表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

七不思議:図書室の幽霊部員(出雲視点)

*****


 ネット上で噂される、返信すると拐われて殺されるという怪異、『アヤメール』。

 その送り主とされる『クサカミ・アヤメ』を名乗る少女らしきモノとの接触した直後、激しい揺れに襲われた私は、気がつくとオカ研の部室とは違う場所に倒れていた。

 うつ伏せの姿勢で、鼻からは床用ワックスの匂いが、頬と両掌からは木材の感触が伝わってくる。(部室の床は、打ちっぱなしのコンクリートにカーペットだ)


「ン……ここは?」


 少しカビ臭い、でも嗅ぎなれた空気が鼻を突く。

 起き上がると、埃の溜まった床に、非常口のマークみたいな跡ができていた。当然、着ている制服も薄茶色に汚れている。

 

「げぇ、洗濯したてだったのに……と、現実逃避してる場合じゃない」


 キョロキョロと見回すと、広さは4.5aアール(450㎡)ほどの広い部屋。窓はあるがその向こうは墨汁で塗りつぶしたように暗く、外は見えない。

 それでも、暗順応しているお陰か、視野が利く程度には明るく感じる。

 まず目に入るのは三方向をぐるりと囲む本棚の列と、そこに収まる大量の本。

 次に部屋の中央には木製の長机と椅子が、1卓4脚ずつの6卓。テーブルの間には「王」の形に通路が空けられている。

 本棚の無い面は巨大な黒板、それを挟んだ左右に出入り口らしき扉が2つ。黒板の前には、テープや鉛筆立て、貸し出しカード等が置かれたカウンターテーブル。

 そして黒板には、『返却期限を守りましょう』『静かに、そして大切に使いましょう』という標語が大きくチョークで書かれ、隅には『今日の日付』と『返却予定日』と書かれたマグネットシートが張られている。(日付の数字部分は、剥がれ落ちたのか空白)


「図書室、だよね?でも、ウチの学校のじゃなさそう」


 壁伝いに歩き回って調べてみるが、我が津城高校の図書室とは物の配置が異なるし、黒板もホワイトボードと電子黒板の組み合わせだ。

 それに天井を見上げると、部屋の光源はLED照明ではなく、昔懐かしい蛍光灯。壁のスイッチを押すと、数拍置いて頼り無さげにチカチカ明滅してから、ぼんやりと白い明かりを発し始めた。

 ついでに、駄目で元々、と扉に手を掛けるが……まぁ、こういう状況でのお約束で、2ヶ所ともビクともしなかった。

 とりあえず室内の確認にに戻り、本棚の中身を観ていくと、重そうなハードカバーの図鑑や画集、文学作品ばかり。文庫本も新書の類だけで、ライトノベルが全く無い。

 

「いつの時代よ?今時『電撃』と『ヒーローズ』は標準装備でしょうに……。まるでタイムスリップしたみたい」


 いやそれ以前に、部室から図書室にテレポーテーションしちゃってるんですけどね。

 はぁ、とため息を一つ。そして私は結論をだす。


「これはアレね。異空間に閉じ込められるっていう、怪談の定番だわ」


 幼い頃、両親と一緒に観た邦画ホラーシリーズが、頭の中で再生される。


 終業式の日、掃除の時間にふざけて、ハニワの首をへし折ったり。

 林間合宿先で、4月4日の4時44分に、迷いこんだ時計台の機関部にスニーカーを挟んで止めてしまったり。

 運動会の二人三脚で転んでしまったり、魔法の合せ鏡に挟まれたり。


 何かしらやらかして(あるいはその巻きぞえで)、オバケや妖怪がわんさか居る異空間の学校に閉じ込められる、というパターンだ。

 そして私(もとい、十中八九他のメンツも巻き込まれてるだろうから私たち)の場合は、引き金となったのはあのメールと電話だろう。


「なるほど、これが『アヤメール』失踪事件の真相か。……ってぇ!なに冷静に分析してんのよ私ぃ!?独りでどうすりゃ良いのよぉ!」


 まぁ、人間というのは自分の脳みそで処理しきれない状況に陥ると、変に冷静になったり、かと思えば急に狼狽したりと、奇行に及ぶ生き物なのです。


 と、こんな風に頭を抱えてた時だった。

 突然図書室を照す蛍光灯の一つが、ブーンという音を発しながら明滅し始めた。

 そのちょうど真下には長机が有り、不規則な明滅は、角の一席を強調しているように感じられた。

 そしてその席にぼんやりと、半透明で青白い、長い髪で顔が隠れた女子生徒の姿が現れる。


「ひっ!?(むぐっ……お、おばけ!?)」


 思わず悲鳴を挙げかけるが、気づかれないよう、両手でそれを押し殺す。

 そして女子生徒から死角になる、机の陰へしゃがんで隠れる。

 そこから恐る恐る覗くと、半透明な亡霊は、筆記用具を手にして、何かを書こうとしているらしい。

 が、その手元は少し動いただけで、すぐに固まり、やがて呻き声が、私の耳に届く。


―ううぅぅぅぅ!、浮かばない!アイデアが、浮かばないぃ!!―


「アイデア?」


 苦悶する様子の亡霊を、私は思わず腰を浮かして注視する。

 すると、それに気づいた亡霊と、視線が合ってしまった。


―あぁ?―

「あ、……ど、どうもぉ、お邪魔してますぅ……」


 ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!

 刺激しないように、か細い声で挨拶しながら、私は、ゆっくり立ち上がる。

 すると、意外にも女子生徒は、姿勢はそのまま、穏やかな口調で語りかけてきた。


―あなた、物語は好き?―

「へ?……えっと、自分で書く程度には」


 亡霊が親しげに接してくるという状況に思考が麻痺したのか、私は素直に答える。

 すると、女子生徒は少し上ずった声で、私に頼み事をした。


―そう♪それは良かった!ねぇ、私、文芸部なの。次の部誌に作品を載せなきゃいけないのだけれど、アイデアが浮かばなくて。手伝ってくれる?―

「あ、はい。私で良ければ(あれ?これって不味い展開では?)」


 と、返事をしてから気づいたが、『後悔、先に立たず』。


―うふ、ふふふ。じゃあ、手伝って貰おうかしら!―


 女子生徒は不気味な笑い声を漏らし、その上、青白かった身体が、赤色に変わる。

 そして、手に持った筆記具(たぶん万年筆)を握りしめ、その手を上に振り上げ叫んだ。


―殺された死体ってどんなのか、観察させてぇ!!―

「ぎやぁぁっ!!やっぱりこうなったぁ!!」


 亡霊に返事をしてはいけない。ホラーの鉄則でしょうに、私のアホウ!!

 スカートが翻るのも構わずに机に跳び乗り、卓上を駆けてくる亡霊。それに対して、私は、直角に逃げる。

 そして、向かって左手側の一枚扉に取りつき、そのドアノブをガチャガチャと乱暴に捻る。


「開いて!開いてよぉ!!」


 だが私の叫びも虚しく、ドアは向こう側から施錠されていて開かない。

 その間にも、亡霊は黒板の前のカウンターテーブルまで到達し、机の上にあった文具類を黒板側へ弾き飛ばす。紙で滑ったのか、少し姿勢を崩してスキが生まれる。

 しかし、唯一の逃げ道である扉が開かないことには、そのスキも無意味。

 私は半狂乱になりながら、扉を拳で殴り叫ぶ。


「お願い!開けて!開けてよぉ!」


 それで開いたら世話無いわ。と理性では理解していても、私は、ガチャガチャ、ガンガンと、ノブを回して扉を叩く。


 そして、体勢を直した亡霊が、カウンターテーブルの上を走って、こちらに飛びかかってくる。

 私は、避けることもできず、その場にしゃがみこみ、両腕で頭を庇う。


 その時だった。


ガチャ、バン!


「こっちだ!来い!」


 開かないはずの扉が奥向きに開き、そこから生身の腕が伸びる。

 その腕は私の襟首を掴み、強引に扉の中へと引っ張りこんでくれる。


バリバリバリバリ!


 間一髪、私が居た場所に亡霊が突っ込み、後ろにあった百科事典の背表紙が、万年筆に裂かれる。


 同時に、私の身体は隣部屋の中へ納まり、扉が閉まる。そして私を助けてくれた誰かは、油断無く即座に施錠した。

 しばらく待ったが、追撃がくる気配はない。

 それが解ると、恩人は扉から離れ、壁にもたれて仰ぐ姿勢で、息を整えた。


「はぁ、はぁ。『ペンは剣よりも強し』って、そういう意味じゃ無いだろう」

「はぁはぁ、けほけほっ。あ、ありがとう。助かった」


 尻餅をついた姿勢で、こちらも呼吸を落ち着かせると、私は、恩人を見上げなから、礼を言った。

 その人は、髪を短いスポーツカットで整えた、男勝りな雰囲気の女子生徒。

 服装は私と同じ、夏用の白いセーラー服と紺のスカートだが、デザインが少し違う。

 だが履いている白いソックスは、ウチの校章が刺繍された学校指定の物だし、バレーシューズの甲には、『3-C 照山』とマジックで書かれている。

 3年、我が兄と同じ学年だ。

 こんなおかしな状況で生きてる人、それも上級生に会えた事で、自然と気持ちが落ち着いてきた。


「あのっ、私、2年A組の東雲(しののめ)出雲(いずも)と言います」

「おっと、後輩だったか。これは先輩冥利につきるな。3年C組のテルヤマ・モミジだ。童謡の歌詞みたいだが、本名だぞ」


 そう笑いながら、胸についた名札を見せる先輩。字面は『照山紅葉』だった。

 と、照山先輩は、私の名前に何か引っ掛かった様子を見せる。


「シノノメ……もしかして、A組のバカマキリ?」

「ぶふっ、同じ学年でもそのあだ名なんだ。はい、そのバカマキリの妹です」


 思わず吹き出しながら頷くと、照山先輩は驚く。


「なにっ、妹!?……う~ん、初耳だし、似てないな」

「アレは父親、私は母親に似たので」

「ははっ、それは良かったな。……ところで妹くん、これはどういう状況だ?私は気づいたらここで気絶していて。起きてすぐに悲鳴が聞こえてのアレ、だったんだが」


 アレとは、ヒステリックな文学少女の亡霊の事だ。

 どうやら照山先輩も、私たちとは別ルートで、この異変に巻き込まれたらしい。ここに居てくれて、本当に助かった。

 私は、感謝の気持ちを抱きながら、覚えている限りの事を、先輩に伝えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ