七不思議:図書室の幽霊部員(出雲視点)
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ネット上で噂される、返信すると拐われて殺されるという怪異、『アヤメール』。
その送り主とされる『クサカミ・アヤメ』を名乗る少女との接触した直後、激しい揺れに襲われた私は、気がつくとオカ研の部室とは違う場所に倒れていた。
うつ伏せの姿勢で、鼻からは床用ワックスの匂いが、頬と両掌からは木材の感触が伝わってくる。(部室の床は、打ちっぱなしのコンクリートにカーペットだ)
「ン……ここは?」
少しカビ臭い、でも嗅ぎなれた空気が鼻を突く。
起き上がると、埃の溜まった床に、非常口のマークみたいな跡ができていた。当然、着ている制服も薄茶色に汚れている。
「げぇ、洗濯したてだったのに……と、現実逃避してる場合じゃない」
キョロキョロと見回すと、広さは4.5aアール(450㎡)ほどの広い部屋。窓はあるがその向こうは墨汁で塗りつぶしたように暗く、外は見えない。
それでも、暗順応しているお陰か、視野が利く程度には明るく感じる。
まず目に入るのは三方向をぐるりと囲む本棚の列と、そこに収まる大量の本。
次に部屋の中央には木製の長机と椅子が、1卓4脚ずつの6卓。テーブルの間には「王」の形に通路が空けられている。
本棚の無い面は巨大な黒板、それを挟んだ左右に出入り口らしき扉が2つ。黒板の前には、テープや鉛筆立て、貸し出しカード等が置かれたカウンターテーブル。
そして黒板には、『返却期限を守りましょう』『静かに、そして大切に使いましょう』という標語が大きくチョークで書かれ、隅には『今日の日付』と『返却予定日』と書かれたマグネットシートが張られている。(日付の数字部分は、剥がれ落ちたのか空白)
「図書室、だよね?でも、ウチの学校のじゃなさそう」
壁伝いに歩き回って調べてみるが、我が津城高校の図書室とは物の配置が異なるし、黒板もホワイトボードと電子黒板の組み合わせだ。
それに天井を見上げると、部屋の光源はLED照明ではなく、昔懐かしい蛍光灯。壁のスイッチを押すと、数拍置いて頼り無さげにチカチカ明滅してから、ぼんやりと白い明かりを発し始めた。
ついでに、駄目で元々、と扉に手を掛けるが……まぁ、こういう状況でのお約束で、2ヶ所ともビクともしなかった。
とりあえず室内の確認にに戻り、本棚の中身を観ていくと、重そうなハードカバーの図鑑や画集、文学作品ばかり。文庫本も新書の類だけで、ライトノベルが全く無い。
「いつの時代よ?今時『電撃』と『ヒーローズ』は標準装備でしょうに……。まるでタイムスリップしたみたい」
いやそれ以前に、部室から図書室にテレポーテーションしちゃってるんですけどね。
はぁ、とため息を一つ。そして私は結論をだす。
「これはアレね。異空間に閉じ込められるっていう、怪談の定番だわ」
幼い頃、両親と一緒に観た邦画ホラーシリーズが、頭の中で再生される。
終業式の日、掃除の時間にふざけて、ハニワの首をへし折ったり。
林間合宿先で、4月4日の4時44分に、迷いこんだ時計台の機関部にスニーカーを挟んで止めてしまったり。
運動会の二人三脚で転んでしまったり、魔法の合せ鏡に挟まれたり。
何かしらやらかして(あるいはその巻きぞえで)、オバケや妖怪がわんさか居る異空間の学校に閉じ込められる、というパターンだ。
そして私(もとい、十中八九他のメンツも巻き込まれてるだろうから私たち)の場合は、引き金となったのはあのメールと電話だろう。
「なるほど、これが『アヤメール』失踪事件の真相か。……ってぇ!なに冷静に分析してんのよ私ぃ!?独りでどうすりゃ良いのよぉ!」
まぁ、人間というのは自分の脳みそで処理しきれない状況に陥ると、変に冷静になったり、かと思えば急に狼狽したりと、奇行に及ぶ生き物なのです。
と、こんな風に頭を抱えてた時だった。
突然図書室を照す蛍光灯の一つが、ブーンという音を発しながら明滅し始めた。
そのちょうど真下には長机が有り、不規則な明滅は、角の一席を強調しているように感じられた。
そしてその席にぼんやりと、半透明で青白い、長い髪で顔が隠れた女子生徒の姿が現れる。
「ひっ!?(むぐっ……お、おばけ!?)」
思わず悲鳴を挙げかけるが、気づかれないよう、両手でそれを押し殺す。
そして女子生徒から死角になる、机の陰へしゃがんで隠れる。
そこから恐る恐る覗くと、半透明な亡霊は、筆記用具を手にして、何かを書こうとしているらしい。
が、その手元は少し動いただけで、すぐに固まり、やがて呻き声が、私の耳に届く。
―ううぅぅぅぅ!、浮かばない!アイデアが、浮かばないぃ!!―
「アイデア?」
苦悶する様子の亡霊を、私は思わず腰を浮かして注視する。
すると、それに気づいた亡霊と、視線が合ってしまった。
―あぁ?―
「あ、……ど、どうもぉ、お邪魔してますぅ……」
ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!
刺激しないように、か細い声で挨拶しながら、私は、ゆっくり立ち上がる。
すると、意外にも女子生徒は、姿勢はそのまま、穏やかな口調で語りかけてきた。
―あなた、物語は好き?―
「へ?……えっと、自分で書く程度には」
亡霊が親しげに接してくるという状況に思考が麻痺したのか、私は素直に答える。
すると、女子生徒は少し上ずった声で、私に頼み事をした。
―そう♪それは良かった!ねぇ、私、文芸部なの。次の部誌に作品を載せなきゃいけないのだけれど、アイデアが浮かばなくて。手伝ってくれる?―
「あ、はい。私で良ければ(あれ?これって不味い展開では?)」
と、返事をしてから気づいたが、『後悔、先に立たず』。
―うふ、ふふふ。じゃあ、手伝って貰おうかしら!―
女子生徒は不気味な笑い声を漏らし、その上、青白かった身体が、赤色に変わる。
そして、手に持った筆記具(たぶん万年筆)を握りしめ、その手を上に振り上げ叫んだ。
―殺された死体ってどんなのか、観察させてぇ!!―
「ぎやぁぁっ!!やっぱりこうなったぁ!!」
亡霊に返事をしてはいけない。ホラーの鉄則でしょうに、私のアホウ!!
スカートが翻るのも構わずに机に跳び乗り、卓上を駆けてくる亡霊。それに対して、私は、直角に逃げる。
そして、向かって左手側の一枚扉に取りつき、そのドアノブをガチャガチャと乱暴に捻る。
「開いて!開いてよぉ!!」
だが私の叫びも虚しく、ドアは向こう側から施錠されていて開かない。
その間にも、亡霊は黒板の前のカウンターテーブルまで到達し、机の上にあった文具類を黒板側へ弾き飛ばす。紙で滑ったのか、少し姿勢を崩してスキが生まれる。
しかし、唯一の逃げ道である扉が開かないことには、そのスキも無意味。
私は半狂乱になりながら、扉を拳で殴り叫ぶ。
「お願い!開けて!開けてよぉ!」
それで開いたら世話無いわ。と理性では理解していても、私は、ガチャガチャ、ガンガンと、ノブを回して扉を叩く。
そして、体勢を直した亡霊が、カウンターテーブルの上を走って、こちらに飛びかかってくる。
私は、避けることもできず、その場にしゃがみこみ、両腕で頭を庇う。
その時だった。
ガチャ、バン!
「こっちだ!来い!」
開かないはずの扉が奥向きに開き、そこから生身の腕が伸びる。
その腕は私の襟首を掴み、強引に扉の中へと引っ張りこんでくれる。
バリバリバリバリ!
間一髪、私が居た場所に亡霊が突っ込み、後ろにあった百科事典の背表紙が、万年筆に裂かれる。
同時に、私の身体は隣部屋の中へ納まり、扉が閉まる。そして私を助けてくれた誰かは、油断無く即座に施錠した。
しばらく待ったが、追撃がくる気配はない。
それが解ると、恩人は扉から離れ、壁にもたれて仰ぐ姿勢で、息を整えた。
「はぁ、はぁ。『ペンは剣よりも強し』って、そういう意味じゃ無いだろう」
「はぁはぁ、けほけほっ。あ、ありがとう。助かった」
尻餅をついた姿勢で、こちらも呼吸を落ち着かせると、私は、恩人を見上げなから、礼を言った。
その人は、髪を短いスポーツカットで整えた、男勝りな雰囲気の女子生徒。
服装は私と同じ、夏用の白いセーラー服と紺のスカートだが、デザインが少し違う。
だが履いている白いソックスは、ウチの校章が刺繍された学校指定の物だし、バレーシューズの甲には、『3-C 照山』とマジックで書かれている。
3年、我が兄と同じ学年だ。
こんなおかしな状況で生きてる人、それも上級生に会えた事で、自然と気持ちが落ち着いてきた。
「あのっ、私、2年A組の東雲出雲と言います」
「おっと、後輩だったか。これは先輩冥利につきるな。3年C組のテルヤマ・モミジだ。童謡の歌詞みたいだが、本名だぞ」
そう笑いながら、胸についた名札を見せる先輩。字面は『照山紅葉』だった。
と、照山先輩は、私の名前に何か引っ掛かった様子を見せる。
「シノノメ……もしかして、A組のバカマキリ?」
「ぶふっ、同じ学年でもそのあだ名なんだ。はい、そのバカマキリの妹です」
思わず吹き出しながら頷くと、照山先輩は驚く。
「なにっ、妹!?……う~ん、初耳だし、似てないな」
「アレは父親、私は母親に似たので」
「ははっ、それは良かったな。……ところで妹くん、これはどういう状況だ?私は気づいたらここで気絶していて。起きてすぐに悲鳴が聞こえてのアレ、だったんだが」
アレとは、ヒステリックな文学少女の亡霊の事だ。
どうやら照山先輩も、私たちとは別ルートで、この異変に巻き込まれたらしい。ここに居てくれて、本当に助かった。
私は、感謝の気持ちを抱きながら、覚えている限りの事を、先輩に伝えた。