二話 聖女、アリア・ロスチャイルド
サキカ・アクスロイドは、目の前の光景に唖然とした。
「ははあ、めちゃくちゃ人多いですねぇ」
「たしかに、これは多いわね......」
進級生が続々と集まる外は、さすがは王立魔法学院というのだろうか、ぎゅうぎゅうになっている。
メイドのネモも顔をしかめながら、辺りを見る。
「これじゃあの子達がいるかわかんないな......。どこにいるんだ?」
「あれ、お嬢様、誰探しているんですかあ?」
「言ってなかった?私の友人の、アリ」
「サキカ!!」
サキカがいいかけたその時、一人の少女がサキカにぶつかってきた。
「どうわぁあああぁっ!!っなに!?何が起きて...」
「サキカ!ごめんなさい、ぶつかってしまって!怪我はない?」
「って、アリア?いや、怪我はないけど」
アリアという名前を聞いて、ネモは目を見開く。
「アリア......。ああっ!聖女のアリア・ロスチャイルド様ですよね!」
「そんな、聖女と言っても私はまだ遠く及びませんし」
アリア・ロスチャイルド。茶色の髪に透き通った水色の瞳。柔らかな笑みを浮かべた彼女は、ラスクリード王国の聖女だ。
聖女の中でも、さらに使えるものが少ない高度な光魔法を得意とし、聖女の中でもトップクラスの称号『大聖女』の有力な候補でもある。
「しかもまだ十三歳なのに、去年飛び級でここに入学したんですよね!さすが聖女様というべきか......」
「ちょっともう、ネモったら相変わらずうるさい」
「ええぇ、すみませぇん」
しょんぼりしたネモをアリアが慰める。
「大丈夫ですよ、ネモさん。私のことを褒めてくださって嬉しいです!」
「アリアさまぁ......!」
「はいはい、そこまで。ところで、あいつは?まだ来てないの?」
感激しているネモを放っておき、サキカはアリアに尋ねる。
「ああ、そういえば。まだなんでしょうかね?」
「うーん、もしかしたらもう中入ってるのかも。とりあえず、クラス表見に行く?」
「そうしましょう」
◇◆◇
クラス表が貼ってある壁に向かうと、更に人が増えていた。ただ人が群がっているだけではなく、誰かを囲んでるようだ。
ネモが目を細めながらぱたぱたと足でジャンプする。
「おわぁ、人たくさんですねぇ、ちょっと様子見てきますぅ」
「よろしく。…それにしてもなんなのこの人だかり…」
「でも見に行くしかないでしょう?」
「だね......。通れそうなとこは…だめだ、なさそう」
「どうしましょう?」
その時、ちょうど見に行ったネモが早足で帰ってきた。
「駄目ですねぇ、なんか誰かを囲ってるみたいですぅ。それでこんなにいっぱい人がいるようですよぅ」
「もう何なの、こんなところで集まるなんて、もっと違う場所で群がりなさいよ」
「お嬢様ぁ、虫が群がるみたいな言い方しないでくださいよぅ」
「ちょ、ちょっと、僕は人を待ってて......」
(ん?)
聞いたことがある声だった。
「この声ってもしかして」
生徒たちをかき分けるようにして進んだ先には、大量の女生徒に言い寄られている男子生徒がいた。
「王子殿下ぁ、今度私の家にぜひおいでに......」
「いえわたくしのところに!王家教育について語り合いましょう!」
「いやだから僕は」
「アオイ殿下!」
「アオイ様!」
鬱陶しそうな顔をしていた男子生徒は、呼びかけたサキカたちの顔を見て、目を見開く。
「アリア!」
「アリア様ですって!?」
「なんですって、アリア様が!?」
女生徒の間にざわめきが広がる中、アリアは男子生徒の前で膝折礼をする。
「久しぶりでございます、アオイ殿下」
アオイ・ラスクリード。その名の通り、ラスクリード王国の第一王子、そしてアリアの婚約者でもある。 成績優秀で、まさに才色兼備と言えるような存在だが、モテているにもかかわらず彼は、アリアしか愛していないため全ての女性の相手を断り続けている。
「ああ、久しぶりだね」
「国の若き太陽、アオイ殿下に祝福を。アクスロイド家のサキカ・アクスロイドでございます」
「メイドのネモでございますぅ」
「サキカさんか。去年は色々迷惑をかけたね。その......、僕とかアリアとか」
「...いえ、気にしておりませんので。覚えていてくださり光栄です」
ちらりと横を見ると、すでに取り巻きの女生徒たちは去っていた。
「それじゃあ、僕はここで失礼するよ。またね、アリア」
「はい」
ぺこりとお辞儀をして顔を上げた二人は、再度辺りを見渡す。
「やっぱりいませんねぇ……」
「うーん、もう上行っちゃう?」
「そうしましょうか」
「あっ、そうだ。その前にクラス表」
ラスクリード王国魔法学院には、二つの組分けがある。一つ目はβクラス。一般的な学力を持った生徒で、一番人数が多い。二つ目はαクラス。βクラスよりさらに成績が高く、ごく少数の者しか入ることができない。
「そうね。ええっと…、私はいつも通り、αクラスだわ。サキカは?」
「私も。まあずっとおんなじクラスだし、そんなに特別感もないけど」
「何言ってるんですかお二人とも!αクラスなんて上澄みの上澄みなんですからねぇ!そんな当たり前みたいに言わないでくださいぃ!」
先ほどまで静かだったネモが急に声を上げる。サキカはその声の大きさに顔をしかめる。
「だからうるさいってば。分かった分かった、じゃあもう私たちは教室に行くから、それでいいでしょ」
「んむぅ……」
ぶつくさいい続けるネモを後ろに、サキカとアリアは教室へ向かった。