遭ってしまった都市伝説
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同日 午前10時
その事件が、いつから始まったのか。
あとから聞いた話だと、行方不明者が出始めたのは、夏休みが始まる前後だったそう。
けれど私たちにとっては、一緒に事件に巻き込まれた深山先生が部室に現れた時が、ソレだった。
「……お、約一名を除いて、みんな頑張ってるみたいね」
「あ、ミヤマ先生」
猛暑の中、少しでも涼しくなろうと開けっぱなしだった入り口で、ショートボブな黒髪の女性がひょっこりと顔を見せた。
深山八重先生。頑張っていない約一名こと、バカマキリの学級担任で、担当教科は国語。そして文芸部の顧問だ。
三連休初日にも関わらず、私たちが部室を使えるように、監督役として出勤してくれている。
(ちなみに、本来のオカ研顧問の吉備弾悟(社会科)は、ナスカの地上絵を観に行って不在)
バカマキリの担任ってだけじゃなく、ウチの両親とも同級生というよしみで協力してくれた深山先生に、自然と頭が下がる。
「今日は、ありがとうございます。先生にも予定があったでしょうに。ウチのバカマキリがホンッとにもう、申し訳ない」
「……スンマセン」
さっきから時計とニラメッコしてるだけだったバカマキリも、さすがに先生には罪悪感を抱いていたらしく、私より深々と謝った。
他の三人も、作業に没頭するフリをしつつ、ペコリと頭を動かしていた。(素直じゃないんだから、皆)
が、先生本人は気にしていない様子で、静かで優しい笑みを浮かべながら、私に告げる。
「ふふ、大丈夫よ。アラフォーの独身女には、三連休なんて、家でテレビ観ながらビール呑むだけの時間だから。ふむ、この様子だと、コレは要らなかったかな?」
と、深山先生は何かを取り出して、独りごちる。
手に持ったのは、ホッチキス留めの冊子。かなり古い物のようで、ページの縁が黄ばんでいる。
「先生、それは?」
「文芸部のバックナンバー。20年前のだけど。私とあなた達の両親、それともう一人で連作を書いたの。題材は『七不思議』。もしネタに困っていたら参考に、と思ったんだけど」
残念ながら、今回のテーマは『アトランティス大陸、サントリーニ島説』に決まってしまっている。
(幻の大陸は海に沈んだんじゃなく、火山の噴火で空に消し飛んだ、って奴ね)
しかし、七不思議と言えばオカルトの定番。『デザートは別腹』理論で、私は冊子を見せてもらう。すると、他のメンバーも興味を抱いたのか集まってくる。
触った感じで、破けやすくなっている表紙をめくると、最初は目次だった。七つの不思議をそれぞれ一つずつ題材にした短編が収められている。
『奥津城高校 七不思議
その一:トイレの赤井花子さん
その二:図書室の幽霊部員
その三:リカの人形
その四:クサカミアヤメからのメール
その五:保健室のペンペン
その六:夜に抜け出すベートーベン
その七:異次元焼却炉 』
いくつかのタイトルは、私たちも聞いた覚えがある。
おそらく先輩から後輩へ、20年以上語り継がれてきたのだろう。
が、馴染みの無い部分も1つ。
「おく、つしろ?」
「『おくつき』って読むの。神道の用語で『お墓』の事。うちの高校の名前と掛けたネーミングね」
「お墓、確かに怪談話にはぴったりですね。……あれ?」
横から覗き込んでいた雛子が、何かに気づく。
「この、その四の『クサカミアヤメからのメール』って、最近うわさになってるアレじゃない?」
「え?……あっ!確かに!」
明雄もそれに追随し、残りの面々はそれぞれ、2人に視線を向ける。
「何よ?アレって」
「え?イズモッチ知らないの?ほら、最近ネットニュースでやってる連続失踪事件の……」
と言われても私は、普段2人が頻繁にチェックしてる「掲示板」なる交流サイトを利用していないし、ニュースは報道番組か新聞でしかチェックしない。だから、ネット上の話題には疎い。
深山先生や日暮ちゃんも同じ様子だが、バカマキリは心当たりがあるらしい。
「このハザマ市周辺で、行方不明者が相次いでいるって話かね?男女問わず、交流も有ったり無かったり、場所も時間もばらばら。共通点はほとんど無い人間が、突然消えるらしい」
言われてみれば、最近その手の報道をよく目にしている気もする。
「でも共通点が無いなら、連続失踪とは言えないんじゃ?」
私が呟くと、雛子がスマホを操作しながら言い返す。
「そうそれ!テレビや新聞じゃ触れてない、SNS限定の情報が出回ってるのよ。それが……コレっ!」
そして見せられた画面には、黒い背景に赤い飛び散ったデザインのまとめサイトが表示されていた。
内容を要約すると、こういうことらしい。
・先月中頃から、ハザマ市で、若者を中心に行方不明者が続出している。
・時間も場所もバラバラで、被害者同士も交流がほとんど無い赤の他人。
・唯一の共通点は、現場に残された携帯端末に、『クサカミ・アヤメ』という相手からのメールが届き、それに返信していたこと。
・『クサカミ・アヤメ』からのメールに返信してしまうと、異世界にさらわれ、殺されてしまう。
・逆に返信せずに放置すると、いつの間にかメールは消えて助かる。
「ハァ、まさにオカルト、な話ね。でもこれ、七不思議と関係ある?」
「『クサカミアヤメからのメール』だと長いから、いつの間にか『アヤメ』と『メール』で『アヤメール』って名前が付いたのよ」
「え?俺は返信した相手を殺す、『”殺める”メール』だから『アヤメール』って聞いたぞ?」
つまり、これもオカルトあるあるな、由来は諸説あり、て奴ね。
「もしかして、『この話をすると、そのアヤメールが届く』なんてオチだったりする?」
「「正解」」
明雄と雛子は、声を揃えて言った。
すると、深山先生は深いため息と共に、呆れたと、呟く。
「はぁ、私も昔はそうだったから、あんまり説教できないけどね。行方不明者が相次いでるのは本当なんだから、こんなネタで盛り上がるのは不謹慎よ」
「え?そうなんですか?」
「県教委(県の教育委員会)から通達が回って来たのよ。三連休中は生徒の動向に留意するように、て。まぁ、津城高の周辺では発生してないから、措置を講ずるまでいかなかったけど」
念のため早めに帰るように、と、そう言って深山先生は部室から出ようとした。
けれど、そのときだった。
―ppp、You gatta mail!
―オニーチャン、メールダヨ!オニーチャン、メールダヨ!
―prrrr、prrrrr
―デデーーン、サトウ、ラリアット!
―brbrbr、b-brrrr
―オジョウサマ、メールデゴザイマス
この場にいる全員の携帯端末から着信音が鳴った。(ちなみにその主は、深山先生、バカマキリ、私、明雄、雛子、日暮ちゃんの順ね。……バカマキリはあとでシバく!)
「え、なんで?マナーモードにしてあったのに」
私はビックリしながら、スマホを取り出して電源ボタンを押す。
そして、待受画面を見て凍りついた。
「うそっ!?……アヤメ……クサカミ?」
画面の中央には、メールを受信したという通知が表示されており、その中の差出人は
『Ayame-kusakami@###.ne.jp』
件名は無題で、普段は一部だけ確認できる本文部分は、『たすけて』の四文字だけ。
そして右上を見ると、端末はちゃんとサイレントマナー、つまり着信音も振動も発しない設定になっていた。
「っ!こ、こっちもだよ……」
「私も!」
「だ、だれだよ。こんなドッキリ仕掛けたのは!?」
どうやら、他の皆にも同じメールが届いたらしい。
タイミングがタイミングだけに、部室内は嫌な空気が広がっていく。
「い、いたずらよ、いたずら!そ、それに、返信しなけりゃ大丈夫なんでしょ!削除よ削除!」
私はとっさの判断で、メールを開くことなく、削除を試みる。
受信ボックスを開いて、右上の選択アイコンをタップして、未読マークのついたメールを選んで、最後にゴミ箱アイコンをタップして……
普段なら無意識でやる手順を、一つ一つ丁寧に進める。指先から変な汗が出ているのか、画面の変遷が悪い。でもそれを気にする余裕もないまま、私はメールを削除した。
すると、画面には削除を完了したとの通知が出た。
私は安堵のため息を吐き、皆に向けてスマホを掲げる。
「ほら、ただのいたずらメールじゃない。もう、ヒヤヒヤさせn(prrrr、prrrrr)ひっ!?」
10秒も経っていないのに、鳴るはずのない着信音とバイブルが再び鳴動し、私は思わず端末を放り投げてしまう。
画面が上を向いて床に落ちた端末には、さっきと同じ『Ayame-kusakami』からのメールの受信を知らせる通知。
けれど、今度は件名が無題ではなかった。
『いたずらじゃ、ないよ?』
皆、自分の携帯端末を手にしたまま、恐怖に表情を固くして私のスマホを囲んで佇む。
場の空気に耐えられず、私は叫ぶ。
「ふ、ふざけないで!」
「ちょっ、イズモッチ落ち着こ?」
雛子が止めるのも聞かず、私はスマホを拾い上げると、待受画面のまま、電源ボタンを乱暴に長押しする。
8秒後、電源が切れたスマホの画面に、私たち6人の顔が映る。
けれど、その直後、
brrrrrrrrrr!
私の手の中で三度目の鳴動が起こり、あり得ない速さでスマホの電源が復活する。
そして、待受画面には、あのメールがまた届いたという通知。
「あ、あぁ……どうしよ、どうしよこれぇ……」
私は半泣きになりながら、助けを求めて皆に端末を押し付けようとしてしまう。
すると、手の中のスマホから、ノイズ混じりの声が発せられた。
<<(ZZーーー)もー、しつこイなぁ。メール受ケ取ったナら、さっさトこっちに来テヨ!通信費ガかさんジャうでしョ?>>
「だ、誰かね?きみは」
応答したのは、バカマキリだった。
気がつけば、倒れそうになっている私を、後ろ手に支えてくれていた。
すると、同じ声がまた、私のスマホを経由して語りかけてくる。
<<わタしは、クサカミ・アヤメ。ねぇ、ワたしを助ケてヨ!>>
「た、助けるとは?」
肩を通じて、私を支える手が震えているのが解った。
この状況を恐れながら、兄さんは頑張ってスマホの向こうにいる、自称クサカミ・アヤメと対峙していた。
<<わタし、こコに閉じ込メラれてるノ。その犯人ヲ探して欲しイの。お願イ、助ケて!>>
「だ、だめです部長!ウワサ通りなら、殺されてしまいます!」
日暮ちゃんがそう言って、私の手からスマホをもぎ取ろうと手を伸ばした。
しかし、彼女の勇気を嘲笑うかのように、クサカミ・アヤメは言った。
<<アハハ♪もう遅いヨ!だっテあなタ達、私の電話ニ応答しチャったんダもノ!>>
「はぁ!?そんなのありか!?」
明雄が叫んだ、その瞬間だった。
ゴゴゴ、ガーーーン!
オカ研の部室が大きく揺れ、私たちは身構える間もなく、それぞれその場に倒れ込む。
「きゃあ!?」
「おわっ!?」
「あっ、アッキーぐぇっ!」
「皆、しゃがんで……きゃっ!?」
「あぶない!日暮くん!」
「やっ!ぶ、ぶちょ……」
明雄と雛子がぶつかり、先生が尻餅をついて、前のめりに倒れる日暮ちゃんを兄さんが受け止めて。
そこまで目にした私は、仰向けにひっくり返り、そして視界が暗転する。
意識が無くなる直前、クサカミ・アヤメの声が聞こえた気がした。
<<アハハハ♪さぁ、犯人探しノ始マりよ!そレと、……皆から上手く逃げてネ>>