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押してしまった締切日

仮想202x年 8月13日 

日本 某県某所 ハザマ市

県立津城(つしろ)高校 クラブ活動棟内


 季節は夏、付け加えると夏休み期間中、更に詳しくは、お盆休みの初日。入道雲が遠くに見えるものの、強い日差しが地面と空気を焼く晴天。

 普段なら野球部の掛け声が轟くグラウンドも、吹奏楽部のチューニングが響く校舎も、今は静まり返っている。

 聞こえてくるのは、学校の敷地を囲む並木に留まったセミの合唱だけ……


「諸君っ!やる気はあるのかね!?」


 訂正。もうひとつ、とあるオカルト研究部長の叫び声が、部室内に響き渡る。


 入室して早々に怒鳴り、その場に仁王立ちするソイツ、東雲(しののめ)八雲(やくも)は、逆三角形が二つ並ぶデザインの眼鏡を押さえながら、先に来ていた4人の部員たち(つまりは私たち)を一瞥し、更に続ける。


「解っているのかね?締め切りまで、今日を入れてもあと3日しかないのだよ!?だから休日返上で集まったんだよ!?」


 鼻息荒く、前のめり気味に説教するその姿は、父親譲りのほっそりした顔つきとメガネの相乗効果で、天敵を威嚇するカマキリの様。

 そんな彼に、部員の1人、二年生の春芽(はるめ)明雄(あきお)は、持参の怪奇マンガから目を離さず反論した。


「しっかし部長ぉ。部活動とは名ばかりな、自堕落な日々を過ごしてきた俺たちに、『3日で300ページ埋める』なんて不可能です。『エクス・ニヒロー(無からは)ニヒル・フィト(何も生まれない)』ですよ」

 

 さらにその背後から、同級の女子、長志(ながし)雛子(ひなこ)も、ホラー映画が再生されているスマホを片手に、明雄に賛同する。


「そもそも、アタシとアッキーは挿し絵担当だし。本文担当のイズモッチが仕上がらないと、アタシら仕事できませーん」


 それも先人たちの残した部誌のバックナンバーなどが納められた、山積みの段ボールをベッド代わりに寝そべって……。


「・・・はぁ」


 眉間に深い皺を作り、落胆するカマキリ、もとい部長。

 ったく。明雄のマネする訳じゃないけど、『後悔先に立たず』よ。

 先月の末に「一度ミーティングした方がいいんじゃ?」と私が提案した時に頷いていれば、こうは成らなかったものを……。

 私はキーボードを叩きながら、心の中でそう毒づいた。


 とまぁそんな感じで、バカなカマキリ、略してバカマキリの言葉で活が入った者は誰も……


「も、申し訳ございません部長!不肖日暮(ひぐれ)浅学菲才(せんがくひさい)ながら資料を集め短編に取り組みましたが、ご期待に沿える作品は未だに……。しかし今日中には必ずや!」


 訂正2回目、1人だけいた。

 我がオカ研で唯一の一年生、日暮イブちゃんが、涙目でバカマキリに何度も頭を下げる。その度に、後ろで括った三つ編みが尻尾のようにパタパタする。

 そんな彼女の姿(主に三つ編みパタパタ)に心打たれたらしく、バカマキリは胸を張り、次のように宣った。

 

「日暮クン……(グスン)。だいじょーぶ!我がオカルト研究部には、我が(まい)という最強のオーパーツがある!」

「誰がオーパーツかっ!?あんたらが怠けてるだけでしょうが!」


 たまらず私は、原稿を書き込む手を止めて、バカマキリにツッコミを入れる。


 と、お鉢が回ってきたので自己紹介。

 私の名前は()()出雲(いずも)。察しの通り、バカマキリこと八雲部長の妹だ。

 兄妹と言っても、私は眼が良いので、眼鏡はかけてないし、遺伝子も母親の方が強く働いた。(よって、断じてカマキリ顔ではない)

 学年は二年生。オカ研では、さっきから好き勝手言われている通り、専ら部誌の文章を担当している。

 というか、まともな日本語の文章を書ける奴が、この部には私と日暮ちゃんしか居ない。

 明雄と雛子の2人は、絵は上手いが文章はからっきし。口語と文語がごちゃ混ぜな怪文書を生み出すレベル。

 バカマキリはと言うと、語彙やオカルト知識の引き出しは多いくせに、そこから物語や論説を捻り出そうとすると、一気に小学生レベルまで退化するという、ある意味オカ研らしい『UMA(未確認生命体)』だ。


 え?そう言うお前はどうなのか、って?……まぁ、実写化もされた某マンガの破天荒女子高生レベル、だなんて自惚れはしない。

 年相応、国語でオール5の成績というのが、私の実力だ。(因みに日暮ちゃんは、少し及ばずの平均4.5)


 で、結局何がどうなっているのか、この文章を読んでくださっている読者の皆さんには伝わり辛かっただろうから、補足説明を。


 私たちの高校では、夏休み明けに地域へ向けた「作品展」が開かれる。

 覚えのある人には、小学生が体育館で工作や自由研究を展示したアレ、と言えば伝わるかな?

 津城高校の「作品展」は、それよりもっと規模の大きい、プチ学園祭の様な物。作品も、概ねクラブ毎での展示となる。(実際、いくつかの部は学園祭の予行練習として参加する)。

 で、我がオカ研は毎年、この「作品展」で部誌の配布を行っている。

 内容は、オカルト研究・・部らしく、世界の伝承や都市伝説について、真面目な考察を入れる、という物。

 過去のバックナンバーから紹介すると、


『妖怪「ヒダルガミ」の正体はCO2中毒』

『宗教でブタが穢れてるとされる原因は寄生虫』

『口裂け女の正体は、金銭的な余裕の無い母親が、塾に行きたがる子どもに吐いた嘘』


 こんな感じ。(まぁ、本業の研究者からはメチャクチャダメ出しされるような代物だけど、そこは高校生クオリティと言うことで)

 そして、部誌の配布量と来年度の新入部員の数は比例すると言う、謎のジンクスが我がオカ研には存在する。(去年は私だけ。今年は明雄と雛子と日暮ちゃん)

 

 それだけ大事な、だーいじな部誌なのだが、今年はバカマキリが吠えた通り、未完成という窮地に陥っている。

 それも、この「お盆の三連休」明け()()に、「作品展」用の見本を学校に提出しなければ、配布が許可されない、締め切り直前の状況でだ。

 他の部は全て、遅くとも昨日の内に提出を終え、展示や発表の許可を取得し、この三連休を先祖の墓参りや青春の謳歌に有効活用しているだろう。だが、私たちオカ研は部長の一声で、こうして休日返上させられている。


 まったく、こうなった元凶はバカマキリだけど、明雄と雛子 も、もう少し危機感を持って欲しいとは、私もちょっと考えている。

 なので、上書き保存のアイコンへカーソルを合わせ、最後にタッチパットをタンッと叩き、私は皆に告げる。


「メインの原稿は完成したわよ。明雄と雛子はすぐにイラストお願い。欲しい場面には「(コメマーク)」仕込んであるから」

「おう、やっとか。ヒナ、ちょっと降りてこっち来てくれ」

「アイサー。(トンッ)えーと、……サントリーニ?ギリシャかぁ。同人誌の資料使えるかな?」


 携帯端末をペンタブに持ち換えて、2人は作業に取りかかる。


「バカマキリはプリンターのセット。表紙は最後に刷るから紙の色に気を付けてよね。日暮ちゃん、どれくらい出来上がってるの?私も手伝うわ」

「なぁ、妹よ。そのバカマキリと言うのはやめてくれないか?」

「やめて欲しけりゃ、もっと前から締め切り気にしろ」

「あ、あの、出雲先輩。『書きなぐり』ですが、これ……」


 日暮ちゃんが原稿を見せてくれたので、私は彼女の隣に座り、添削していく。

 バカマキリ?んなもん無視無視。


*****

さて、唐突ながら、私は『言葉』という存在が好きだ。恋慕している、とも言える。

 人間は『火』を覚えて劇的に進化したと世間一般では考えられているが、私見としては、真に進化を促したのは『言葉』だ。

 微妙に異なる音の組み合わせ、直線や曲線の組み合わせ。たったそれだけで、世界の全てを表現し、定義できる存在。

 色、形、位置、音、臭い、味、触り、感情、時間、数、出来事、現実、空想。

 言語によって差異はあれど、全ての情報は『言葉』に変換できる。

 例えば「きく」という平仮名二文字だけでも、漢字と英語にすれば、「聞く(Hear)」「聴く(listen)」「効く(work)」「利く(act)」「(mum)」etc.と、幅広い事物を表す事ができる。

 人間は『言葉』を使い、世界を知り、それを伝え広め、理解することで進化することができたのだ。

 その力は、まさしく神霊の領域。故に太古の人々は、それを『言霊(ことだま)』と呼んだ。

 

 でもそれ故に、私はもう一つ、怖いという感情も抱いている。

 万能であるということは、害悪にもなるということ。『言葉』は人に進化と同時に『破滅』をももたらしてきた。

 それが、「嘘」あるいは「偽り」、世間に広く知られる表現だと「フェイク(fake)」だ。

 

 実際には発生していない事件、現実には起こり得ない事象、事実と異なる先入観、無実の人間へ擦り付けられた冤罪、いわゆる「フェイク・ニュース」。それらは「オカルト」とは全く違う、許されない「害悪」だ。

 事実を歪め、人を傷つけ、酷い時には街や国を崩壊させる。

 呪まじない、カースト、魔女裁判、人種差別、ヘイトクライム。

 呼び方は違えど、人は太古の昔からその「害悪」と共にあった。

 そして、現在でも……。


 なぜ800字近くも使って、こんな話をしたのか。

 それは、私たちがこれから巻き込まれる、ある事件の根幹に関わる事だから。

 『言霊』、言葉の持つ力。それが悪意に染まった時、世にもおぞましい怪異が生まれた。


 閉じられた廃校。『クサカミ・アヤメ』の怨霊。

 具現化する七不思議。そして、悲しい真相。


 私たち、オカルト研究部が体験した怪異譚を、これから語っていこう。

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