第七幕:潜入偽装の海賊船
物語は、悲劇で終わらない。
語り始める、悲劇の後の物語。
やあ、君。勇気あるね、こんなところにくるなんて。おっと、あんまり動くなよ。ここはスループ船の甲板の上だ。ボクらは船の柱に寄りかかって、ある少年を見つめている。
誰かって?
ジェイ・フールに決まってるだろ。
第六幕では、ジェイ少年が彼の父親によって黒妖精ダンケリットを失ったところまでを見たね。
今から始まるのは、少年が夢のために海賊になるための一歩なんだ。
彼はエトン校を抜け出して、
ここにいる。
ここがどこかって?
商船に化けた海賊船だ。
名前は『レンジャー』と言ってた。調べたんだ。
今の船に貼り付けてある名は、『聖マリアの微笑み』とあるけど、海賊船とバレないための偽装の一つだ。
大海原を航海し、使い古された船体は木材で覆われてる。
まだら模様は、風雨を乗り切ってきたからだ。歩く度に床の木が軋む。
少し生暖かい海のにおいと、ずっと揺れている感覚は、慣れないと気持ち悪くなる。
空には月もない。星は小さく瞬く程度。船に備え付けられたランタンの灯火が、鬼火のように揺れる。
ジェイ少年は、港に置いてた小舟をかっぱらって、この船に乗り込んだ。
彼は、その日、すぐにでも海賊になりたかったからだ。
父には散々説教されて、
彼の初恋の種だった上級生には裏切られ、彼は同級生たちを殴りつけてしまった。
そして彼が大事にしていた妖精は、箱の中で横たわり続けている。
彼には彼女が死んだのか分からない。
指先で触ると力なく、反応もない。
彼は慎重に、彼女のために寝床を作り直し、小さい木箱の中におさめていた。綿をなるべく敷き詰めた。
まるで棺桶のように感じる。
少年は、そんな考えをふり払い、それをジャケットの胸ポケットの中にいれてた。
「最後まで、ボクらは一緒だ。ダンケ」と彼は胸ポケットで膨らんだ箇所をトントンと人差し指で叩く。
船が波で大きく揺れた。少年は船の手すりに寄りかかる。
彼は船長に会うつもりだった。
そして、その願いはすぐに叶う。
見張りの海賊の一人が彼の頭を後ろから殴りつけて、はがいじめしたから。
彼は引きずられるようにして、船内へと消えた。
ボクらも追いかけなきゃいけない。
海賊の船員から連れてこられた船長室は、地味な机。その上には地図がひろげられていた。調べ物をしてたのか航海道具が置かれてた。
「船長。夜おそくにすみません。
ーー侵入者が船いたので、お連れしました。」海賊は一呼吸おいて言葉を続けた。
「まだガキです」
船長と呼ばれた男は、机の前に立っていた。座ってはいない。髪は暗褐色で、肩まで伸びた髪を麻紐でくくって、後ろに束ねていた。ヒゲは鼻の下から口周りに生えて、キレイに整えられていた。引き締まった顔つきで、理性的だった。海賊というより教師の顔つきをしてた。生真面目だ。
体つきは中背だが、がっしりとしてた。亜麻の白いシャツに黒いズボンを履いてた。
「ーーガキか。」と彼は言いながら少年を上から下まで眺めた。
「なんでエトン校のガキがここに来た?」と彼は質問を口にした。
「ーー見学なら、もっと別の機会に頼みに来い。ここでお前さんを殺したとしても、こちらに非はないんだぞ。」と彼は淡々と言葉を続けた。少年の様子を注意深く探りながら。
「商船になんか興味はない。」とジェイ少年は口を開いた。
「ボクが必要なのは、海賊船だ。」と彼はか細い声で船長に向かって言った。
「海賊船?」と彼は目が細める。
「そこに、何がいるか知ってて、乗り込んだのか?」と彼は少年に顔を近づける。息と共にラム酒の匂いが、かすかに漂う。
少年は船長の水色の瞳を見つめて、こう答えた。
「海賊になりたい。」ゆっくりと確実に少年は言葉を続けた。
「それがボクのたった一つの夢だから」
(こうして、新しい第七幕は幕を閉じる。少年の海賊の夢と共に)
海賊船に乗り込んだジェイ・フール。
彼の運命は、こうして進む。