はじめてのてき
神代町は人々が多くいて栄えている町だ。
夕陽が沈みかけ、駅前商店街では主婦や学生たちが歩き話しをしている。
駅の反対側には飲み屋街があり、サラリーマンが今日の疲れを癒しにビールを片手に酔っていた。
大手のデパートもあるのだが、個人店を中心に人々が支えあってこの町を賑わせていた。
浩介はガラス屋で窓購入手続きをすませ、スーパーで今夜の献立を考えていた。
授業が終わった後、賢次に会いに行ったのだが既に帰っているようだった。
「ねーねー、こーちゃーん」
「なにー?」
「最近ケンちゃん様子が変だよねー」
夏樹は浩介の家の近くに住んでいるため帰り道は一緒だ。
賢次がいない事を確認し、どうしたのかと考えているところを呼び止められ一緒に帰宅してるところだ。
「そうだねー」
本当はあの白虎が関わっているのだろうが、適当に相槌をうっておく。
「なんかさー、みんな変わっていくのかなー」
「…」
「こーちゃんは彼女出来ちゃったし」
「ぶっ!?」
「こうしてみんな大人になっていくんだね…」
「だーかーらー!それは違うんだってばっ!」
「ううん、良いの。お姉さんわかってるから。こーちゃんだって男の子だもん、彼女の一人や二人いないとおかしいもんね?」
「わかってなーい」
先ほどから同じやり取りをずっと繰り返していい加減疲れたのか力無く答える。
スーパーを出、逆に質問した。
「そぉいう、なっちゃんはどうなのさー」
「何が〜?」
「彼氏…とか?」
野沢夏樹は美少女だった。
普段は明るくいちいち変なリアクションをするが、黙っていれば周りからの評価は高い。
浩介と一緒に帰るときも、通り過ぎる時目をやる男たちは多かった。
「私はー、今はいいかなっ」
「いいの?」
「うん!」
実は賢次と夏樹は中学の時付き合っていた。
今でもたまに二人は付き合っているんじゃないかと噂されるが、高校にあがる前の日二人は別れた。
理由は聞かされてないが、その時の夏樹は珍しく泣いていた。
翌日の始業式にはケロッといつもの夏樹に戻っていたが。
「そっかー」
いまいち付き合うという気持ちがよくわからない浩介。
小学校のころは好きな子もいて告白したが、当時泣き虫だった浩介はあっさりフラレた。
夏樹の事は好きだが、あくまで幼馴染みとしての好きというのが強くそういうのとは違うと思う。
今朝の出来事を思い出す。
一糸一つ纏わなかった少女は夏樹とはまた違った可愛さがあった。
(あっ…)
少女の裸を思い出し顔を赤くする。
「おっ、こーちゃん顔が赤くなったね〜。さては彼女のことでも思い出したなぁ?」
「ちっ、違うよ?」
「ふっふっふ、あやしいのぅ」
「あぅ…」
「ねぇっ、どんな娘なの?ここだけの話しにしておくから教えてよっ」
浩介の腕に引っ付いてくる。胸があたり更に顔を赤くする。
ゾクリ
悪寒が走り、背中が凍る。
先程のやり取りから一転、急激に冷や汗が流れ落ち咽を鳴らす。見ると夏樹も一緒だったのか震えている。
陽は既に落ちきっていて辺りには二人以外誰もいなかった。
コツッ コツッ
背後から足音が聞こえ、夏樹の掴む手が強くなる。
二人は恐る恐る後ろを振り向いた。
「!?」
そこには犬の頭をしたスーツ姿の男が立っていた。
眼球が四つ剥き出しについていて、口はわらっている。
歯は全部が尖っていて、人間とは思えないその姿は狼とも犬ともとれない異形な生き物だった。
「キヒヒ、初めまして」
男が自己紹介する。
開いた口の中は真っ暗で、全てを飲み込むような印象だった。
「う、うわあああああああああっっ!!!?」
夏樹の手を引っ張りその場から逃げ出す。
男は二人の男女を見つめて小さく呟いた。
「キヒッ、逃がさねぇよ?」
その声は楽し気で邪悪だった…。
二人は逃げ惑うも、相手はその様子を楽しんでいるのか常に先回りし、腕を振り回してくる。
それを懸命によけるものの、服は切り裂かれ、ところどころに切り傷が出来る。
浩介は助けを求めようと携帯を取り出した。
「余計なマネすんじゃねえよ。キヒャッヒャッヒャ!!」
犬頭は携帯を取り上げ握り潰す。
「はぁい。鬼こ〜たい」
「いやああああああああっ!!!?」
「なっちゃん!?」
「キヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
犬の化け物は夏樹の身体を片手で持ち上げ肩に担ぎ、木の上に跳躍する。
そこは幼い頃よく遊んでいた自然公園の入り口だった。
「なっ、なっちゃんを返せ!」
「キヒヒャヒャヒャヒャ。嫌だよ〜」
「た、助けて…」
恐怖にかすれた声で訴える。
犬の四つ目がいやらしく笑う。
「おぉ?よく見ると君かあいいねぇ。遊ぶのにも飽きちゃったしぃ。もう殺してもいいよね?」
夏樹は「助けて…」と涙を流し哀願するも、化け物は言う事を聞いてくれなかった。
「や、やめろおおおおおおお!!!!!!」
犬の口が大きく開き夏樹の頭にかぶりつこうとしたその時だった。
火球が犬頭目掛けてぶつかってきた。
「ヒギャアアアアアアアアア!!?」
突然の襲撃に反応出来なかったのか、顔面は燃え盛り夏樹を手から離す。
犬頭は体勢を崩しながら後方の広場へと落下していった。
「なっちゃん!?」
咄嗟に駆けつけ落ちてくる夏樹の身体を受け止める。
幸い先程逃げ回った傷以外怪我をしてないようだが、気絶していた。
「今の炎はっ!?」
上空を見上げるとそこには紅い鳥が飛んでいた。
「朱雀!」
朱雀の姿を確認し、緊張していた顔が思わずほころぶ。
(助けに来てくれた!)
しかし朱雀は浩介の額目掛けて突っ込んできた。
グサッ!
「痛っっったーーーーーーっっ!!!!??」
額から大量の血が放出される。本当に容赦なかった。
「あんたホントにバカなの!?ただの人間が憑依した人間に勝てるわけないじゃない!」
「人間!?あれが!!?」
「憑依した人間よ。パートナーである人間は魂の共鳴により幻獣と憑依出来るの。その力は人間だったころとは比べ物にならないわ」
「じゃ、じゃあ今の火じゃっ!?」
「倒せてる訳ないじゃない!相手はガルムよ!」
「ガルム?!」
ガルム
北欧神話に登場する冥界の番犬。軍神テュールの手を噛みちぎるほどの牙を持ち、四つの眼をしている。
「ああぁあぁちぃよ!今のはぁ、ちょおっとムカついちゃった!キヒャヒャヒャヒャヒャ、ギャーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!!!」
広場の方から怒りとも狂喜ともつかぬ声が響き渡ってきた。
「まずいわね…」
「ま、まずいの?」
「実はまだ私幼生だから、人間ならまだしも幻獣相手に勝てる自信が無いわ」
「そんな!?」
「それにあんたたち二人を守りながらだなんて…」
跳躍しガルムは姿をあらわす。その顔は焼け焦げ、皮膚が数ヶ所ただれていた。
「一体、誰が俺の顔に火ぃつけてくれやがったんですかあ?キヒャヒャヒャ!」
「ちっ」
朱雀は眼を見開き、円形状に炎の壁つくりあげる。一瞬にして熱が伝わり周囲の温度が上昇した。
「どど、どうしよう」
「どうしようったって、やることは決まってるんだけどね…」
「なに、やることって!?」
「私たちも憑依するしかないわ」
「じゃ、じゃあ僕たちもしようよ!」
「…イヤよ」
「なんで!?」
「なんであんたなんかと憑依しなきゃいけないわけ?」
「だって助らないんだよ?!」
「別に私一人ならなんとかなるわ」
「そんな…!?」
横で寝そべっている夏樹を見、尚も懇願する。
「お願い!僕にできることなら何でもすから!だからっ!!」
その言葉を聞き、朱雀はニヤリと笑う。嫌な予感がした。
「へええ、何でもするの?ふう〜ん」
マジで嫌な予感しかしなかった。
「ごめん、やっぱり今の無
「いいわ!今回だけ特別に憑依してあげる」
そう言うと、朱雀は全身を燃え上がらせ文字通り火の鳥になった。
火の鳥は浩介の身体に向かって包み込んでいく。
「わっ、わっ、わっ!?」
(じっとしてなさい!憑依がうまくいかないでしょ!)
頭に朱雀の声が響く。
「声が…」
(いちいち反応しない)
「ご、ごめん」
(わかればいいわ。早くあんな犬っころを追っ払うわよ)
円形状に舞い上がる炎を見て、ガルムは青筋をたてていた。
「いい加減俺に殺される準備できましたかあ?キヒッ、早く出てこないとひどいめにあわすよ?キヒャヒャヒャ!…出てこいっつってんだろぉが!!!!
出てこない状態にしびれを切らしたのか、怒りの声をあらわにする。
ガルムの怒りに応えたのか、炎は消火していきそこには少年が少女を抱えて立っていた。
少年は焔の衣を身にまとい、髪は紅く染まって逆立っていた。
「キヒッ、どうやら準備が整ったようだねぇ。キヒャヒャヒャ」
「……」
少年はガルムの言葉を無視し、夏樹を木の側に横たわせる。その態度にくるものがあったのか
「無視、してんじゃねえぞゴラア!!!」
浩介の元へ突撃する。
瞬間、ガルムの腕は吹っ飛んでいた。
自分の身に何が起きたのか頭がまわらず、理解した時には激痛が走っていた。
「ギヒャアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!??」
「…」
炎剣を片手に浩介は無言で立たずんでいる。
「な、なんだよお前。そんなのありかよ?なんで立場が逆転してんだよ!?」
今の状況に理解できず訴える。浩介の目を見、ガルムは怯む。
無言でたたずむその姿に死を予感した。
「キヒ、キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!ギャーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!」
狂った笑い声があがる。
切り落とされた腕を掴み取り、ガルムはそのまま退散していった。
「…………………ぷはあっ」
(どうやらいなくなったみたいね)
「こ、怖かったあああ」
(情けない)
「だってしょうがないじゃん!?」
(あら?そんな態度とっていいの?約束したわよね)
「う゛っ」
(どんなことをお願いしようかしら〜、いざ考えるとなると困っちゃうわね)
「早まったなー…」
朱雀とのやり取りに途方を暮れてる時、異変が起きた。
身体の節々が悲鳴をあげ、全身に痛みが伴う。
「ぐっ、ぅぐああっ」
(やばい!?同調が始まったわ!)
「ど…どうい…う…こと……?」
(共鳴がうまくいきすぎたみたいだわ、このままじゃ何が起きるかわからない!)
「そ、そん…な……聞いて………な…ぐうゥあアアァああアぁアアアアああッッ!!!!!!!!」
(な、なんで?なんで、憑依の解除ができないの!?)
「なんだこりゃ!?」
(あかん、暴走しとるみたいやわ!)
公園から炎の柱があがり、その異変を嗅ぎ付けて賢次は走ってきた。
賢次たちも既に憑依していたのか、面影を残してるものの頭髪は白く全身に虎の刺青が入っていた。
「こーちゃん!!」
「グアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
(とりあえず止めるしかないでケン坊!!)
「…わかった」
賢次は浩介を止めに疾走していった。