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七不思議:図書室の幽霊部員(出雲&紅葉視点) 

******

しばらくして


 オカ研と深山先生の事、『アヤメール』と『クサカミ・アヤメ』の事、そしてさっきの亡霊の事を話し終えると、照山先輩は、深刻な顔で腕を組み、しばらく考え込んでいた。


「君はオカ研所属で、他の部員と一緒に部誌を作ってて。そこへ人をさらって殺す『クサカミ・アヤメ』からメールと電話が来て、ここに迷いこんだ、と」

「ええ。たぶん、バカマキリや深山先生、他の3人もどこかに居るはず」

「……、……そっか。解った。ただ、私がどうやってここに来たのかは、残念ながら思い出せないんだ。どうも直前の記憶が曖昧でね」


 まぁ、無理もない話だ。まさか自分がホラー作品の主人公みたく、異界に拐われるなんて誰も考えない。だから相当なショックを受ける。私もそうだ。

 照山先輩は、うん、と頷き、納得した様子で腕組みを解くと、私に向き直って告げる。


「よし、こうして一緒になったのも何かの縁だ。他の仲間たちを探して、脱出しよう」

「ありがとうございます!照山先輩」


 私たちは握手を交わした。でも先輩の握力、思ったより強くて、しかも長く握られているように感じた。……先輩も、本心は不安で一杯なんだろうか?


 で、ようやく手をほどいてくれたと思ったら、先輩は周りをガサガサと漁り始める。

 それを見て、私は今更ながら、部屋の中を確認する。ここはどうやら、古い本や資料を保管する準備室のようだ。

 横幅2m、奥行き5mほどの狭い部屋で、鉄製のキャビネットとがいくつかと、事務机が一つ壁際に並んでいる。そして、その他の場所には、キャビネットに入りきらなかった本や冊子、書類の束が段ボールに入れられ(又はそのまま裸の状態で)、床も机上も関係なく、乱雑に積み上げられている。

 照山先輩は、主に段ボールの中身を確認しながら、何かを探している様子だ。


「あの、先輩?手がかり探し、ですか?」


 問いかけると、こちらに背を向けたまま、先輩は答える。


「あぁ。出雲くんは馴染みが無くてピンとこないだろうけどっ(ドサッ)、ここはおそらく、津城高校の旧校舎だ」

「旧校舎?……それって、ずいぶん前に閉鎖されて、取り壊し予定の?」

「とりこわっ!?……とと(ドサッ)。……まぁ、その旧校舎だ。昔、と言っても私が一年の頃だが、まだ文化系の部のいくつかが活動に使っていてね。図書室はっ、ふむっ、我が文芸部が部室にしていたんだっ、と」


 段ボール箱の山から一つ一つ下ろし、中を開けながら、先輩は続ける。


「で、この段ボールには部誌のバックナンバーが入っているんだっ(バタン)。君たちが観たという、八重っ先生の持ってきた奴も(ドサッ)、どこかにあるはず」


 なるほど。もし『クサカミ・アヤメ』が、本当に七不思議『アヤメール』と関係があるなら、あの部誌が解決のヒントになるかも。

 だけど深山先生が見せてくれたのは、20年前のバックナンバーだ。かなり奥に仕舞いこまれているのだろう。

 先輩に独りで作業させるわけにはいかない。


「あの、私も手伝います。……て、あれ?」


 ふと、視界の隅に見覚えのある色の冊子が見えた。

 それはキャビネットの中に納まった内の一冊で、背表紙には、こう書かれていた。


『「奥津城高校 七不思議」平成2x年度 文芸部誌 』


「ありました!これ、先生が持ってきた部誌と同じやつ!」

「おっと、そちらか。しかし、こっちは基本、新しいやつを入れておくスペースなんだが?」


 先輩は首を傾げるが、最初の見開きページを確認した私は、確信する。

 目次には『奥津城(おくつき)高校七不思議』の七篇が並んでいた。

 そこを開けたまま照山先輩に手渡すと、先輩はさっと目を通して、呟いた。


「この七不思議が、現実に?バカな」

「私もそう思っていたんですけど、実際にこんな場所に転移しちゃったし、幽霊に襲われたし。それにスマホにも」

「あー、話を遮って悪いんだが、そのスマホ?は、今も持っているのか?」

「え?」


 先輩の指摘を聞いて、しばらく時間が止まった。


「……、……そうだ!スマホがあれば皆に連絡できるかも!」


 先輩に指摘されるまですっかり存在を忘れていた。

 と、スカートの下に履いている体操服用の短パンのポケットをまさぐる。今日はここに入れて持ってきたはず……だったけど。


「ない。どっか落とし……あっ」


 そういえば、『クサカミ・アヤメ』から電話がかかってきて、気味悪くて放り捨てたまま、こっちに来たんだった。

 

「うーん、残念だな。私も、この通り手ぶらでここに迷いこんだんだ」


 と、先輩も一緒に落ち込む。

 どうやら、この場所ではこれ以上進展することはなさそうだ。二人揃って落ち込んでいたって仕方がない。


「取りあえず、ここから移動しましょう。皆と合流できるかも」


 私が入った扉以外にもう一つ、おそらく廊下へと通じる引き戸がある。しかも鍵は、こちら側からかかっていた。

 ここから出られる、そう考えて、私は引き戸に手を掛ける。が、読みが甘かった。


ガタガタガタ・・・


 鍵は開いたのに、扉は釘で固定されてるように動かない。


「ふむ。『ホラー小説あるある』だな。怪奇現象で扉が開かない。だが現象を解決すれば、ヒラケゴマ」

「それって小説と言うよりゲームでは?」

「どっちでも良いさ。気にするべきは、何が私たちを閉じ込めているか」

「えっと……『クサカミ・アヤメ』?」


 私たちをこの場所に連れてきたのは彼女だ。ということは、この扉も彼女の力で……。

 でも、照山先輩の意見は違った。


「いや『アヤメール』は、これとは無関係だ。私たちをこの旧校舎に連れてきたのは『クサカミ・アヤメ』でも、図書室に閉じ込めてるのは……こいつだろう」


 そう言って先輩は、さっき見つけた部誌を、途中の見開きページを開けて私に見せた。

 そのページにあったタイトルは『図書室の幽霊部員』。


*****

『奥津城高校七不思議 図書室の幽霊部員』


 ある年、文芸部に所属する3年の女子生徒が、図書室の中で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

 原因はストレスによる過労。彼女は1年の頃から文芸部に所属していたものの、一度も部誌に作品を掲載したことの無い『幽霊部員』だった。

 それでも最後の思い出にと、初めて短編を寄稿する決意をし、取り組み始めた。

 しかし、経験が無くアイデアが全く浮かばない彼女は筆が進まず、連日徹夜をしながら、原稿用紙と向き合い続けた。

 結局、原稿は全く埋まらないまま、無理が祟って亡くなってしまい、部誌は彼女の作品を抜いて発行された。

 その無念が図書室に焼き付き、夜な夜な女子生徒の幽霊が、彼女が死ぬまで座っていた、四卓目四番の席に現れ、原稿を書くようになったそうだ。

 そして、その場に居合わせてしまうと、小説の題材である殺人事件の被害者役をさせられ、本当に殺されてしまう、らしい。


*****

現在

異界の旧校舎 図書準備室(旧・文芸部の活動室)


「と、いうのが『図書室の幽霊部員』だ。だから厳密には、君を襲ったアレは『亡霊』ではなく『幽霊』と呼称すべきだな」


 図書室が題材の七不思議のあらすじを語った先輩は、最後をそう締め括った。


「いや、そこはどうでも良いでしょ」


 と言うか、死んじゃったから、これがホントの『幽霊部員』て、落語かっ!?

 内心でツッコミを入れて、私は本題を促す。


「それで、アレの正体が短編の七不思議だとして、どうすれば出られるんです?」

「なに、簡単な話さ。アレの無念を、晴らしてやれば良いのさ」


 先輩は自信たっぷりに、私に向かってウィンクを放った。


*****

しばらくして

図書室内


 鍵を解き、ゆっくりと扉を開けると、そこには亡霊、もとい幽霊部員の姿は無く、引き裂かれた事典の残骸が散らばっていた。


「消えた?」

「いや、定位置に戻っただけだ。ほら」


 ヒソヒソと囁き声で言うと、照山先輩は学習スペースの方を指した。

 それを視線で追うと、黒板側から四番目の机の座席に、さっきの女子生徒が、青白い色に戻って座っていた。


―ううぅぅぅぅ!、浮かばない、アイデアが、浮かばないぃ!!―


 そして、これまたさっきと同じ呻き声を上げながら、こちらに顔を向けた。

 すると、照山先輩は、私に小声でつげた。


「ここからは私に任せ、君はただ見守っていろ」


 それから、迷い無く幽霊部員へと近づいていく。

 

―……だれ?―

「やぁ。私も文芸部だ。何か困っているのかな?」


 そして、めちゃくちゃ気安く、まるで同級生に話しかけるように、幽霊部員に尋ねる。

 すると幽霊の方も、青白い色のまま、悩みを打ち明けた。


―書けないの。アイデアが浮かばないの。もうすく締め切りなのに―

「そうか。なら私がアドバイスをやろう。今の原稿を見せてくれるか?」

―っ、ありがとう!これ、ちょっとしか書けてないけど―


 幽霊部員は、手元の原稿を先輩に差し出す。色は青のままだ。


「(おお、さっきと全然違う。さすが同じ文芸部)」


 と感心したのも束の間、先輩は幽霊部員と至近距離にいる状態で、とんでもない発言を放った。


「……全然ダメ!一からやりなおしだ!!」

―「え?」―


 思わず、私と幽霊部員は同じタイミングで声を漏らした。

 照山先輩はそれも無かったかのように、どんどん告げていく。


「こんなの、小学生の作文程度だぞ!主人公の一人称で書くなら、キャラの呼び方を統一しろ!あと、主人公の服装に文字数使いすぎだ!」

「(ちょっと!?なに幽霊を怒らせるような爆弾発言してんの!?)」


 私が心の中で悲鳴を上げると同時に、幽霊部員の身体の色が、赤紫に変わりはじめた。

 しかし、先輩はそれに怖じ気付くこと無く、手にした原稿を裏返しにし、机に叩きつけながら、幽霊へきっぱりと言い放つ。


「そもそも!小説書くなら、まずは『アイデアマップ』を作るのが定石だろうが!!」

―「なにそれ?」―


 直前までの感情を忘れ、私と幽霊部員は揃って、きょとんと先輩を見た。


「呼び方は人それぞれだろうが、やることは同じだ。書きたい話のあらすじと、設定を書き出してまとめるんだよ」


 そう言って、先輩は裏返って白紙になった原稿用紙の真ん中に、一つの楕円を描いた。


「まず、君が書きたい小説のジャンルは?」

―えっと、推理小説―


 幽霊部員が呟くと、先輩は楕円の中に『ミステリー』と書き足した。


「次、推理小説で必要なものは?」

―えっと、犯人と被害者と探偵とトリックと……―

「多すぎだ!今回必要なのはたった3つ。人物、事件、そして動機!君は素人だから難しいトリックは無理!だから動機、『ホワイダニット(なぜそうしたか)』で勝負するしかない!」


 真ん中の楕円から三方向に線が延びて、その先に更に3つの楕円と言葉が足される。


―動機で、勝負―


 先輩の言う『アイデアマップ』が出来上がっていく様を見て、幽霊部員の身体の色が、だんだん青に戻ってくる。


「(あれ?うまく進んでる?)」

 

 私は、照山先輩と幽霊部員のやり取りを、少し遠目に見守った。


 それからの詳しいやり取りは、かなーり長くなるので割愛。

 あらすじだけ紹介すると、先輩が設定を固める手順を説明し、幽霊部員がそれに沿って、自分の書きたい内容をまとめていった。

 『アイデアマップ』とは、簡単にいえばプログラミング。推理小説というジャンルを主軸に、必要な設定を樹形図にして書き足していく手法だった。


 で、図書室の時計が止まっていたので正確には判らないが、小一時間ほどで、一本の短編が出来上がった。


 探偵が事務所に居ながら、知り合いの刑事が持ち込んでいた殺人事件を、『なぜそうしたのか』に着目して解決するという内容。

 被害者は万年筆で首を刺されて死ぬという、トリックの無い事件なのだけれど、意外な人物が犯人で、面白かった。

 そして……


―あぁ、やっと、やっと書けたぁ。ありがとう―


 そう、お礼の言葉を残して、幽霊部員は淡い光の粒になって消えた。

 と同時に、開かずの扉の方から、かちゃりと鍵のはずれる音が聞こえた。


「やったの?」

「おいおい、フラグをたてるな。だが、これで出られるはずだ」


 先輩の言葉を信じて、私はゆっくりと、廊下へ通じる扉の取っ手を引いた。


キィィィ


 錆びた金属が軋む音がしたものの扉は開き、私たちは、ほの暗い木造の廊下へと出ることができた。

 向かって左手は、はめ殺しの窓。右手側は、すぐ手前が先輩と出会った『図書準備室』で、その隣に階段、そこより奥には教室がいくつか続いている。

 うん、全く見覚えの無い場所だ。外に出られた喜びが、一気に不安に転じる。

 だが先輩は、私とは逆に安心した表情を浮かべていた。


「うんうん。やはりここは、津城高校の旧校舎に違いなし。なら、私の庭も同然だ」


 そう言って、先輩は迷いなく一歩を踏み出し、そのまま階段へと進んでいく。

 私は一瞬呆気にとられるが、すぐに我に返り、置いていかれないように続く。


「先輩、すご~くポジティブなんですね」

「うむ、周りからも良く言われる。『お前、実は体育会系だろう』と。私はただ、我が心の師匠『景王陽子(けいおうようし)』の様に、困難に立ち向かっているだけなんだがな?」

「けいおう?……あ、小野不由美先生の『十二国記』?」

「おお、君も知っていたか。……ちなみに、どのキャラが好きだ?」

「ええと、『図南の翼』の珠晶、です。あの作品で、一時サバイバルとかキャンプにハマって。あと、アニメ版の楽俊もモフモフで好きです」

「え、アニメ?……そんなのあったか?」


 ピタリと先輩の足が止まる。

 その時だった。


ーキャアアアア!でたぁ!?ー


 階下から、知っている声の悲鳴が届いた。


「雛子!?大変!」

「1階っ、職員室の方か!?」


 先輩は素早く手すりに腰かけると、滑り台の要領で階段を降っていく。

 私は最後の数段を飛び降りて、それを追いかけた。


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