とまどい
「白虎に襲われたですって!!?」
あの後、近くのコンビニで弁当を買って帰り、浩介は一人にしてほしいと今は部屋にこもっている。
訳を問いただした朱雀たちに先ほどあった事情を話した。
「ケンちゃんが…」
夏樹はショックでよろめくが、玄武が支えた。
「大丈夫ですか夏樹」
「う、うん」
「どういうつもりよあの女!」
「…白虎にどのような事が起きたかはわかりません。ですがこれだけは言えます」
「何よ」
「彼女は何者かに利用されています」
重々しく口を開く。
二人は神妙な面持ちで耳を傾ける。
「彼女は言いました、賢次は死んだと。ですがそれはあり得ないんですよ」
「…どうして?」
「私たち幻獣は、魂の共鳴により復活をします。つまりパートナーあっての私たちなんです」
「幻獣はパートナーが亡くなると自然や風景に同化することになるのよ」
「そうなんだ…」
「つまり賢次が死んだならば白虎も消えてないとおかしいんです」
「そっか、じゃあケンちゃんはまだ生きているんだね!」
「そうです夏樹」
賢次がまだ生きてることを知り次第に元気を取り戻していく。
「ちょっとナツキ、コースケの所に行ってきなさい」
「へ?」
「あいつ落ち込んでると思うから、慰めてきてやって」
「いいの?」
「いいも何もあんた幼馴染みなんでしょ」
「朱雀ちゃんは?」
「あたしはただの幻獣だもん。人間が傷ついたら人間が慰めるべきよ」
夏樹は朱雀の言葉に戸惑いを残しつつ、部屋から出ていった。
「珍しいですね」
「何が」
「本当は自分が行きたいところなのではないですか?」
「…そんなわけないでしょ」
朱雀は玄武に向き直る。
「白虎はケンジが死んだって頑なに言ってたんでしょ。これがどういう意味なのか、あんたなら察しがついてるんじゃない?」
「……恐らくその何者かに賢次の命が握られていると思います。賢次の肉体はそのままに、命を身体から引き離して」
「死んだも同然て意味?」
「………」
玄武はあの時の白虎の様相を思い出す。
彼女は冷たく、だがはっきりと賢次が死んだと述べた、嘘ではないとも言った。
その言葉は恐らく真実だ。
だが彼女は玄武の問いに反応を示した。
賢次は正確には死んでない。だが、死んだようなもの―。
遥か昔の記憶。
最初はただの一つの幻獣に過ぎなかった自分たちが、いつの頃からか行動を共にしていたことを。
それがどの様なきっかけだったかは覚えてない。自然とそれが当たり前となっていた。
仲間という概念ではなく、各々が持つ理念が同じ方向を指し示し一緒になっていた。
いつしか自分たちは聖獣と呼ばれ尊ばれていた。
白虎が何者かに利用されているのは間違いないだろう。
自分の意思による行動では無いだろうし、本人も苦しんでいた。
では一体何者が賢次の魂を握っているのか。
幻獣の中には死に携わるものがいる。
朱雀もその一人だ。
彼女の役割は生物の輪廻を静観する。
それ以上でもそれ以下でもなくただ静観する。
直接手を下して魂の器を決めることは出来ない。
つまり、人間から虫に虫から人間に輪廻する魂を勝手に移し変えることは出来ない。
何故なら彼女は神では無いから。
それに近い存在ではあるが、あくまで彼女は幻獣であって、魂を切り離す事は許されていない。
故に静観する事しか出来ないのだった。
その役割に一体どのような意味があるのか、それは朱雀自身にもわからないことだった。
不老不死の象徴である朱雀ですら、魂を切り離すことは難しいのだ。
魂を手中に納めるなど、生半可な事では出来ない。
しかし、それが出来る人物がいる。
それが今回の黒幕だ。
「何者なの、そいつ」
「わかりません。ただ、これだけは言えます」
「…何よ」
「相手は幻獣以上の存在であると言えます」
朱雀も相手の強大さに薄々感づいていたのか、舌打ちして近くのテーブルに拳を叩きつける。
「いずれにしろ事態は最悪です。相手の存在もわからないままでは非常に危険であるでしょう」
「対策を練ろうにも練れないって訳ね…」
唇を噛み、事態の混迷にどうしたらいいのか悩み続けるのであった。
★
浩介の部屋の前で夏樹はどう声をかけてあげれば良いか悩んでいた。
玄武に賢次は生きている事を告げられ、少なからず立ち直りはした。
だが、あまりいい事態では無いことも夏樹は理解していた。
(でも、だからって落ち込んでても良くないよ…!)
夏樹は意を決して扉をノックした。
コン、コン
返事はない。
「…こーちゃん」
名前を呼んだが、やはり返事は返ってこなかった。
「入るよ」
部屋に入る。
浩介は部屋の片隅で身体を小さく丸めてしゃがみこんでいた。
夏樹は浩介の姿を見て胸が傷んだ。
「こーちゃん……」
浩介の側に寄る。
「………ゃん」
声は聞き取れなかったが、泣いてるのがわかる。
浩介の横に寄り添って座る。
「…こーちゃん、ケンちゃん生きてるって」
夏樹の言葉を聞き、僅かに肩が反応したが、また塞ぎこんでしまった。
「玄武ちゃんが言ってたよ。ケンちゃんはまだ死んでないって」
「…白虎は…ケンちゃんが……し、死んだよう…な、ものって……うっ、うう、うああああああ」
その先の言葉は涙で言えなかった。
泣いてる子供をあやすように優しく包み込む。
「うっ、うっ、うあああああぁ」
どれ位時間が経っただろうか。
「………中学生の頃さ」
浩介は散々泣いて、幾分か平静さを取り戻して話し出した。
「うん」
夏樹も静かに話しを聞く。
「……僕が苛められていたの、覚えているよね」
「…うん」
浩介は中学二年の時に賢次たちと別のクラスになった。
それからしばらくして夏樹と賢次は付き合い始め、浩介は二人から距離を置いた。
今思うと距離を置く必要は無かったのかもしれない。
だが、当時はその判断が正しいと思った。
二人を邪魔したら悪いと余計な気遣いだった。
あまり人と接するのが得意じゃなかった浩介は、クラスでも物静かになり次第に一人ぼっちになる。
しかしそんな彼にも隠れファンはいたらしく、その女の子が好きな男子から苛めの対象となったのだ。
人目のつかない所に呼び出されては意味もなく殴られ、トイレに閉じ込められては上から水をかけられたりした。
助けを求めたかった。
だが告げ口すれば更に苛めると脅された。
父親は仕事で忙しいし、賢次たちに相談しても迷惑をかけると思い、誰にも打ち解けられなかった。
頼る人がいなく鬱々とした日々が続いた。
苛めの人数も最初の頃より増えて、苛め方もエスカレートしていた。
ある時、コンビニで万引きをしてこいと命令される。
既に逆らえなくなっていた浩介は、万引きをしようとした所を見つかってしまった。 賢次だった。
賢次はどうして浩介が万引きをしていたのか、訳を聞いて驚いた。
賢次は怒っていた。
苛めをしたやつらに対して。
自分や夏樹に事情に話さなかった浩介に対して。
そして苛められていた浩介の事情に気づけなかった自分に対して。
賢次はクラスの人気者で、空手も習っていたから腕っぷしも強かった。
そんな賢次だから、幼馴染みである浩介を苛めていた連中はバレないように行動していて、実際今まで隠し通していた。
それでも賢次は自分が許せなかった。
「あの時ケンちゃんは戦ってくれた」
「うん」
「助けてくれた」
「うん」
「……………でも」
「…うん」
「………怖いんだ」
「………」
賢次が死んでないと、帰ってくる途中玄武から訳を聞かされた。
賢次が生きている事に安堵した。
助けなければとも思った。
だが、気分は決して晴れなかった。
「前に僕が暴走した時もそうだよ…。僕はケンちゃんに助けてもらったけど…怖いんだ」
「こーちゃん…」
白虎をああまで言わせた相手がそこにいる。決してただ者ではないだろう。
ガルムに襲われた時も怖かった。
だが、今度の相手はガルムとは別次元の、格が違う恐怖を感じる。
いくら朱雀や玄武とは言え、ただですむとは思えない。
最悪本当に死ぬことになるかもしれない。
賢次が死んだと聞かされ、賢次との思い出を馳せてる時、身体が震え上がった。
嫌な記憶と混じりあい、それが現実だと理解した時、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
「こーちゃん」
「え?」
気づいたら夏樹の顔が目と鼻の先にあった。
余りに近くて少したじろぐ。
夏樹の表情はあまりにも穏やかだった。
「私に任せて」
「…え」
「私が戦うから」
意外な答えだった。
そしてその答えを出させた浩介は自分が惨めに感じた。
「ダメだよ!」
「なんで?」
「だって…」
「大丈夫だよこーちゃん。私も玄武ちゃんと憑依出来るんでしょ?私がこーちゃんの分まで戦う」
「ダメだよ、危険すぎる!」
これ以上、周りの人間に傷ついてほしくなかった。
もし夏樹まで失ってしまったら自分は…。
その結論は恐ろしかった。
「どっちにしろ、私たちは襲われるわよ」
扉から朱雀と玄武が入ってくる。
「朱雀…」
「あれ?二人っきりにしてくれるんじゃなかったの?」
「あんたたちが降りて来るのが遅いからよ」
「変な空気になってたらどうしようって言ってました」
「言ってないわよ!」
「へー」
「違うってば!!」
「朱雀」
振り向くと、そこには情けない浩介の顔があった。
「あ、あのさ、白虎と話し合いしてケンちゃんを助けてって頼めないかな…」
「はあっ?」
突拍子も無いことを言う。
浩介の目は泳いでいて、とても落ち着いた状態とは言えなかった。
「それは不可能です。まず第一に白虎は敵の手に落ちています。仮に白虎自身が応じたところで敵が素直に話し合いをさせてくれるとは思えません」
「そんなっ」
「第二に白虎が憑依してる状態は特殊な状態です。私たち幻獣は憑依しても人間のパートナーを完全に乗っ取ることは出来ないようになってます。ですが先程の白虎には賢次の意識が全くみられませんでした。この状態を意味するのは、賢次の命は身体から切り離され敵の手にあると言っても過言ではないでしょう。白虎ではどうすることも出来ません」
「………っ」
冷静かつ淡々と浩介の粗末な案を否定する。
「白虎は敵に利用されてます。先程はすんなり帰してくれましたが、次会う時は本気でかかってくると考えた方がいいでしょう」
「……出来ないよっ」
「…」
小さく絞り出すように言葉を発する。
だが、その言葉には僅かながらに抵抗の意味があった。
「僕には戦うなんて出来ないっ。白虎とも戦えないし、その敵にだって尚更だよ!君たち幻獣ですら勝てるかわからないのに、死ねって言ってるようなもんだよ!」
「コーちゃん…」
浩介は今の自分が何を言ってるのかすらわかっていなかった。
それほど取り乱していた。
「ねぇ、逃げようよ。そんな怖い相手なんだから逃げ続ければ大丈夫だよ」
「それじゃあケンちゃんはどうするの!」
「それは――」
「あーあ、最っ低」
しどろもどろになった浩介を尻目に朱雀は言う。
「最初変なことを言った時はひっぱたいてやろうと思ったけど、今のあんたには殴る価値すらないわね」
「朱雀ちゃんっ」
「――!」
「いいんじゃん?そうやって泣き続けて、くっらい部屋で震え続けてれば」
「……」
「でもわたしは違う。あんたみたいに逃げるのなんてイヤ。そんなのわたしの生き方じゃないし、わたし自身がそんなの許さない」
「朱雀ちゃん…」
「…あんたに期待したわたしが馬鹿だったわ」
そう言い残して部屋を出ていく朱雀。
「私も行きます」
「えっ…」
玄武も続いて部屋を出ていく。
「………」
「………」
重い空気が流れる。
「私も行く」
「なっちゃん!」
出て行こうとする夏樹の腕を掴んで止める。
「駄目だよなっちゃん!なっちゃんまで行ったら僕はどうすればいいのっ!?」
夏樹は優しく浩介に微笑んだ。
「大丈夫だよ、こーちゃん。私が必ずケンちゃんを助けるからっ」
「なっちゃん…!?」
「私たちが戻る場所はこの家なんだから、こーちゃんはご飯を作って待ってて。ケンちゃんは必ず私たちが助けるから」
夏樹の目は力強かった。
これから立ち向かう相手がどれだけ強力だろうと気にしない風だった。
部屋に一人取り残された浩介はとても惨めだった。
自分だけが残って、あとの者は皆行ってしまった。
「うぅっ」
浩介はただ独りで部屋に残り泣き崩れていた。