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13.好きということ、楽しむということ(1)



 二ツ森先輩がキラキラとした目で、愛音のことを見つめていた。


「なんですか、その目は」


 視線と声で威圧感を出してみたけれど、例の如く二ツ森先輩にはまったく効いていなかった。希望に満ちた目で見つめながら、オレンジジュースを飲んでいる。


 ジャズ喫茶に連れて行かれた次の日の日曜日。高校最寄駅付近のファミレス。


 エアコンから出てくる冷たい風が、愛音の後頭部に直撃して肌寒い。出かけ際に、羽織る用にとカーディンガンを持たせてくれたお母さんに感謝する。


 対面に座っている二ツ森先輩にはもろに風が当たってるはずなのに、全然気にしない様子で、むしろ、暑いとでも言わんばかりにTシャツの首の部分をパタパタとさせていた。つくづく思うのだけど、二ツ森先輩は他の人とちょっとズレてる。すごく変な人だ。


 だけど、その変さを凌駕するほどの愛嬌を二ツ森先輩は持っていると思う。集団生活において変であるということは、マイナスになる。クラスメイトに避けられる要因になるし、陰口を言われるきっかけになってしまう。だから、みんな変な人と思われないように、必死で普通の人のように取り繕う。人と違うことは極力しない。コミュニケーション能力が低く、友達が少ない愛音ですら、変な人という烙印を押されないように努力している。


 クラスに仲良い友達がほとんどいないとはいえ、吹部の子がいないグループに入って、お昼ご飯を一緒に食べたり、駄弁ったりしている。こないだだって、


「よく来るあの先輩は誰なの?」


 って聞かれて、それをきっかけに話を盛り上げた。何時間も拘束される教室の中で一人でいることは、それなりにキツい。だから、変な人にならないように頑張ってきたのに。


 目の前の先輩は、変であることを隠そうともしなければ、ありのままの姿を見せつけている。


 これって、男女の差なんだろうか。それとも天性のもの?


 二ツ森先輩が不敵な笑みを浮かべている。顔に当たる視線が痛い。新しいおもちゃを買い与えられた子供みたいに純粋な視線が、愛音の顔に穴を開ける勢いでぶつかってくる。


「そんなに見つめないでください。なんなんですか」


「いやぁ……。まさか時松さんから呼び出されるなんて思わなかったから、嬉しくって」


「それ、さっきも聞きました。あの、あたしの話、聞く気あります?」


「あるある! めちゃめちゃあるよ! それで、なんで呼び出してくれたのかな?」


 あまりの勢いに愛音は思わず身を引く。


 昨夜、確かに二ツ森先輩を呼び出した。

 


『ジャズ研のことで話があります。会ってお話ししたいんですけど、空いている日はありますか?』


 窓とドアが開きっぱなしの愛音の部屋で、ベッドの上に横になりながら、愛音はインスタのDM(二ツ森先輩とのトーク画面だ)を開いていた。伝えたいことがあったのだ。


『ジャズ研のことって? もしかして、ジャズ研に入ってくれる気になった?』


『いいえ。それはまだ。でも、その件についてご相談したいことがあるんです』


 我ながら怖い文面だなと思う。友達や吹部の先輩たちに送る文面とは違う堅苦しく重い文章。普段はこういう文章を好まない、というより、使いたくない。だって、句読点のついた文章って怒ってるみたいで怖いし、自分の感情がうまく伝わっていない気がするし、絵文字のない文章を送られたら、相手がなにを考えているのかわからないから。


 だけど、二ツ森先輩にはなぜかこういう文を送ってしまう。距離感がわからないからかもしれない。


『そっかそっか! 相談なんて、なんでも乗っちゃうよ! それなら早い方がいいよね? 明後日のお昼休みとかはどう?』


『お昼休み大丈夫です』


 ここまで打って、指を止める。そして、文字を削除した。窓から湿った夜風がサーっと通り過ぎた。


『明日って、空いてたりしませんか?』


『明日? 明日って日曜日だよね? オレは空いてるけど、日曜日だよ? 明日でいいの?』


 二ツ森先輩のくせに一丁前に気遣えるなんて。ちょっとした驚きだ。この気遣いを勧誘の時に見せてくれてればよかったのに。でも、そうしたら、ジャズ喫茶に行かなかったかもしれないから、あの時は強引で良かったのかもしれない。


『明日で大丈夫です。迷惑を承知でお願いしたいのですが、かのん先輩や久島先輩も誘っていただけませんか? 昨日、連絡先聞きそびれてしまって……』


『OK! アイツらも多分空いてると思う! 誘っておくよ!』


『ありがとうございます。よろしくお願いします』


 ここで一旦、やり取りが途絶えた。愛音はコロンと寝返りを打つ。目の前にウサギのイラストが描かれたクッションが現れた。


 ……なんで明日なんて言っちゃったんだろう。


 ふっと息を吐く。冷静になって考えてみれば明後日でも良かったのに。


 先ほど聴いたジャズの音色が耳の奥で微かに揺れている。愛音は興奮していた。胸のドキドキが止まらなかった。誰かに自分の感情を吐露したかった。だから、急いてしまった。


 本当は帰り道にもう少し先輩たちと話せれば良かったんだけど……。


 感動的な演奏(言葉にするとどうも安っぽくなってしまうが、感動的な演奏という以外なんて言葉にしたらいいかわからない)と演奏家たちの楽しいトークが終わった後、ジャズ研のメンバーは現地解散となった。


 最高の演奏を見せてくれたトランペッターの奥谷輝正さんと話したかったり、かのん先輩に感想を共有したかったけど、できなかった。突如現れたトランペットが吹きたいという欲望を飲み下せなかったし、その欲望に向き合うための勇気もなかった。それに、ジャズ研のみんなや、他のジャズファンの方々の熱した雰囲気に馴染めず、愛音は終わってすぐにジャズ喫茶を後にしてしまったのだ。そのことがとても心残りだった。


 あの時、勇気を出していれば。あの時、変なプライドを捨ててジャズ研のみんなの輪の中に入っていれば。あの時……。


 ティロリン。


 スマホが通知音を立てる。


  『二人とも空いてるって! 明日の十一時半、駅前のファミレスで待ち合わせでいい?』


『大丈夫です。では、明日、よろしくお願いします』


 スマホを横に置き、もう一度寝返りを打つ。


 勢いで誘ってしまった。この行動力がさっきあればよかったのに。


 覆水盆に返らず。終わってしまったことを後悔しても仕方ない。だから未来で後悔しないように現在の行動を起こすのだ。

 


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