きょうてきあらわる
神代町自然公園。
空は薄暗く、近隣の家々には明かりが消え始める時間帯。
広場の中央に一人の初老の男が佇んでいた。
「……」
老人は辺りを一瞥し静かに口を開いた。
「そこで何をこそこそしているかな」
見た目の年齢とは裏腹に、渋みのある若い声だった。
「キヒ、流石ですね御老公」
木の影から四つ目の男が現れる。
片腕を失ったガルムだった。
相変わらず飄々とした態度だが、その顔には焼け跡が残っていて不気味さを増していた。
「お前程度の気なんぞ、すぐに分かる」
「…これでも気配を消してたんですけどねぇ」
ガルムはやれやれといった動作をし、近づいてくる。
「どうしたんだ、その腕は」
大して気にしてない様子でガルムの傷痕を見る。
「火の鳥でさぁ」
火の鳥という単語を聞き、眉を動かす。
「…やはり、か」
「やはりとは…?」
「お前達の気の残りを感じたのでな」
ガルムには気の残りの事など言われても分からなかった。
(相変わらず得体の知れないジジイだ)
心の中でそう呟く。
命令をされるのを嫌い、相手を見下す態度を持つガルムだが、この老人に対しては違った。
あくまで、表面上としてだが。
(あの鳥野郎もヤバかったが、このジジイのほうがよっぼどヤベエ…)
まだガルムがパートナーである人間と憑依する前のことだ。
老人がガルム達の前にあらわれ何かの呪法を唱えたのだ。
呪法を耳にしたパートナーは悶え苦しんだ後、痙攣を起こし、泡を噴いて倒れた。
目の焦点はぼやけ、意識は無く植物人間のようだった。
その時にこの老人に逆らってはいけないと肌で感じたのだ。
「引き続き共鳴者狩りを遂行しろ」
「…キヒッ。相変わらず人使いが荒い事で」
ガルムは了解の意を唱えその場から消えた。
「……朱雀、か」
老人は火の鳥の人物の名を呟き遥か上空を見て笑っていた。
★
「はぁ、今日は散々な一日だったぜ全く」
「ケン坊が馬鹿な発言をしなけりゃ、あんなことにはならんかったで」
賢次と白虎は浩介の家からの帰り道をとぼとぼと歩いていた。
あの後、朱雀から"浄化の炎"をしてもらえず、玄武から"清き雫"という治癒の呪法を唱えてもらったが、結局白虎たちから許しを得て復活したのはつい先程だった。
その上加減をされるよう命令されていて、所々に痛みが残っている始末。
自業自得とはいえ、あまりな対応だった。
「だって、しょうがねえじゃん。ホントのことなんだし」
「また殺されたいんか?おお?」
「すみません。私が悪うございました」
その場で土下座する。
ばばあ呼ばわりより身体の事を言われる方が遥かに怒るようだった。
「しっかし、夏樹もパートナーだったなんてなあ。案外適当なんだな、魂の共鳴ってやつは」
「そのことなんやがな…。ちょっとわからんことが起きてるんよ」
「…何が?」
「こうも身近に共鳴するもんが多いのは今まで無かったんよ。それも人間に限られて」
「どういうことだ?」
「魂の共鳴は、人間だけでなくいろんな動物に当てはまるんや。それこそ犬とか猫にもな。そんで、その動物に憑依して意識を乗っとることができるんや」
「いっ!そうなのか!?」
「せやけど、その動物の意思を尊重して、乗っとるなんて普通あかんのや。うちら幻獣は確かに凄い生き物やけど、あくまで生き物や。特別やない」
「そういうもんなのか?」
「当たり前や」
「じゃあガルムってやつも、人間の意思だったのか?」
浩介達からガルムの話は聞いていた。
狂気の沙汰でとても人間とは思えず、彼から発せられた言葉の波長は幻獣と一緒だったそうだ。
「それなんや。人間は知能も発達しとるし、魂が選ばれたことによって、憑依しても完全に乗っとるなんて出来んはずなんや。精々七割が限度で、残りは必ず人間の意志が残る。それに失敗すると暴走してまうしな」
「こーちゃんの時みたいにか」
「んー、コーチンの時はまたちょっと様子が違う気がしたけどな」
「じゃあなんでガルムは乗っとれたんだ?」
「だから、わからんのや」
「うーん」
段々と話しが難しくなってきたのか、頭の整理が追いつかなくなっている。
「こうも身近に共鳴するもんが多いのは偶然だとしても、人間に限られて、しかもほぼ同時期にあらわれるのは明らかにおかしいんや」
「ううーん」
「何かよからぬことが起きようとしとるかもしれへん」
「………」
「まあ、今はあんまり深く考えすぎてもあかんやろ。気楽にいこか」
「…あとさ」
「んー?」
「以前俺の前にあらわれたじいさんだけどさ、今は音沙汰無いけど、何してるかな…」
人当たりの良い賢次にも悩みというものはある。
一人になりたい時などは校舎の裏の茂みでこっそりと寝そべって、静かに授業をフケたりする。
携帯から着うたを流し、イヤホンで聞いていた時どこからともなく現れた虎に襲われたのだ。
それが白虎との出会いだった。
幻獣の話しをされ、半信半疑の時、全身をコートで身を包んだ老人が現れた。
老人を見た時全身の毛は逆立ち、何も喋れなかった。
老人の前では息をすることさえ躊躇われた。
死ぬかも知れない。
そう頭がよぎった時だ。
白虎の事を見つめていた老人だったが何者かが来る気配を感じたのだろう。直ぐに去っていった。
老人も幻獣の一人と白虎に告げられた時は驚いた。
「…その可能性は高いやろな。案外ガルムのやつとつるんでるかもしれんし」
「…あいつが何かたくらんでたらこの町やばいかな…?」
「………あんま考えたくないわな」
人間の伝説では聖獣と呼ばれる白虎ですら、あの老人に対して身震いを感じていた。
「キヒッ、見ぃつけた」
二人は声のする方に瞬時に振り向くが、そこには四つ目の残像が一瞬見えただけだった。
「遅えよ」
いつの間にか賢次の懐に飛び込んでいたガルムは、賢次の腹を殴ろうとした瞬間だった。
「危ないっ!!!?」
賢次を抱え、白虎はアパートの屋上に飛び乗っていた。
「すまねえ!」
「例なら後や!!」
息つく間も無くガルムは攻めてくる。
片腕を無くしながらも、その攻撃には切れがあり賢次たちに襲いかかる。
白虎たちに憑依をさせる間も無く攻めてくるので、賢次を抱えながら、家の屋根から屋根へと退避していく。
「キヒヒヒヒャヒャヒャ!!!流石は白虎だぁ、俺の攻撃をよけながらも隙を見つけて攻撃するなんてなあ!」
抱えられる形だった賢次は言われるまで、気づかなかったが、確かにガルムの拳を相殺しながら白虎もまた蹴りや拳を見えない速さで繰り出していた。
「…なんでうちのことを知っとるんや!」
「んー?なんでって、あの方からお前の存在を聞いてたからさぁ」
「あの方って…、まさか!?」
「そうさ、あの薄汚い老人さあ。キヒヒャヒャヒャ」
「ガルム…!!」
先日の自然公園で、夏樹や浩介にひどい目をあわせた人物を見て賢次達は怒りが沸いてきた。
「白虎!早く憑依だ!!」
「わかっとるわい!もうちょい待ったれや!!」
激しい攻防が続く。
賢次を守りながらも一瞬の隙をついて攻撃をする白虎は流石と言えた。
しかし、それも段々と追い詰められていく。
「そろそろヤバくなってきたんじゃなあい?」
「うっさいわ!!」
「"幻影魔眼"!!」
白虎が振り向いた瞬間、ガルムの四つ目から閃光が放たれる。
思わぬ奇襲に対処しきれず隙が生まれてしまった。
「うっ!?」
その隙を見逃さず、ガルムは浩介たちに襲いかかる。
「ガハっ!!?」
賢次を抱えていた腕が離れ、壁に叩きつけられる。
「痛っ!白虎ぉ!!!」
賢次はコンクリートの地面に落とされ衝撃を受けるが、瞬時に白虎の方を見て驚愕した。
ガルムが四人いたのだ。
姿形はそのままで片腕を無くしているが、それぞれが意思を持っているようだった。
「キヒヒ」「ヒャヒャヒャ」「驚いた?驚」「いたあ?」
「な、なんだよそれ……」
ガルムの声が四つに別れ笑い声が反響する。
「これは"幻影」「魔眼"の力でそ」「れぞれの俺に意」「思があるのさぁ」「ただ光を出」「すだけじゃな」「いんだ」「ぜえ???」
「くっ!!」
まるで四つのコンポから音が流れているようだった。
白虎の元に駆け寄る。
「白虎!憑依だっ!!」
「っ痛ぅー、幻獣使いが荒いパートナーやで」
「させ」「るか」「よお」「!!!」
二人に襲いかかる四つの影。
「"土壁結界"!!」
呪法を唱えると、道路が盛り上がり巨大なコンクリートの壁が出来上がる。
「キヒャ」「ッ、この程」「度の壁で」
ガルム達には、目の前に現れた壁を攻撃、または避けてから賢次達に鋭い爪を繰り出そうとした。
「「「ッッッ!!?」」」
だがそこには二人の姿は無かった。
「…危ねぇ危ねぇ、何とか間に合ったようだぜ」
声をする方を見ると、そこでは既に白虎と憑依した賢次が空き地に立っていた。
傍らにはガルムの一人が倒れている。
「……へ」「ぇ、今の壁」「は目眩ましかあ」
「まあな」
壁を作った瞬間、そちら側から来たガルムの顔面をぶっ飛ばし、横っ飛びしながら空き地に身体を滑らせそのまま憑依した。
息を切らせぬ一瞬の芸当だった。
(さあ、こっからが反撃の時間やで!!)
「おおっ!!!」
「なんだよ」「なんだよ、憑」「依しちゃった」「のかよ。うざ」「ってえ」「なあ」
「うざったいのはお前だ!」
地面を蹴りだし前へと勢いよく踏み込みを入れる。
長く鋭い爪を振りかぶり攻撃するが、ガルムは散らばって避ける。
「「「アオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!!」」」
間合いを取り、三方向から咆哮してくる。
その声は大きく、全身に響いた。
「ぐああああああっ!!!??」
(うぐぅっ!?なんてやっちゃ、うちにまで影響が出とる!!!)
耳をつんざき、鼓膜が破れそうだった。
身体中がズタズタに引き裂かれるように感じる。
「ぐうっ、うおああああああああああああ!!?」
地面を思い切り踏みつけ、ガルムが立つ場所の大地が散弾の如く撃ち込まれる。
「「「ギヒャアアアアア!!!?」」」
ダメージを負った三人のうち二人が倒れる。
「ぐっ。へへっ…、どうやら、ニ、ニセモノは打たれ弱いみたいだな」
強がってみせるものの、賢次のダメージはかなり深かった。
だが、相手も一緒なのかすぐには反撃してこなかった。
「キ、キヒヒヒ…。所詮は幻でできた俺だあ。…最初っからあてにして…ねぇよ…」
「ちっ、強がってんじゃ、ねえよっ!!」
節々の痛みを感じつつガルムに特攻をしかける。
「キヒィっっ!!」
立ち向かってくる賢次に、その場から動こうともせずガルムは苦しい笑みを浮かべていた。
「"幻影魔眼"!!」
先程の閃光を放とう眼から光が漏れようとした時だ。
(その手にはのらん!!)
「おらああああっ!!」
ガルムの光を放つ動作より速く、四つの眼にめがけて膝げりをかます。 突っ込む速さを更に上乗せしてガルムの顔面に膝をめり込ませる。
「ギヒャアッ!!?」
真上に吹っ飛ばされ、そのまま地上に落ちてくるガルムに容赦なく呪法を唱える。
「"岩の乙女"!!!」
地面から厚さ10cmのつらら状の槍が何十本も伸び、ガルムの身体めがけて突き刺さる。
ドスドスドス!!!
「ギヒャアアアアアッ!!!?」
針山に身を貫かれたガルムは全身から血を流し、頭をたらす。
(…どうやら終わったみたいやな)
「ああ。だけどまだ油断はできねえ、あいつの分身が消えてないからな」
確かにガルムの幻影達は消えていない。
耳を凝らすと僅かにだが、消え入りそうな呼吸音が聞こえる。
「しぶとい奴だ。あれを喰らってまだ生きてるなんてな…」
(…あの老人のことを聞き出すか?)
「…そうだな。おい、あのじいさんは一体何者なんだ?」
ガルムの側に寄り、尋問した時だった。
瀕死の状態のはずのガルムがいきなり頭をあげ、眼から怪光線を放ってきた。
「うわっ!?」
(またあの光か!?)
「キ…、キヒヒ…。最期のすかしっぺだ…人間ん…」
"幻影魔眼"とは違い、先ほどの眩しさは無かった。
ガルムが四人に増えているわけでも無い。
ただ、妙な違和感を感じる。
「おい!今のは何だ!!」
「………」
「答えろ!!」
「…………キヒッ…。お前は…もう……お仕舞いだ…人間…」
「どういう意味だ!!!」
「お前たちは一つになるという事だ」
振り向くとそこには老人がいた。
「久しぶりだな、白虎よ」
あの時と同じ格好で佇む老人は声は若々しいものの、肌で感じる冷たさは前にも増して恐ろしく感じた。
だが、今賢次は白虎と憑依しているし、辛うじて平静を保てた。
(お前は…!?)
「なんだよ、そっちから出向いてくれるなんてなっ…」
威勢よく啖呵を切るものの声は震えていた。
「人間よ、貴様には用は無い。私が話してるのは白虎だ」
「なんだと!!」
(うちになんの用やっ)
「…私の部下になれ」
「…は?」
(あんたなめとんのか?なんでうちが、あんたの部下にならなきゃあかんのや)
「貴様程の実力者はそうはいない。私は力ある者を欲していてね…」
「…どういう意味だ!」
「どうだ白虎よ。私と共に今世を正す気はないか?」
「おいっ!無視すんじゃねえよ!!?」
(…どういう意味や?)
「いつの世も人間が造り出す世界は腐っているという事だ」
(……)
「特に今世の堕落ぶりは目もあてられない。人間同士の殺しあいから発展し、動物達のいくつかの種は絶滅し自然は破壊され、この先地球が迎えるものは滅びの道だ。だから我々幻獣が人間達を粛清せねばならぬ」
「…へっ。なんだよ、幻獣たちは神様じゃなく俺たち人間と同じ生き物だって聞いてたぜ」
先程まで相手にしてなかったがこの質問には反応し、老人は返事をする。
「そうだ。だから我々幻獣もそれぞれの理念を持って行動する。私は人間達に世界を任せておけないのだよ」
「…俺はあまり頭も良くないからよ。そんなゲームのボスみたいなお約束な発言されたって、はいそうですね、大人しく殺されますなんて…、言えねぇんだよ!!!」
「ふん…。君は矮小だな」
「なんだと!?」
「いや、君だけじゃない。他の人間達も君と同じ気持ちなんだろうな。だが、そこの白虎も君と同じ気持ちなのかな…?」
(……)
「おい白虎!お前もそう思うのか!?」
(正直言って…)
「正直、なんだっ!?」
(…わからん)
白虎のその発言に賢次は言葉を失う。
「白虎よ。お前は今世の混沌ぶりを見てないから分からないのだ。他人を蹴落とし、食べ物はろくに食べれず、それを見て見ぬふりをする人間達が造り出す世界だ。たかが知れている。科学とやらが発展しても世界は確実に滅ぶよ」
「………」
「それに白虎よ。気付かなかったか?」
(…何をや)
「我々幻獣たちも力が落ちていることを」
「そうなのか!?」
賢次には信じられなかった。
何故なら呪法で治してもらったり、憑依で得る力は人間の頃より遥かに力が上回るからだ。
「我々幻獣の力の源は自然。自然が壊されれば当然我々の力は減少する」
(………)
「我々が同じ時期に復活し始めたのは、我々の身に危険を感じたからだ」
「じゃあなんだ?お前ら幻獣は俺たち人間を殺すために復活したってのか?」
「そうだ」
「じゃあなんでパートナーが人間なんだ?」
「人間は知能も発達しているし、憑依した後身を潜めるのに困らんからな」
「たったそれだけの理由でかよ…っ!?」
「私にはそれぐらいしか思い付かないんでな。もしくは人間共の運命は人間共に委ねると。まぁ、本当はそういったところかもしれんが私にはそれが耐えられん」
(……)
「こう見えて私は現実主義者なものでね。確かで無いものを信じられんのだよ」
「ふざけんな!!」
力を振り絞り老人に向かって呪法を唱えようとするが、身体に異変が起き出す。
「ぐうっ!?ぐああああああ!!!!」
(ケ、ケン坊っ!?)
「始まったな」
目眩と吐き気、それに全身がばらばらに引き裂かれる痛みがする。
まるで乗り物酔いと、車に衝突した痛みを同時に味わうような感覚だった。
気持ち悪さと痛烈な痛みでどうとも言えなかった。
「ぐうう、がああああああああっ!!!」
(ケン坊!?ケン坊ぉっ!!?)
自分には何の異変も無いので、今起きてる事に取り乱す白虎。
先程のガルムの怪光線を思い出す。
(ケン坊に何をしたんや!)
老人は冷静な顔つきで淡々と起きている事象を説明する。
「なに、その少年には少し死んでいてもらおうと思ってね」
(なんやとっ!?)
「安心しろ、死ぬと言っても今のままじゃ死なんよ。ガルムの力ではその人間を失神させるのが精一杯だ」
老人は苦しむ賢次のもとに歩み寄る。
「白虎よ。取り引きをしようじゃないか」
老人の冷静に告げるその口許には笑みが溢れていた。