、音も聞こえなくて静かだ。
いつからここで、寝ていたのだろう。
たしか、右足が瓦礫に挟まれ身動きが取れず、笹錦先生を避難させたあと、なんとか抜け出せないかと足掻いていたが、痛みが酷くて気が遠くなりそうだったことまでは憶えている。
でも、右足を見ると、ケガをしていない。まるで最初からケガなんてしていなかったかのように、綺麗だ。痛みはなく、立ち上がることもできる。
そうか。僕は死んだのか。
27年の短い人生が、終わってしまった。
親孝行もできないままだけど、仕方ない。
むしろ、生徒と笹錦先生を助けることができたのだから、本望だな。
生きているときは死ぬのが怖かったのに、いざ死んでしまうと、あっさりと受け入れてしまえるものなのか。
けど、どうして裸なんだ。
寒くはないけど、恥ずかしい。
誰かに見られたら、変質者だと誤解されるぞ。
なにか着るものが欲しいな。
困ったな。
ここがどこなのかは分からないけど、これからどうすれば・・・
「おーい!誰かいませんかー?ここはどこですかー?」
声を出してみたが、なにも反応が無い。
誰も居ないなら、変質者に間違われることはないか。
死んだのだから、ここは天国かな?
地獄じゃないといいな。
人命を助けて死んだんだから、地獄ってことはないよな。
周りを見渡すと、灰色の地平線が広がっていたが、一か所だけ光を放っている場所があった。
なにも頼るものがないし、これからどうすれば良いかも分からないので、光る場所を目指すことにした。
全裸姿で歩くのは落ち着かなかったが、なぜかここでは疲れを感じない。それに空腹やのどの渇きもない。どうやらここは、時間の流れがないようだ。
光る場所に辿り着くと、そこには人間の頭部ほどの水晶の塊が、宙に浮いていた。
「水晶だけ?」
「牧田泰造よ。よくぞ参った」
「え!?なに今の声!?なんで名前を知ってるの!?誰かいるのか???」
「目の前にいるだろう。話しかけているのは、わしだ」
こ、この声、耳ではなく、脳に直接響いている?
まさか、目の前の水晶が?
「水晶が、喋るのか?あなたは、何者?」
「わしは石。魂の裁定をするために、ここでプカプカ浮いておる」
「へー・・・」
よく分からないけど、考えたところで理解できそうにない。
難しいことを考えるのは苦手だ。
「まずは、そなたの現在の状況を説明するぞ」
「現在の状況?死んでいるんじゃないの?あなたも魂がどうのこうのと言ってたじゃないか」
「死にかけてはいるが、まだ死んではおらんぞ。昏睡状態だな」
「死んでいないの!?だったら早く帰りたい!」
「慌てるではない。そなたは前世で、神の国へ行くことを希望していたのだぞ?覚えてはおらぬだろうが、色々と因果やしがらみがあるのだ」
「前世?神の国?因果?」
「今は記憶が封印されたままだからな。業の清算をするために体育教師の宿命を背負い、現世で全うできたから、そなたの魂をここへ呼び寄せたのだ」
また、難しいことを言い出した。
「合点がいかない顔をしておるの。まずは記憶の封印を解くとするか」
「あ、ちょっと待ってください。その封印を解いたらどうなるの?今の記憶は無くなっちゃうの?」
「いや、記憶も人格も残る。ただし、前世の記憶を思い出せば、人格に強く影響するだろう。まぁ大袈裟に考える必要はない。どちらの記憶も人格も、そなた自身なのだからな」
記憶がもう一人分、増えるということか?
今の記憶が残るのなら、まあいいか。
「ならさっさと封印を解いてください」
「うむ。では、カウントダウンから始めるぞ?そなたも一緒に声を出してー!」
「スリー!」
「じゅー?」
「ストップストップ、スリーカウントだからな?」
「あ、はい」
「スリー!」
「さん!」
「ツゥー!」
「に!」
「ワン!」
「いち!」
「ゼロ!」
「ぜろ!」
「コングラチレーション!」
「ん?なにも起こらないぞ?」
と口にした瞬間、頭の中でバチンッ!と音がして、脳震盪を起こした時のようにぐわんぐわんと目が回り、ひっくり返ってしまった。
ああ、思い出した。
ここは、あの時の場所だ。
俺はここで、体育教師になる宿命が決まったんだ。
そして、子供のころから何度も見た夢は、あの時のものだ。
「そなたがタイゾル・マキナ・コーラルであったことは、思い出せたか?」
「ええ、ササニシキ王国の騎士隊隊長タイゾルだったこと。そして、敵陣深くで爆死したことも、ここでサイコロによって体育教師の宿命が決まったことも、思い出しました。つまり私は、業の清算を終えたから、神の国へ行けるということですか?」
「いや、まだ行けぬ。そなたは死んではおらぬし、他にも事情があって、そなたの思念の中でこの場を再現しておるのだ」
「思念の中で再現?よく分かりませんが、このまま死ねば、サリナとアイナのもとへ行けるわけではないのですか?」
「そういうことなのだが、1つ問題があるのだ。現世で徳を積んだそなたの業の清算には、滅びの魔女が大きく関わっておる。それが余りにも強力なものだからな、今ここでその因果を断ち切る必要があるのだ」
愛する妻と娘のもとへようやく行けるというのに、どういうことだ?
記憶が封印されていたとはいえ、俺は滅びの魔女など知らないぞ。
「滅びの魔女とは?前世でも、そのような者は記憶にありません。私とどのような関わりがあると?」
「滅びの魔女とは、笹錦真乃のこと。そしてその前世は、『マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキ』である」




