七不思議:図書室の幽霊部員(出雲&紅葉視点)
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しばらくして
オカ研と深山先生の事、『アヤメール』と『クサカミ・アヤメ』の事、そしてさっきの亡霊の事を話し終えると、照山先輩は、深刻な顔で腕を組み、しばらく考え込んでいた。
「君はオカ研所属で、他の部員と一緒に部誌を作ってて。そこへ人をさらって殺す『クサカミ・アヤメ』からメールと電話が来て、ここに迷いこんだ、と」
「ええ。たぶん、バカマキリや深山先生、他の3人もどこかに居るはず」
「……、……そっか。解った。ただ、私がどうやってここに来たのかは、残念ながら思い出せないんだ。どうも直前の記憶が曖昧でね」
まぁ、無理もない話だ。まさか自分がホラー作品の主人公みたく、異界に拐われるなんて誰も考えない。だから相当なショックを受ける。私もそうだ。
照山先輩は、うん、と頷き、納得した様子で腕組みを解くと、私に向き直って告げる。
「よし、こうして一緒になったのも何かの縁だ。他の仲間たちを探して、脱出しよう」
「ありがとうございます!照山先輩」
私たちは握手を交わした。でも先輩の握力、思ったより強くて、しかも長く握られているように感じた。……先輩も、本心は不安で一杯なんだろうか?
で、ようやく手をほどいてくれたと思ったら、先輩は周りをガサガサと漁り始める。
それを見て、私は今更ながら、部屋の中を確認する。ここはどうやら、古い本や資料を保管する準備室のようだ。
横幅2m、奥行き5mほどの狭い部屋で、鉄製のキャビネットとがいくつかと、事務机が一つ壁際に並んでいる。そして、その他の場所には、キャビネットに入りきらなかった本や冊子、書類の束が段ボールに入れられ(又はそのまま裸の状態で)、床も机上も関係なく、乱雑に積み上げられている。
照山先輩は、主に段ボールの中身を確認しながら、何かを探している様子だ。
「あの、先輩?手がかり探し、ですか?」
問いかけると、こちらに背を向けたまま、先輩は答える。
「あぁ。出雲くんは馴染みが無くてピンとこないだろうけどっ(ドサッ)、ここはおそらく、津城高校の旧校舎だ」
「旧校舎?……それって、ずいぶん前に閉鎖されて、取り壊し予定の?」
「とりこわっ!?……とと(ドサッ)。……まぁ、その旧校舎だ。昔、と言っても私が一年の頃だが、まだ文化系の部のいくつかが活動に使っていてね。図書室はっ、ふむっ、我が文芸部が部室にしていたんだっ、と」
段ボール箱の山から一つ一つ下ろし、中を開けながら、先輩は続ける。
「で、この段ボールには部誌のバックナンバーが入っているんだっ(バタン)。君たちが観たという、八重っ先生の持ってきた奴も(ドサッ)、どこかにあるはず」
なるほど。もし『クサカミ・アヤメ』が、本当に七不思議『アヤメール』と関係があるなら、あの部誌が解決のヒントになるかも。
だけど深山先生が見せてくれたのは、20年前のバックナンバーだ。かなり奥に仕舞いこまれているのだろう。
先輩に独りで作業させるわけにはいかない。
「あの、私も手伝います。……て、あれ?」
ふと、視界の隅に見覚えのある色の冊子が見えた。
それはキャビネットの中に納まった内の一冊で、背表紙には、こう書かれていた。
『「奥津城高校 七不思議」平成2x年度 文芸部誌 』
「ありました!これ、先生が持ってきた部誌と同じやつ!」
「おっと、そちらか。しかし、こっちは基本、新しいやつを入れておくスペースなんだが?」
先輩は首を傾げるが、最初の見開きページを確認した私は、確信する。
目次には『奥津城高校七不思議』の七篇が並んでいた。
そこを開けたまま照山先輩に手渡すと、先輩はさっと目を通して、呟いた。
「この七不思議が、現実に?バカな」
「私もそう思っていたんですけど、実際にこんな場所に転移しちゃったし、幽霊に襲われたし。それにスマホにも」
「あー、話を遮って悪いんだが、そのスマホ?は、今も持っているのか?」
「え?」
先輩の指摘を聞いて、しばらく時間が止まった。
「……、……そうだ!スマホがあれば皆に連絡できるかも!」
先輩に指摘されるまですっかり存在を忘れていた。
と、スカートの下に履いている体操服用の短パンのポケットをまさぐる。今日はここに入れて持ってきたはず……だったけど。
「ない。どっか落とし……あっ」
そういえば、『クサカミ・アヤメ』から電話がかかってきて、気味悪くて放り捨てたまま、こっちに来たんだった。
「うーん、残念だな。私も、この通り手ぶらでここに迷いこんだんだ」
と、先輩も一緒に落ち込む。
どうやら、この場所ではこれ以上進展することはなさそうだ。二人揃って落ち込んでいたって仕方がない。
「取りあえず、ここから移動しましょう。皆と合流できるかも」
私が入った扉以外にもう一つ、おそらく廊下へと通じる引き戸がある。しかも鍵は、こちら側からかかっていた。
ここから出られる、そう考えて、私は引き戸に手を掛ける。が、読みが甘かった。
ガタガタガタ・・・
鍵は開いたのに、扉は釘で固定されてるように動かない。
「ふむ。『ホラー小説あるある』だな。怪奇現象で扉が開かない。だが現象を解決すれば、ヒラケゴマ」
「それって小説と言うよりゲームでは?」
「どっちでも良いさ。気にするべきは、何が私たちを閉じ込めているか」
「えっと……『クサカミ・アヤメ』?」
私たちをこの場所に連れてきたのは彼女だ。ということは、この扉も彼女の力で……。
でも、照山先輩の意見は違った。
「いや『アヤメール』は、これとは無関係だ。私たちをこの旧校舎に連れてきたのは『クサカミ・アヤメ』でも、図書室に閉じ込めてるのは……こいつだろう」
そう言って先輩は、さっき見つけた部誌を、途中の見開きページを開けて私に見せた。
そのページにあったタイトルは『図書室の幽霊部員』。
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『奥津城高校七不思議 図書室の幽霊部員』
ある年、文芸部に所属する3年の女子生徒が、図書室の中で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
原因はストレスによる過労。彼女は1年の頃から文芸部に所属していたものの、一度も部誌に作品を掲載したことの無い『幽霊部員』だった。
それでも最後の思い出にと、初めて短編を寄稿する決意をし、取り組み始めた。
しかし、経験が無くアイデアが全く浮かばない彼女は筆が進まず、連日徹夜をしながら、原稿用紙と向き合い続けた。
結局、原稿は全く埋まらないまま、無理が祟って亡くなってしまい、部誌は彼女の作品を抜いて発行された。
その無念が図書室に焼き付き、夜な夜な女子生徒の幽霊が、彼女が死ぬまで座っていた、四卓目四番の席に現れ、原稿を書くようになったそうだ。
そして、その場に居合わせてしまうと、小説の題材である殺人事件の被害者役をさせられ、本当に殺されてしまう、らしい。
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現在
異界の旧校舎 図書準備室(旧・文芸部の活動室)
「と、いうのが『図書室の幽霊部員』だ。だから厳密には、君を襲ったアレは『亡霊』ではなく『幽霊』と呼称すべきだな」
図書室が題材の七不思議のあらすじを語った先輩は、最後をそう締め括った。
「いや、そこはどうでも良いでしょ」
と言うか、死んじゃったから、これがホントの『幽霊部員』て、落語かっ!?
内心でツッコミを入れて、私は本題を促す。
「それで、アレの正体が短編の七不思議だとして、どうすれば出られるんです?」
「なに、簡単な話さ。アレの無念を、晴らしてやれば良いのさ」
先輩は自信たっぷりに、私に向かってウィンクを放った。
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しばらくして
図書室内
鍵を解き、ゆっくりと扉を開けると、そこには亡霊、もとい幽霊部員の姿は無く、引き裂かれた事典の残骸が散らばっていた。
「消えた?」
「いや、定位置に戻っただけだ。ほら」
ヒソヒソと囁き声で言うと、照山先輩は学習スペースの方を指した。
それを視線で追うと、黒板側から四番目の机の座席に、さっきの女子生徒が、青白い色に戻って座っていた。
―ううぅぅぅぅ!、浮かばない、アイデアが、浮かばないぃ!!―
そして、これまたさっきと同じ呻き声を上げながら、こちらに顔を向けた。
すると、照山先輩は、私に小声でつげた。
「ここからは私に任せ、君はただ見守っていろ」
それから、迷い無く幽霊部員へと近づいていく。
―……だれ?―
「やぁ。私も文芸部だ。何か困っているのかな?」
そして、めちゃくちゃ気安く、まるで同級生に話しかけるように、幽霊部員に尋ねる。
すると幽霊の方も、青白い色のまま、悩みを打ち明けた。
―書けないの。アイデアが浮かばないの。もうすく締め切りなのに―
「そうか。なら私がアドバイスをやろう。今の原稿を見せてくれるか?」
―っ、ありがとう!これ、ちょっとしか書けてないけど―
幽霊部員は、手元の原稿を先輩に差し出す。色は青のままだ。
「(おお、さっきと全然違う。さすが同じ文芸部)」
と感心したのも束の間、先輩は幽霊部員と至近距離にいる状態で、とんでもない発言を放った。
「……全然ダメ!一からやりなおしだ!!」
―「え?」―
思わず、私と幽霊部員は同じタイミングで声を漏らした。
照山先輩はそれも無かったかのように、どんどん告げていく。
「こんなの、小学生の作文程度だぞ!主人公の一人称で書くなら、キャラの呼び方を統一しろ!あと、主人公の服装に文字数使いすぎだ!」
「(ちょっと!?なに幽霊を怒らせるような爆弾発言してんの!?)」
私が心の中で悲鳴を上げると同時に、幽霊部員の身体の色が、赤紫に変わりはじめた。
しかし、先輩はそれに怖じ気付くこと無く、手にした原稿を裏返しにし、机に叩きつけながら、幽霊へきっぱりと言い放つ。
「そもそも!小説書くなら、まずは『アイデアマップ』を作るのが定石だろうが!!」
―「なにそれ?」―
直前までの感情を忘れ、私と幽霊部員は揃って、きょとんと先輩を見た。
「呼び方は人それぞれだろうが、やることは同じだ。書きたい話のあらすじと、設定を書き出してまとめるんだよ」
そう言って、先輩は裏返って白紙になった原稿用紙の真ん中に、一つの楕円を描いた。
「まず、君が書きたい小説のジャンルは?」
―えっと、推理小説―
幽霊部員が呟くと、先輩は楕円の中に『ミステリー』と書き足した。
「次、推理小説で必要なものは?」
―えっと、犯人と被害者と探偵とトリックと……―
「多すぎだ!今回必要なのはたった3つ。人物、事件、そして動機!君は素人だから難しいトリックは無理!だから動機、『ホワイダニット』で勝負するしかない!」
真ん中の楕円から三方向に線が延びて、その先に更に3つの楕円と言葉が足される。
―動機で、勝負―
先輩の言う『アイデアマップ』が出来上がっていく様を見て、幽霊部員の身体の色が、だんだん青に戻ってくる。
「(あれ?うまく進んでる?)」
私は、照山先輩と幽霊部員のやり取りを、少し遠目に見守った。
それからの詳しいやり取りは、かなーり長くなるので割愛。
あらすじだけ紹介すると、先輩が設定を固める手順を説明し、幽霊部員がそれに沿って、自分の書きたい内容をまとめていった。
『アイデアマップ』とは、簡単にいえばプログラミング。推理小説というジャンルを主軸に、必要な設定を樹形図にして書き足していく手法だった。
で、図書室の時計が止まっていたので正確には判らないが、小一時間ほどで、一本の短編が出来上がった。
探偵が事務所に居ながら、知り合いの刑事が持ち込んでいた殺人事件を、『なぜそうしたのか』に着目して解決するという内容。
被害者は万年筆で首を刺されて死ぬという、トリックの無い事件なのだけれど、意外な人物が犯人で、面白かった。
そして……
―あぁ、やっと、やっと書けたぁ。ありがとう―
そう、お礼の言葉を残して、幽霊部員は淡い光の粒になって消えた。
と同時に、開かずの扉の方から、かちゃりと鍵のはずれる音が聞こえた。
「やったの?」
「おいおい、フラグをたてるな。だが、これで出られるはずだ」
先輩の言葉を信じて、私はゆっくりと、廊下へ通じる扉の取っ手を引いた。
キィィィ
錆びた金属が軋む音がしたものの扉は開き、私たちは、ほの暗い木造の廊下へと出ることができた。
向かって左手は、はめ殺しの窓。右手側は、すぐ手前が先輩と出会った『図書準備室』で、その隣に階段、そこより奥には教室がいくつか続いている。
うん、全く見覚えの無い場所だ。外に出られた喜びが、一気に不安に転じる。
だが先輩は、私とは逆に安心した表情を浮かべていた。
「うんうん。やはりここは、津城高校の旧校舎に違いなし。なら、私の庭も同然だ」
そう言って、先輩は迷いなく一歩を踏み出し、そのまま階段へと進んでいく。
私は一瞬呆気にとられるが、すぐに我に返り、置いていかれないように続く。
「先輩、すご~くポジティブなんですね」
「うむ、周りからも良く言われる。『お前、実は体育会系だろう』と。私はただ、我が心の師匠『景王陽子』の様に、困難に立ち向かっているだけなんだがな?」
「けいおう?……あ、小野不由美先生の『十二国記』?」
「おお、君も知っていたか。……ちなみに、どのキャラが好きだ?」
「ええと、『図南の翼』の珠晶、です。あの作品で、一時サバイバルとかキャンプにハマって。あと、アニメ版の楽俊もモフモフで好きです」
「え、アニメ?……そんなのあったか?」
ピタリと先輩の足が止まる。
その時だった。
ーキャアアアア!でたぁ!?ー
階下から、知っている声の悲鳴が届いた。
「雛子!?大変!」
「1階っ、職員室の方か!?」
先輩は素早く手すりに腰かけると、滑り台の要領で階段を降っていく。
私は最後の数段を飛び降りて、それを追いかけた。