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七不思議:夜に抜け出すベートーベン(八雲・イブ視点)

******

転移直後

異界の旧校舎 音楽室(イブ視点)


 出雲先輩のスマホに、『クサカミ・アヤメ』なる人物から、不審なメールと電話が来た直後、我々オカルト研究部と、文芸部顧問の深山先生が居た部室を、不自然な揺れが襲った。

 私、日暮(ひぐれ)イブは、転倒しかけた所を東雲しののめ八雲やくも部長に庇われ、2人揃って暗闇の中に落ちた。

 そして気がつくと、八雲部長に抱えられ、音楽室らしき見知らぬ空間に転移していた。


「ど、どうなっているのかね?……はっ、誰かが校舎裏でハニ太郎を壊したのか?それとも大時計の機関部に靴を挟んだのか?それとも……」

「部長、落ち着いてください。ウチの高校には、ハニワ土器も、時計台も、『タイチの鏡』もございません」


 そもそもアレは全部小学校での物語ですし。


「状況から察するに、出雲先輩にかかってきた、あの電話の所為かと」


 ついでに私は、自分の携帯端末(スマホではない、いわゆるガラホー)を取り出し、メール画面を部長に見せる。

『クサカミ・アヤメ』なる存在からのメールは、私たち全員に届いた。内容も同じ。件名は無題で、本文もただ一言、『たすけて』だけ。

 ネットロア都市伝説曰く、そのメールに返信すれば異界へ拐われて殺される、無視すればメールは消えて助かる、という2択らしい。

 でも出雲先輩はそれを削除して、けれどメールは再び届き、電源をオフにしても復活して、今度は電話がかかってきた。


「まったく、ゴリ押しにも程がありますわ」

「う、うむ。同感だね。しかし、『無視すれば助かる』という部分を、我が妹は破ってしまった、とも言える。『削除』してしまったんだから」


 流石はオカ研部長、というべきか。八雲部長は先ほどの取り乱し様が嘘のように、冷静に状況を整理し始める。

 そして、辺りの様子を一瞥し呟いた。


「しかし、学校の中に閉じ込めるとは、これまたベタな展開だね」

「音楽室、というのに、意味はあるのでしょうか?」


 置かれている備品を見ると、うん十年単位で時代がズレてる印象を受ける。奥へ向かって3段階で高くなっていく教室の、後ろや両脇に並ぶ楽器類には埃が積もり、黒板は五線譜がある物と無い物を上下に入れ換えて使うタイプ。

 プロジェクターや電子黒板はなく、黒板上の棚に置かれたテレビは、後ろに大きく出っ張ったブラウン管タイプ。

そして背面の壁の上方には、著名な音楽家の肖像がネームプレート付きで掲げられている。

 五十音順なのか、向かって左端から時計回りに、シューベルト、ショパン、ショスタコーヴィチ、チャイコフスキー、バッハ、バッヘンベル、ベートーベン(以下略)と並ぶ。

 と、その顔ぶれを見た八雲部長が、ハッと何かに気づき、顔を青ざめる。


「日暮くん、僕は恐ろしいことに気づいたよ」

「な、何です?」


 私にも不安が伝染し、汗ばんだ両手を握り組み、聞き返す。


「……あの肖像画たち、バッハとベートーベン以外、知らない顔だ!」


ガゴン!


 ずっこけた。コントみたいに、ずっこけた。

 夢水清志郎かオドレは!そのカマキリメガネ、黒く塗りつぶしてサングラスにしたろかっ!


「ボケてる場合ですか!?んなもん私だって同じだわ!」


 カールされた頭髪、めっちゃ鋭い目付き。これだけで判別できるくらい特徴的な2人のインパクトが強すぎて、他の音楽家は記憶の隅に追いやられる。


 と、そんなあるあるネタは置いといて。


「『クサカミ・アヤメ』は、閉じ込めている犯人を探せ、と言っていましたね。しかしどうしろと?」

「そこが一番の問題だね。そもそも、『アヤメール』は厳密には『オカルト』とは言えない、粗悪な都市伝説だ。まともな答えが在るとは思えない」

「どういうことです?」


 首をかしげる私に、八雲部長はゆっくりと、順を追って語りだす。


「日暮くん、4月に入部したときに話した事、憶えているかね?」

「えっと……、オカルトとは『神秘』という意味で、日本の古い伝承については、古代の人々が残した謎解きである、でしたか?」

「そう、謎解きだ。『ヒダルガミ』は『山奥でのCO2中毒』、『大蛇伝説』は『土砂崩れ』。全てではないにしろ、おおよそのオカルトというのは、その時代の人々が自然現象を、足りない知識を空想で埋めて説明しようとした、言わば方程式の未知数xだ」


 それは、この部に入った時にも、八雲部長に聞かされたことだ。


*****


 例えば、『ヒダルガミ』。

 二酸化炭素という概念の無い時代、山奥で体長不良に見舞われた者達が居た。

 うっそうと茂る山奥で、眩暈や倦怠感、吐き気に襲われた。

 食料も満足に無い時代、彼らにとってその症状は飢餓感、今は聞かなくなった表現でいう『ヒダルさ』だと思えたのだろう。

 そして、時に死人すら出るその現象の危険性を、人々は広く警告するために、その原因と対処法を体験談から分析した。

 症状が出るのは主に山奥、風も通らぬ盆地や深い森の中。

 生存者達の多くは、その場より高いところに移動すると、症状が和らいだ。あるいは、飢えを覚えたのだからと、明るい開けた場所で食事を取ると、楽になれた。

 そうして、『助かる方法』は見つかったが、原因は結局解らず終い。人知の及ばぬ自然の象徴、つまり『カミ』を仮に当てはめた。

 人を飢えさせる『カミ』、それはきっと、自身が飢えて死んだ地縛霊だろう。だから低い盆地を漂い、上には上がれない。

 ついでに、山に入るときは飢えないように、常に食料を持っておこう。

 そうして『ヒダルガミ』は生まれ、伝承が残った事で、現代人は山奥で空気が淀み、二酸化炭素が溜まる現象に気づくことができた。


*****


「だが『アヤメール』は、これらとは違う。色々とデタラメな部分が多い。ネットでは『不審死』した少女の亡霊が犯人探しをさせると言いながら、その為に呼んだ相手を自分で殺したり、出雲への電話では、自分を『閉じ込めた』犯人を探せと言って来たり。メールを『削除』する行為が『無視』と見なされなかったり。そもそも、元ネタは20年前の文芸部誌の創作だ」

「では、『犯人を探す』という条件も……」

「何かしら、歪んだ解釈をする必要があるだろうね。で、この音楽室の話に至るわけだが……」


 こうして長々と話している間も、特に変わった様子はない。

 

「……何も、起こりませんね」

「まぁ、古今東西、音楽室の怪異といえば、肖像画が夜動くとか、楽器が独りでに鳴るという、無害な物ばかりだが……ん?」


 肖像画を眺めていた八雲部長は、ふと視線を停める。


「どうしましたか?」

「ベートーベンが、消えた」


 慌てて私もそちらを向くと、バッヘンベルの隣にある額縁の中身が、白いシルエットだけに成っていた。

 同時に脳裏には、深山先生に見せてもらった七不思議のひとつが浮かんだ。


『その六:夜に抜け出すベートーベン』


デデデデーーン、デ、デ、デ、デーン♪


 不意に、隅に在ったピアノが消えた当人の『交響曲第5番』を奏で始めた。それも、少し音がズレた状態で……。

 部長と顔を見合わせ、恐る恐るピアノへと目を向けると、消えた肖像画そっくりな男性が、険しい顔で鍵盤を叩いていた。


「で、で、で、たぁ!?」

「落ち着きたまえ!ただ演奏しているだけだ」


 そう言いつつ、部長は私を支えながら、部屋の隅へと退く。

 すると、頭上から何人もの声が聞こえた。


―やれやれ、また始まったか―

―いつもいつも、いい加減うんざりなのですが―

―あぁ、私もここから出られれば……―


 見上げると、他の肖像画の面々も額縁の中で動いていた。


「Oh, ……chaos(ケイオス)

「これ、何をどうすれば?」


 恐怖よりも戸惑いばかりが沸き起こり、私たち2人は、ポカンと呆けていた。

 すると、肖像画達が私たちに気づいた。


―ん?ああ、また小娘が連れ込んだのか。おぅい、そこな2人。少し手伝ってくれんか?―

「手伝い、とは?」


 やけにフレンドリーに接してくる肖像画に、私たちは逃げることも忘れて、話を聞いてしまう。

 すると彼らを代表して、バッハの肖像が語る。


―うむ。あすこにおるベートーベンな。あれが毎晩毎晩、音の外れた演奏をするもんで、わしら迷惑しとるんよ。ちょいと行って、停めてきてくれんか?―

「と、停めるって……アレを?」


デデデテーン、テテテ、デデデデーン、テテテ♪


 こうして会話を交わしている間も、我関せずと演奏を続けているベートーベンに、皆の視線が集中する。

 というか、停まるの?アレ。

 バッハは続ける。


―アレを停めてくれたら、『クサカミ・アヤメ』のヒントをやろう。わしら、あの小娘にも困っておるのでな―

「っ!?本当かね、いや本当ですか!?」


 提示された条件に、部長は食いついた。


******

音楽室内 ピアノ前


デーンデーン、デーンデデーン♪


 曲が変わり、「ピアノソナタ14番(月光)」を引き始めたベートーベンの傍らに、私たちは立った。

 まずは私が、トップバッターとして、声をかける。


「あの!ベートーベンさん?少し手を停めてくれませんか?」

―……、……―


 こちらに目線すら向けずに、ベートーベンはしかめっ面でピアノを引き続けている。


「あーのー!ベートーベンさん?ベーートーーベーーン!?」


 叫んでみたが、まったく反応がない。

 すると、部長が何かに気づく。


「……っ!もしかして」


 そして、一旦ピアノから離れ、黒板の脇にあった棚から、鉛筆と、裏が白紙の五線譜を数枚取り、戻ってくる。

 そして、白紙の面に何かを書き始める。


Stoppen(演奏を) Sie das(停めて) Lied(下さい)


「ふふん、中学二年生の頃、必死に覚えたドイツ語だ!」

「あ、そうか。ベートーベンは耳が……」


 偉大なる音楽家ベートーベンは、後天的に難聴を患い、ピアノの音以外はほとんど聞こえなくなったという。(夜に出歩いた際、警官の呼び止めが聞こえず、威嚇射撃でようやく気づいた、という逸話があるほどだ)


 部長はそれを譜面台に掲げ、注意を引くために、一番端の鍵盤を適当に叩く。


ポポポポポポ……


―……ん?―


 すると、演奏が停まり、ベートーベンが部長の顔と、紙に書いたメッセージを交互に見る。


「よし!」


 部長はガッツポーズをし、満面の笑みを浮かべた。

 しかしそれは、巨匠の放った一言で砕けた。


―あぁ!?すまんの!!ドイツ語はさっぱりなんじゃい!!―


*****

しばらくして

音楽室内(八雲視点)


 ぶぁぁぁぁぁ!?恥っずかしいぃ!

 たかがドイツ語ごときで、何を調子にのっていたぁ!?

 バッハと普通に日本語で話していたのに、何でベートーベンにドイツ語が通じると思った!?

 

 と、悶絶している間に、日暮くんが日本語文で、ベートーベンに演奏の中止をお願いしてくれた。

 巨匠(の姿をしてるだけの七不思議の怪異)は、やはり耳が遠かったらしく(なぜそこだけリスペクトした)、自分が騒音を出していたとは気づかなかったのだ。

 

―いやぁっ、すまんかったのぅ!ピアノの音ならぁ、まだマシにきこえとったでなぁ!―


 怒鳴るような大声で謝罪の言葉を口にするベートーベンに、バッハは優しい口調で告げた。

 

―まったく。わしらは所詮、しゃべる肖像画っちゅう七不思議が実体になったもの。モノホンのバッハやベートーベンに成らんでもよかよ?名前なんか、気にせんでええー

「っ!?……名前なんか、気にしなくて、良い?」

―あぁ!?何か言いよったか!?そこなべっぴんさん見たくぅ、筆談で話せや!この竹輪ヅラ野郎!―

―あ゛!?おんぬし、耳だけでなく口も悪かったんかいな!?ー


 と、肖像画メイドインジャパン同士の漫才を聞いているうちに復活した僕は、バッハに見返りの件を問う。


「それで、『クサカミ・アヤメ』の情報をくれるという話はどうなったのかね?」


 もはやこんな紙ペラに、敬語を使う気力は失せた。嗚呼、早く我が愛しい妹と再会したい。

 

―おお、すまんの。まず、あの『クサカミ・アヤメ』は元々、わしらと同じ『奥津城高校(おくつきこうこう)七不思議(ななふしぎ)』の1つじゃった―


 やっぱり。春芽くん達の予測は当たった訳だ。

 ……ん?待ちたまえ。『じゃった』?

 バッハを見返すと、ご老体(の見た目をしたナニカ)は、頷き返した。


―わしらは、ホレこの通り。毒にも薬にも成らん、人によっては怖がりもせぬ程度の存在じゃが、『クサカミ・アヤメ』と理科室の『リカ』、図書室の『フミコ』らは、いつの頃からか、凶悪に成りよった。

特に『クサカミ・アヤメ』は、お主らのようにメールを介して連れ込んだ人間を、他のふたりに襲わせるように成った―

「どうして?」

―わからん。七不思議は皆、20年前に4人の高校生の手で創られた存在。だが、わしらと『ペンペン』、『花子』の3人は昔のままで、『クサカミ・アヤメ』ら3人だけが、10年ほど前を境に、変質してしまったのじゃ―


 七不思議が、変質?それも10年前から?

 大きな手がかりを得たが、同時により深い謎にぶち当たってしまった。

 しかし、肖像画たちが認知しているのはここまでのようで、バッハは最後に言った。


―より詳しく知りたいなら、3階の女子トイレにおる『花子』を訪ねると良い。七不思議で最も良心的で、『クサカミ・アヤメ』が連れ込んだ人間たちを脱出させておるのも彼女じゃ―


 なんと!解決方法が手に入った!?これは思わぬ収穫だった。

 僕と日暮くんは、互いに手を取り合って喜んだ。


「やったね、日暮くん!出口が見つかった!」

「おいやめろ、と言いたいところですが、同感ですわ」


 早速、『花子』さんなる七不思議の定番を探しに行くべく、僕たちはバッハに礼を告げる。


「ありがとう、心優しき七不思議!」

「ええ。皆さんの事、忘れません!」

―ほほほ、やはり善行は気持ちが良いのぅー

「……あの、最後に1つだけ、聞いても?」


 ふと、日暮くんがバッハに尋ねた。


―何かね?―

「あの、20年前に、七不思議を創った4人って、誰なんです?」


 何気なく尋ねた質問だった。だが、その答えは、僕たちに衝撃を与えた。


―『四季折々』というペンネームの4人組じゃった。東雲(しののめ)立夏(りつか)照山紅葉(てるやまもみじ)冬原(ふゆはら)氷雨(ひさめ)、そして深山(みやま)八重(やえ)

「っ!?深山、先生が……それに、東雲って」


 日暮くんが、恐る恐るこちらを向いた。その瞳を見ただけで、言いたいことは解る。

 そう、東雲立夏は僕と出雲の父であり、そして冬原氷雨は、僕たちの母だ。

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