七不思議:トイレの赤井花子さん(八重視点)
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音楽室での一件と同時刻
異界の旧校舎 3階 女子トイレ前廊下(八重視点)
どこか懐かしい、湿気た木の匂いで目が覚めた。
「あれ?わたし……、いったい……?」
腹部に違和感を感じ、起き上がる。すると、自分のスマホと文芸部の冊子が、身体の下敷きになっていた。
周りを見回すと、匂いだけでなく景色にも憶えがある。
「ここは、旧校舎?」
おかしい、これはあり得ない。そう直感して、記憶を掘り起こす。
私の名前は深山八重、津城高校の卒業生。現在は母校で3年生の担任と国語専科、文芸部の顧問をやっている。
今は202X年8月13日、お盆休みの初日。けれどオカルト研究部が、夏休み明けの作品展に出す部誌を仕上げるために登校したので、その監督役として出勤していた。
同級生夫婦の息子君が部長をやっていたし、その妹ちゃんが両親から文才を引き継いでいて、手助けしてあげたくなったから。
そして、その同級生2人ともう一人の親友、合わせて4人で書いた文芸部誌のバックナンバーを届けにいった所、『クサカミ・アヤメ』という少女による怪奇現象に遭遇して……。
「じゃあ、やっぱり。ここって奥津城高校?」
当時自分達が使っていた、今は旧校舎として閉鎖されている学舎をモデルにした、七つの怪異譚の舞台。神道で『墓』という意味を持ち、もとの校名『津城高校』と掛けたネーミングの異界、それが『奥津城高校』だ。
そして、私が倒れていたのは、女子トイレ前の廊下。
女子トイレ、と言うことは、おそらくこの中には、『彼女』がいる。
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『奥津城高校 七不思議
その一:トイレの赤井花子さん
赤井花子さんは、とても賢い女の子。
超能力を持っていて、なんでもかんでも、千里眼でお見通し。
しかもとっても優しくて、色んな相談じゃんじゃん受けて、皆まるっと円満解決。
だけど力を使いすぎ、三階の三番目のトイレで死んじゃった。
でもね優しい花子さんは、皆の為に化けて出る。
三階の三番目の個室の前へ、入り口から六歩で行くのが会う合図。
何でも三つ、知りたいことを教えてくれるよ』
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「うわ、こんなの書いてたんだ。昔の私」
いわゆる、黒歴史というやつだ。八雲君たちに見せない方が良かったかも。
恥ずかしさを押し殺すように、冊子を閉じた私は、意を決して女子トイレに立つ。(我が事ながらひどい字面だ)
三番目の個室までは、おおよそ6m。少し大股気味に行かなければならない。
「1、2、3、4、5」
ほの暗くカビ臭い通路を、タイル張りの床で滑らないように、一歩一歩、慎重に行く。
そして6歩目で、手前から3番目のドアの前にたどり着く。
「えっと……は、はーなっこさーん?」
―はいはい、開いてるよー
予想に反して、不機嫌そうな声が、中から聞こえた。
「え?なんか、怒らせた?」
戸惑う私の目の前で、扉が独りでに開く。
そして中では、おかっぱ頭でセーラー服姿の少女が蓋の閉まった洋式便器の上にヤンキー座りして、待ち構えていた。
見た目は確かに、私がイメージしていた『赤井花子』だ。でも……
「……すごく、やさぐれてる?」
―そりゃそーだ。何が悲しくて、女子トイレで人生相談のあいてせにゃならんのよ?創作するなら、校舎裏とか、体育館の奈落とか、もちっとマシな所にしてほしかったね。て言うか、トイレで死ぬって。あたしゃ上杉謙信の二番煎じじゃないよ?―
怒られた。自分が産んだ(?)七不思議に、痛烈にダメ出しされた。
「……ごめん、なさい?」
無意識の内に、私は、見た目年下の少女に謝った。
と、それで溜飲を下げてくれたのか、『花子』さんは便器から立ち上がり、外へと出てくる。
―良いよ、産みの親に会えたもんだから、つい愚痴をこぼしただけさね。それより、時間がないから早く進めよう。あたしゃ、あんたの創ったルールに沿ってしか、動けないんだからね―
助けてほしけりゃ、そっちからアプローチしてこい。そう『花子』さんは促してくる。
私の創ったルール……3つの相談、てことよね?
「えっと、まず一つ目。生徒たち、オカルト研究部の皆は、ここに居るの?」
―居る。東雲八雲と日暮威武は、一つ下の階の音楽室に。春芽明雄と長志雛子は、一階の理科室に、そして東雲出雲は、二階の図書室に。皆、今はまだ気を失っているが、怪我はない―
良かった、皆無事なのね。バラバラになっている様だけど、同じ校舎にいるなら合流できる。
「じゃあ、二つ目の質問。あなたや『クサカミ・アヤメ』は、何?私たちが創った七不思議が本当になったの?」
―おっと、これは説明が少し長くなるな。……まず、根幹となったのは、あんたの言うとおり、チーム『四季折々』の創った七不思議だ。その物語にこめられた念からあたしらは生まれた。簡単に言えば、『言霊』というやつだね―
『言霊』、言葉に宿る神霊ってこと?
でも、高校生4人の創作、それも20年も前の物が、ここまで大事になるなんて。
―でも、今の『クサカミ・アヤメ』は、あんた達の創った七不思議から変質した。そう言う意味では、アレはもう、あんた達の創作物ではなくなっている―
「そんなっ!?どうして?」
この20年の間に、何があったというの?
私の呟きに、『花子』さんは、どこか呆れた様子で返す。
―インターネットって奴のせいさ。ここ10年、あんたら人間は、色んな『言葉』をインターネットにばらまくようになった。まともな物も有るには有るが、嘘八百に誹謗中傷。どいつもこいつも、『言霊』の力を軽んじて、好き勝手にほざく上に、それはデータとして延々と残り続ける。まるで古代の蠱毒の様さね。―
誰でも自由に意見が言える空間、でもそれは同時に、無法地帯に陥るということでもある。
―で、ある日そこへ、あたしら『奥津城高校七不思議』の物語が放り込まれた。無名の誰かさんがある日、あんたらの物語を偶然見つけて、著作権もガン無視で投稿したのさ。そしたら、物事を面白おかしく囃し立てる連中の目に止まっちまって、好き勝手にいじくり回され始めた。ネットロアとしてね―
特に顕著だったのが『アヤメール』、『クサカミ・アヤメ』だったという。七不思議のなかでも、比較的現代風にアレンジしやすかったからだそうだ。
―そして、今に至る訳さ。『クサカミ・アヤメ』は、改編された物語の言霊を取り込んで、悪霊に成り果てた。
でたらめな理由をでっち上げて、メールに返信した人間をさらい始めた。『返信したら』ってルールも無視してさらうパターンまで取り込んじまったから、ホントに質が悪いよ。おまけに、『リカ』や『フミコ』も、同じようにいじられて、『アヤメ』の側についちまった。―
「じゃあ、あなたは?」
七不思議が変質しているなら、目の前の『赤井花子』が、私の設定通りであるのは、違和感がある。
(まぁ、本来は無感情に受け答えするだけの彼女が、やさぐれた性格に変わっているのだけど)
―あたしはほら、トイレで人生相談なんて面白くも何ともない設定だったからね。おもちゃにされるほど注目されなかったのさ。おかげで、アレの尻拭いができる訳だけど―
つまり、ネットに蔓延する悪意に晒されなかった為に、原型を留めていられたのね。
「それじゃあ、三つ目の質問。私たち全員が、無事に脱出する方法は?」
最後の、そして一番重要な質問に、『花子』は少し間を置いてから答えた。
―今回は、二通りある。一つ目は、『異次元焼却炉』の力を使う方法。保健室から出たすぐ外にある焼却炉は、元の世界のソレと繋がっているんだ。まぁ詳しくは、保健室までたどり着けば『ペンペン』のヤツが教えてくれるよ―
七不思議のその七とその五だ。どちらも東雲兄妹の両親が合同で創った。これも縁ってヤツなのかな?
―そして2つ目は、『クサカミ・アヤメ』を倒すこと。これは、産みの親であるあんた達にしか出来ない方法さ―
「っ、『クサカミ・アヤメ』を倒せるの?……、でもアレは、あの話を担当していたのは……」
確かに七不思議は、私たち4人で創った。けれど、共有していたのは『奥津城高校』という舞台設定だけで、各話の詳細は、担当した者しか把握していなかった。
私が担当したのは『花子』と『ベートーベン』、東雲夫婦が担当したのは、『ペンペン』と『異次元焼却炉』、『リカ』。そして『幽霊部員』と『アヤメール』を産んだのは、私の親友……。
『現代風な七不思議なんて、どうだろう?最新のテクノロジーとか使ってさ。例えばこのケータイ……』
でも、彼女はもう居ない。自分の創った『クサカミ・アヤメ』の様に、理由も解らぬまま、この世を去ったんだ。
だから『アヤメール』も、本当は未完の作品。七不思議で唯一、オチのついていない話だった。
「私には、出来ないわよ。構成は手伝ったけど、『アヤメール』の弱点なんて……」
そう、諦めを含んだ声を吐く私だったが、目の前の『言霊の少女』は、変わらぬ表情で呟いた。
―あぁ、そうだったね。最初に伝えておけば良かった。大丈夫、今この校舎には……―
そこから先の言葉を聞いて、私の頭は真っ白になった。