七不思議:リカの人形(雛子・明雄視点)
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『奥津城高校 七不思議
その三:リカの人形』
ある年、『リカ』という女子生徒が居た。
昔から模型や人形が好きだった彼女は、理科室の棚に置かれている身長30cmほどの人体模型を気に入り、時間があれば眺めに来ていた。
すると、ある日のこと。帰宅した『リカ』の鞄の中にいつの間にか、その人体模型が入っていた。
「誰かのいたずら?」
そう考えた彼女は時計を見て、まだ遅くない時間だからと、人体模型を返しに学校へ向かった。
職員室で事情を話し、理科室の鍵を借りた『リカ』は、独りで人体模型を返しに行き、元の棚へと戻した。
しかし、職員室へ戻る途中、ふとトイレに立ち寄りたくなった。
数分後、用を終えた『リカ』が手洗い場に立つと、なんとそこには、棚に戻したはずの人体模型が置かれていた。
気味が悪くなった『リカ』は、その人体模型を再び理科室に戻し、棚のガラス戸をガムテープで塞いだ。
しかし、彼女が踵を返して出入り口のへ向かうと、既に扉前の床に、同じ人体模型が。
振り向くと、棚の戸は封じられたまま、人形だけが姿を消していた。
「もう、やめて!あなたの居場所はここなの!一緒には居られないの!」
『リカ』はそう叫ぶと、人体模型を蹴り飛ばし、出ていこうとした。
すると、彼女の耳元で声が聞こえた。
―じゃあ、君がこっちに来れば良い―
しばらくして、『リカ』が戻って来ないことを不審に思った教師達が理科室にやって来ると、貸しだしたはずの理科室の鍵と、2体の人体模型が床に落ちていたという。
そしてそれ以降、女子生徒『リカ』の姿を見たものは、誰もいない。
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時間は少し遡って 出雲が目覚めた頃と同時刻
異界の旧校舎 理科室(雛子視点)
……い、おい、ヒナ!起きろ!
普段の居眠りタイムを終わらせてくれる、聞き馴れた声が聞こえて、アタシ長志雛子はハッ、と意識を取り戻した。
「はいっ、先生!寝てません!アイデア練ってました!」
けれど、開いた眼で捉えたのは、いつもの2年B組の教室ではなく、薄暗い中に浮かぶ、ガラス張りの大きな棚と、水道付きの楕円のテーブル、そして私を揺さぶる、アッキーこと春芽明雄の顔。
「ばか!寝ぼけてる場合か!?」
髪の毛に綿埃を引っ付けたアッキーは、私の頭を叩きながらそう怒鳴った。
「痛ぁ!?タイバツハンタイ!PTAにチクるぞ!」
「チクれるもんならやれよ……それどころじゃねぇぞ。周りみてみ」
そう言うと、アッキーは私の手を引っ張って立たせてくれた。(けっこう優しいトコあんじゃん)
ちょっと胸キュンした。けど、言われたとおり周りを見ると、それもどっかにとんでっちゃった。
「え……?ていうかなにここ?アタシら部室に居たよね?ミヤマッチが面白そうな本持ってきて、それで……」
「『アヤメール』の話をした、だろ?で、マジで俺たちのスマホにメールが届いて、出雲がパニクってたら、地震が起きて。こうなった」
説明しながら、アッキーはポケットから自分のスマホを取り出し、私に見せる。
画面には、『クサカミ・アヤメ』から届いたメールが表示されていて、その文面は一言、
『たすけて』
だけだった。たしかイズモッチのスマホには、もっといっぱい来たんだっけ。
……ん?ちょっとまって!
「ていうか、電波来てなくね!?WiFiも!ヤベー、圏外とか初めて見たし!」
アッキーのスマホの右上、バッテリーの左には、『圏外』と『扇形に✕』の表示が並んでいる。
アタシも自分のポケットや周りを探り、床に落ちてた自分のスマホを見つけて拾うと、素早くロックを解除してホームを出す。
・・・Wi-Fi無ぇ、電波無ぇ、ネット検索は使用不可。
吉幾三風のラップが頭の中に流れ、私は絶望のどん底に突き落とされる。
「あー、人生オワター!」
「ばか!んな程度で命諦めんな!」
「だってさぁ、ネット使えなきゃ何にもできないじゃん!あんた、『怪奇現象、遭遇、解決法』って入力したら答え出してくれんの?」
「……、それ、ネット使えても答えでねぇだろ」
アッキーはため息を吐いて、スマホを仕舞うと、部屋の中をウロチョロしだす。
「なにしてんの?」
「あのなぁ、ヒナ。これくらいスマホに頼らなくても解るだろ?ここがどこで、どうやって出られるか、ヒントを探してんだよ。お前も手伝え」
「あ、わかった。リアル脱出ゲームね」
そうと解れば、まずはあからさまにおかしいところを探せばいい。なんだ簡単じゃん。
アタシはアッキーが触ってない、ガラス戸の棚を調べていくことにした。
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しばらくして
(明雄視点)
ったくヒナの奴、ホントに状況解ってんのか?
たぶん答えはノーだな。普段も授業中にトンチンカンなことばっか言ってるし、しょっちゅう居眠りするし。誉められるのは、その能天気さとイラストの上手さだけ。
ソレが長志雛子という人間に対する、一般的な印象だ。
だが、小学生の頃からの腐れ縁である俺、春芽明雄からの評価は、少し付け足しがある。
あいつは確かに、脳みその働きが鈍い。場の空気は読めない。複数の事をいっぺんにはできない。
でもそれは、俺たちとあいつの『型』が違うせいでもある。俺たちを『四角』とするなら、あいつは『丸』だ。だから綺麗にハマらない、だから足りない。
場の空気が読めないのは、こっちが無駄な言葉を足したり、曖昧な表現を使ったりするから。
ハッキリ『こうして欲しい』と明示してやれば、ヒナもついてこれる。
たくさんの事は一度に覚えられないが、ゆっくり一つずつなら一瞬で覚えた事なら二度と忘れない。
ペンタブの使い方や、イラストの技法なんか特にそうだ。好きな物なら、(ヒナ基準で)多少の無茶もとおる。なおかつ、その一つから(良し悪しはともかく)十の事を閃くもんだから、奴は芸術家に向いていると思う。
だが、美術部は顧問がヒナの嫌いなタイプだし。漫研はストレートな物言い(ほぼ酷評)が原因で追い出された。拾ってくれた八雲部長には、ホント感謝してる。
と、こんな余計な事を考えるあたり、俺も内心、パニクってるんだろうな。
部室で地震が起こり、ヒナを庇って倒れて、次目覚めたら知らない理科室。扉は準備室とおそらく廊下に通じている、計2つ。廊下への扉は鍵が開いたが、このまま飛び出していくより、少し調べものをしてからの方が良いだろう。
出雲には、「ゲーム脳か」と言われるだろうが、俺たちが理科室に飛ばされた事には、意味があると思っている。
まずは、ここがどこの学校の理科室なのか、その手がかりを探そう。
まずは高そうな実験器具の類から……
「……普通、理科室の備品って、学校の名前が書いてあるもんだが」
「え?アッキーここがどこか探ってんの?ウチの高校の旧校舎じゃん?」
「……は?」
さらりと言ってのけたヒナを、思わず振り向いてしまった。
ヒナはちょうど、ガラス戸を開けて中の道具を漁っているところだった。
「あ、アルコールランプ発見♪チャッカマンもあるし、これで少しは明るくなるね」
「おお、ありがてぇ。……ってそれより、何で旧校舎って解るんだよ。あそこって俺たちが入学する前から閉鎖されてるだろ?」
「でも、窓から中を覗けたじゃん?今こっちから外見えないけど、校庭から理科室が丸見えだったよ」
ああ、なるほど。こういう、普通の奴ならどうでも良くて忘れる情報を、ヒナはしっかり憶えているわけだ。
そして、俺の役割はそれを活用すること。
点火されたアルコールランプを受け取りながら、俺はヒナに確認する。
「……なぁ、深山先生が持ってきた七不思議、中身覚えてるか?」
「えっと……、『その一:トイレの赤井花子さん』、『その二:図書室の幽霊部員』、『その三:リカの人形』……」
「まった!その三、なんだって?」
「『リカの人形』?なんか、どっかで聞いた憶えがあるね。確か、女の子がちっちゃい人体模型にされちゃうんだっけ……そうそう、ちょうどこんな、かんじ……の……」
ヒナがランプで照らした戸棚には、30cmほどの人体模型が置かれていた。
『説曹操、曹操到』、そんなことわざが頭に浮かんだ。
「……」
「ね、ねぇアッキー?そろそろ次に行こっか?」
「だ、だな。明かりは確保できたから、どっか情報のありそうな部屋に行こうぜ」
互いの顔を見て頷きあうと、俺たちは(意味があるかは解らないが)そろりそろりと音をたてないように、出入口の方へ移動していく。
まぁ、これで上手く逃げられたんなら、世話ねぇわな。
―ねぇ、どこ行くの?―
案の定、扉の前に不気味な雰囲気の女が現れた。
古いデザインのセーラー服を着て、顔の半分が長い髪で隠れたその女は、俺たちに言った。
―あなた達、トルソー君を見に来たんじゃないの?―
「と、トルソーくん?」
なんだそれは?
―私の友達、ヒューマン・トルソーくんよ。イタリア生まれで、五臓六腑が全部揃った本格派♪ほら、あなた達の後ろに居る……―
「「ふぁ!?」」
本能が見るなと警告するが、居ると言われれば見てしまう。
その相反する反応でギチギチと首の骨をきしませながら、俺とヒナは振り替える。
するといつの間にか、すぐ後ろのテーブルの上に、棚にあったはずの人体模型が置かれていた。
―うふふ、カッコいいでしょ?……だから私も、同じにしてもらったの―
ぐちょり
何か水気のある塊が床に落ちる音がした。
再び視線を戻すと、女のセーラー服の下から、細長くブヨブヨした、太いゴムホースのような物が垂れ落ちていた。
てかこれ、腸じゃね?
―あー、こぼれちゃった。チョー最悪、腸だけに―
と、満面の笑みでダジャレをほざいたリカの顔は、半分の皮膚が無く、その下の筋肉や血管、眼球がむき出しになっていた。
「「笑えねーよ!」」
俺たちは同時に叫び、テーブルの合間をぬって、準備室の方の扉を目指す。
しかし、
「きゃあ!?」
ヒナが転んだ。手に持ったアルコールランプは、宙を舞って、テーブル備え付けのシンクに落ちる。
俺は自分のランプを傍に置いて、すぐに助け起こそうとする。
だが彼女の足には、ドクドクと脈打つ腸管が巻き付いていた。
―ふふ、慣れるとクセになっちゃうよ。そら、えーんやとっと♪―
自分の腹から飛び出た内蔵を、底引き網みたく引っ張る『リカ』。気色悪い光景だが、ヒナが引き摺られているために、目を背けるわけにはいかない。
「くそっ、ヒナ!何かに掴まって踏ん張れ!」
「な、なんかって何よ。っあだだだ!?もげる!腕もげるぅ!」
足を『リカ』に、腕を俺に引っ張られて、ヒナは悲鳴をあげる。
すまん、全部終わったらデパ地下のスイーツ奢ってやる。……んデパ地下?
視線が無意識に、ヒナのセーラー服とテーブルのアルコールランプを往復する。
「なぁ、ポケットにスプレー入ってねぇか!?この間、俺が5千円貸して買ったやつ!」
「あだだ……、っなるほど!……あった!」
ヒナはやろうとしてる事をすぐに察して、俺に掴まれてない方の手でポケットをまさぐり、ボールペンサイズのピンクの缶を取り出す。
そしてそれを口に咥えると、目線で俺に、アルコールランプを催促してくる。
俺はヒナに引火しないよう慎重に、ランプを手渡す。
「3で行くぞ!1、2、3」
俺が手を離すと、ヒナは間髪いれずに、両手でランプとスプレーを、『リカ』に向けて構える。
「くらえ、税込5500円フォイヤー!!」
シューー、ボーーー
スプレー缶から吹き出したアルコール入りの消臭剤は、ランプの火種で炎のシャワーとなり、『腸引き』で両手が塞がっていた『リカ』の顔面を直撃する。
―ぎゃーー!あっづい!?―
そりゃ熱いだろ、筋肉や眼球が直に燃えるんだから。
そう内心で毒づいたタイミングで、足に絡まった腸が外れ、ヒナは立ち上がる。
そして、火傷に悶絶しながら、手近のシンクに顔を突っ込んだ『リカ』を避け、俺たちは廊下へと脱出することができた。