第二章 運命の出会い?
プロローグ
十二体の凶魔を撃退した己敦達の目の前に、全身黒ずくめの男が突如として現れた。
実技館の扉の鍵はしっかり施錠されていた。崩壊した天井から凶魔以外に侵入してくる物は確認されていなかった。
にも関わらず、男はステージ上に座っている。一体どういう事なのか。
「い、いつの間に!?」
「ど、どうやって!?」
マルと未来霞が驚きの声を漏らす。
「お前は、何者なんだ……!?」
己敦が男に問うが──、
「特にそこのお前。剣魔法の後継者みたいだな。三人の中で一番強い。が、それだけだ」
「「「っ!?」」」
黒ずくめ男は己敦の問いには答えなかった。その変わり、愉快そうに話し出したが突然、無感情な表情を浮かべ冷徹な目で三人を睨みつけた。
その睨みに、三人は金縛りでもあったかのように体が硬直し、動けなくなってしまった。足はガクガクと震えている。三人はすぐに理解した。自分達は目の前の男に恐怖を抱いていると。
「お前の強さは ”ただ強い” だけでなんの面白みもない。女の方はまぁ、一般的な魔導者って感じだな。チビは支援魔導者なんだろうな。そんなもん、って感じだ。だが、後継者のテメェは駄目だ。つまんねぇ。見てて腹が立ってくる」
黒ずくめの男は、ステージ上をうろつきながら三人を分析していく。
「剣魔法の後継者だから期待していたんだが、とんだ期待外れだったな。もういいや。ここにいる全員、死んでくれ」
そう言った瞬間、黒ずくめの男はステージ上から姿を消した。
「「「っ!?」」」
「ど、どこに行ったの!?」
一体、黒ずくめの男はどこに消えたのだろうか。
黒ずくめの男が突然いなくなったので、三人は慌てて周りを見渡す。しかし、全く見当たらない。
と、その時──、
「っ!? マル、危ねぇ!」
「っ!?」
突然、己敦がマルを突き飛ばした。マルは勢いよくコケてしまう。
「ぐっ!?」
己敦がなぜ急にマルを突き飛ばしたのか。それは苦しげな声をこぼした己敦の方を見た事でマルは理解した。
「…………なぜ察知できた? 俺の動きは目には視えなかったはずだ」
マルの視線の先には、お互いの剣をぶつけ合う己敦と黒ずくめの男がいた。己敦はグレイトフルソード。黒ずくめの男は……イソギンチャクのような剣を持っていた。
「分かんねぇよ……でも、昔から感覚が敏感らしくてな。他の人が分かんない気配とかがよく分かるんだ……!」
黒ずくめの男の力が強いのか、己敦のグレイトフルソードはカチャカチャと甲高い音が鳴っている。己敦の腕は限界が近づいているのかプルプルと震えていた。
「ふん。特殊能力ってか? ま、そんなのどうでもいい。お前らは、ここで死ぬんだからな」
「ぐっ……ぐあ!?」
己敦は黒ずくめの男の力に負け、突き飛ばされてしまう。少し離れた場所で尻餅をついてしまう。
「己敦君! はっ!?」
「まずはお前からだ」
黒ずくめの男は一瞬で未来霞との距離を詰め、禍々しいイソギンチャクのような剣を未来霞に向かって振りかぶった。
未来霞は魔法を発動しようとしたが、剣の速度には到底敵わない。未来霞は諦め目を瞑る。しかし、その剣が未来霞に振り下ろされる事はなかった。なぜか。それは──、
「み、己敦君……?」
「未来霞、大丈夫か……!?」
己敦が再び黒ずくめの男の剣を受け止めていた。
「あそこからここまで一瞬で移動したのか……ハッ。中々面白いかもな」
「……?」
黒ずくめ男は剣を交えながら、不敵な笑みを浮かべた。と、己敦としっかり目を合わせ──、
「お前を殺すのは、やめだ」
そう言って黒ずくめの男は、剣をゆっくりを下ろしてしまった。
「……?」
それに合わせ、己敦も困惑しながら剣をゆっくりと下ろす。
「そんなに戸惑うな。殺さないって言ってんだ。もうちょっと喜べよ」
黒ずくめの男は、歩きながら己敦から距離を取る。そして──、
「お前以外の奴らは殺すけどな」
「っ!?」
黒ずくめの男はそう言った瞬間、姿を消してしまった。
「ど、どこに行った!? マル! 未来霞! 気をつけろ! あいつはお前らを狙っている!」
「「分かった!」」
三人は先程よりも警戒を強めた。
さっきは己敦の近くに現れたので、気配をしっかりと察知できたが、マルや未来霞の方に行かれてしまうと気配を察知できない。よって、それぞれが警戒を強めるしかないのだ。
三人は辺りを見回している。その表情は真剣そのもの。
と、その時──、
「キャッ!?」
「「「っ!?」」」
三人から離れた場所、実技館の端に避難していた学院生の一人が悲鳴を上げた。
三人が悲鳴のした方をに顔を向けると、そこには黒ずくめの男が女子学院生に剣を突きつけていた。
「っ──!? やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
己敦が黒ずくめの男に向かって駆け出そうとした瞬間、黒ずくめの男はなぜか後ろへ跳躍していた。
「──?」
己敦達は何が起きたのかの分からず、女子学院生の方を見る。すると、そこには制服を着た男子学院生が立っていた。
「あの人は……?」
「あの人は……! 学院最強にして、全魔導者の憧れ、たった二年でこの世にある魔法をほとんど会得した魔導者。暗黒魔団リーダーの暗黒先輩……!」
未来霞が、驚きの中に興奮が混じった声音で呟いた。それを聞いた己敦、マルの二人は──、
「そ、そんな凄い人が……」
「助けに、来てくれた……?」
暗黒と呼ばれる男子学院生の方をボーっと見つめていた。
「大丈夫か? 怪我は?」
「だ、大丈夫です、ありがとうございます!」
暗黒に抱きかかえられていた女子学院生は、顔を真っ赤にしながら暗黒の問いに答えた。
「そうか。ならば下がっていてくれ。危険だ」
「は、はい!」
女子学院生は、慌てて暗黒から離れ、他の学院生達に合流する。
「暗黒か。外にいた凶魔はどうした?」
「もう倒した」
「さっすが〜! 仕事が早いねぇ〜」
「貴様はなぜ、ここにいる?」
暗黒は、鋭く黒ずくめの男を睨みつけ尋ねた。
「なんで? そうだなぁ〜。 ”一年前の約束を果たしに来た” って言えば分かるか?」
「…………」
質問に答えた男。しかし、暗黒は何も反応せずただ睨んでいるだけ。
二人の間には、妙な空気が流れている。
「クールだな。昔のお前はそんなんじゃなかっただろうに」
「無駄口は叩くな。今からお前には一緒に来てもらう」
「へぇ〜どこに?」
「学院長室だ。お前には聞きたい事が山ほどある」
「断ると言ったら?」
「お前に拒否権は、ない!」
暗黒は一気に男との間合いを詰める。暗黒が男の眼前に迫るまで僅か0.5秒。
しかし、男は慌てる事無く暗黒に対処する。
「相変わらず速ぇな」
男は持っていた剣で攻撃を防いでいる。その訳は、暗黒も剣を持っているからだ。
黄金に輝く剣で、刀身は二メートル近くはあるだろう。
暗黒の力が強いのか、防いだ男の剣がカチャカチャと音を立てている。先程の己敦と同じだ。
「この ”学院を出て行ってから” 衰えたか? この程度で震えるとは」
「そうかもな。最近は ”器探し” で忙しかったからな」
「っ!」
男が言った言葉に、暗黒は腹を立てたのか剣に力を込める。
「はっ。やっぱり覚えてんだな。 ”一年前の事” を」
「当たり前だろ! お前がした事、その全てを忘れるはずがない!」
「はっ! だったら俺を捕らえるだけでいいのか、あぁ? 俺を恨んでるんだろ? 憎んでんだろ? だったら殺せよ!」
「俺は魔導者だ。個人的な理由でお前を殺す訳には、いかない!」
「チッ……!」
暗黒は更に力を込め、黒ずくめの男を突き飛ばした。男は後ろに跳躍し衝撃を殺した。
「大人しく投降しろ」
「はん。嫌だね。俺はお前と命を懸けた殺し合いがしたいんだ」
「はぁ〜。だったら、殺さない程度にやってやるよ!」
暗黒は再び男との距離を詰める。
「はは! いいね! やってみな!」
男は、暗黒の剣を軽々受け止め、暗黒を挑発する。
「凄い……」
「は、速すぎて、み、見えない……」
「レベルが違い過ぎるわ……」
己敦達は驚きの声を漏らした。
暗黒と男の闘いは凄まじく、常人では目で追えないスピードで激闘を繰り広げている。
恐らく剣をぶつけ合っているのだろう。上空で火花が散ったり、カキン! カキン! と言う、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いている。
しかし、音はするものの二人の姿を捉える事ができない。それだけ、二人の魔導者としての実力が桁違いなのだ。
「みんな!」
己敦達が暗黒達の闘いに見入っていると、実技館の扉が勢いよく開き、己敦達の担任教師である燐と副担任である章が慌てた様子で入ってきた。
「みんな無事か!?」
燐は慌てて己敦達の元に駆けつけると、息を切らしながら尋ねた。
「は、はい。だ、大丈夫、です」
マルが皆を代表して言う。
「そうか。良かった……。すまない。まさかここにまで凶魔が侵入して来るとは思っていなかった。それにあいつまで……」
燐は、上空で暗黒と闘っている黒ずくめの男を見て恨めしそうに呟いた。
章は他の学院生達のケアをしている。
「あの、先生。あの人は何者なんですか? 暗黒先輩となんか知り合いっぽいんですけど……」
未来霞が尋ねる。
「あいつの名はルール・ジャスタ。一年前 ”この学院を出て行った裏切り者” だ」
「「「っ!?」」」
三人は、燐の衝撃的な言葉に絶句した。
☆ ☆ ☆
「暗黒さん、なんか凄い勢いで実技館に向かって行ったけど、なんかあったのかな?」
「大方、この事件の首謀者を討ち取りに行ったんだろう」
茶髪の男子学院生が実技館のある後方を見ながらそう呟くと、少し離れた所に立つ、赤と茶の二色が特徴的な髪をした男子学院生が淡々と答えた。
「僂崇、それって……」
「あぁ。おそらく ”ルール” だろう」
二人は、恨みを込めた視線を実技館へと向けた。
☆ ☆ ☆
「う、裏切り、者……?」
マルが呟く。
「あぁ。あいつ、ルール・ジャスタはこの学院に通っていた学院生だった。だが、一年前。学院生を ”一人殺し” 暗黒に重傷を負わせ、この学院を去って行った。その際、ルールは凶魔を操っていたらしい」
「きょ、凶魔を!?」
「しかも、学院生を殺したって……」
「暗黒先輩が、重傷って……」
三者三様の反応を示す。情報が多すぎるのだ。
「あまり詳しくは私達も知らないのだが、ルールは女子学院生を一人殺した後、学院に凶魔を出現させ、学院を襲わせた。そしてその後、止めに来た暗黒をルール本人が相手をし、暗黒は手も足も出せずに負けたと言われている」
「「「っ!?」」」
「学院最強、いえ、魔導者最強と謳われる暗黒先輩が手も足も出ずに……?」
「あの男、そんなにもヤバいのか……」
全員が、上空でいまだ激闘を繰り広げる暗黒と黒ずくめの男──ルールの方を見る。
「フン!」
「ハッ!」
暗黒とルールは距離を取り、床に着地した。
数分間激闘を繰り広げていた二人だが、一切息を上げていない。
「ルール、さっさと投降しろ。これ以上はお前を殺しかねない」
「ぷっ! あははははははははははは! 殺しかねない? お前が? 俺を? あははははは! ぬかすようになったじゃねぇか! 一年前は何もできずに俺に完敗したくせによぉ!」
ルールは大笑いし、暗黒を馬鹿にした。
「テメェごときが俺に勝てるなんてな、思い上がんなよぉ、クソがあああああああああ! ヴェノムソード!」
ルールは右手に持っていた剣の名を叫び、暗黒に肉薄していく。
「チッ……エクスカリバー!」
暗黒も舌打ちを一つし、右手に持つ剣の名を叫びルールに向かっていく。
二人の剣が激しくぶつかる。
すると、凄まじい衝撃波が発生した。
「「「うわぁ!?」」」
己敦達は、その衝撃波に吹き飛ばされそうになってしまう。すると──、
「【盾魔法、エリア・ガーディン!】」
章が、己敦達の前に出て魔法を使用。緑色のバリアが己敦達だけでなく、端にいる学院生達をも包みこんだ。そのおかげで己敦達は吹き飛ばされずに済んだ。
「先生、ありがとうございます!」
己敦がそう言うと、少し離れた所にいる章は、微笑みながら頷いた。
「暗黒ぅ!!」
「ルール!!」
凄まじい剣戟が繰り広げられる。
そこから何分、何十分が経っただろう。突如、二人が距離を取った。
「あ〜外にいる凶魔ももう全滅したか〜。うっし。今日は帰るわ」
「俺が黙って見過ごすとでも?」
「あぁ。見過ごすね」
「何?」
「だって、大事な後輩ちゃんは守りたいだろ? なぁ!」
「っ!?」
ルールは左手を己敦達の方に突き出し、そこから魔法を放った。
だが、己敦達は章のバリアによって守られている。慌てる必要はないはず。だが、その考えは間違いだった。
「うっ!?」
「マル!?」「マル君!?」
ルールの放った魔法は、バリアをすり抜けマルの右肩に直撃してしまった。
「あの攻撃、貫通するのか!?」
そうと分かると皆は、一気に恐怖に包みこまれてしまう。ルールは魔法を放つ事を止めず、次々と放ってきている。その全てが貫通し、自分達に降りかかるのだと思うと、怖くてたまらない。
だが、そんな皆の恐怖を払拭してくれる人がいた。
「ハァ!」
暗黒だった。
暗黒は、一瞬で己敦達の方へ移動し、ルールが放った魔法を剣で捌いている。
「全員、その場から動くなよ!」
暗黒の言葉に、己敦達を含んだ皆が頷く。
そこから何分経ったか。暗黒が全ての魔法を捌き終えると、ルールの姿はなくなっていた。
「チッ……!」
「暗黒、大丈夫か?」
燐が声をかける。
「はい。それより、先生方は被害状況の確認と負傷者の確認を。俺は団員と合流し、侵入経路を確認します」
「分かった。頼むぞ」
「はい」
そう言って暗黒は、まるで瞬間移動でもしたかのようにその場から姿を消した。
「さぁ、みんな。寮へ帰ろう」
章は新入生達に優しく声をかけ、寮へと連れて行く。
「暗黒さん……あれが、最強と謳われる人の力……」
皆が移動する中、己敦だけがその場に留まり呆けていた。
「己敦君? 何してるの? 早く行くよ。マル君を医務室に連れて行かなきゃ」
「あ、あぁ。ごめん。マル大丈夫か?」
「う、うん……ご、ごめんね、心配か、かけちゃって……」
「何言ってんだよ。気にすんな。今は自分の事だけ気にしてろ」
「そうだよ〜」
「ありがとう」
三人は、寮へと向かう前に学院にある、治療を行う専門の場所【医務室】へと向かった。
☆ ☆ ☆
入学祝い式が駄目になった翌日。
己敦は、朝早くに目を覚ましていた。
「あんまりよく眠れなかったな……」
己敦は制服に着替え、外に出た。
「ん〜……あぁ!」
伸びをした己敦。外は寒く、己敦の吐く息が白くなっている。
朝が早いので外は薄暗かった。だが、外灯が設置されているので歩く分には困らなかった。
「にしても、ほんと、広いしデカいよな……」
己敦はガーデンを散策しながら、学院の院舎を見ている。
その広さに己敦は、再度感嘆する。
すると、前方からトレーニングウェアに身を包んだ少女が向かってきていた。ランニングをしているようだ。
が、己敦はその少女に気がついていない。そして、向かってくる少女も己敦に気がついていない。おそらく下を向いて走っているのだろう。
そして二人は、引き寄せ合うように衝突した。
「うわっ!?」「キャッ!?」
衝突した二人は、地面に尻餅をついてしまう。
「あ、す、すみません! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……痛っ!?」
「あ、足か!?」
少女は右足を挫いてしまったようだ。右足を押さえている。
「ほ、本当にごめん! 寮の玄関の所で手当をしよう!」
「え? い、いや、悪いよ……」
「いや! 俺のせいだから! 腕を」
「あ、ありがとう……」
己敦は、少女の腕を自らの肩にかけ、玄関へと向かって行った。
(この子、優しいな……)
少女は顔を赤らめながらそう思った。
玄関まで到着した二人。己敦は少女をゆっくり下ろし、床に座らせた。
「あ、ありがとうね」
「いえ。俺が前を見てなかったからぶつかったから、怪我までさせて……。本当にごめん!」
「そ、そんなに謝らないで。私も前を向かずに走ってたから。私こそごめんね。君は怪我してない?」
「あぁ。俺は大丈夫だ。この通りピンピンしてる。あ、俺は一年魔組の闥凪己敦」
「あ、私は二年報組の指導教美です。学院では生徒会長をしてます」
「せ、先輩だった!? ご、ごめんなさい!」
「い、いいのいいの! 気にしないで! 私と接する時はタメ口でいいから。そうか。新入生だったんだね。昨日大変だったでしょ。あんな事になって」
「ありがとう。そうだな、いきなりだったから結構大変だった」
「そうだよね……実技館の方にも凶魔が出たって聞いたけど、大丈夫だった?」
「あぁ。俺と仲間で撃退したから」
「え!? 凶魔を倒したの!?」
「う、うん……」
「凄い……一年生でいきなり凶魔を倒しちゃうなんて、これまでの歴史で ”二人目” だよ……」
「二人目?」
「あ、ううん。なんでもない。そっか。闥凪君は強いんだね」
「まぁ、そうだな。俺は誰よりも強いって思ってる。でも昨日、俺以上の強さを持つ人に会ったんだ」
「そうなんだ」
「あぁ。先輩は? 二年だったら、そろそろ実戦になる時期だよね?」
「う〜ん……私は、凶魔が怖くて。凶魔を見るだけで体が強張っちゃって、動けなくなっちゃうんだ……だから凶魔相手に闘える闥凪君は凄いよ」
「そうか? ありがとう」
「うん。あ、そろそろ私行かないと。生徒会の仕事があるから早めに学院に行かないといけないんだ」
「そっか。怪我ごめん。俺、治癒魔法が使えないから簡単な手当しかできなくて……」
「ううん。大丈夫。手当だけで嬉しかったから。それに生徒会に治癒魔法を使える人がいるから安心して」
「分かった。ありがとう。じゃあ、またな」
「うん。またね」
二人はそこでお別れした。男子寮へと戻って行く己敦の背中を、教美はどこか寂しそうに見つめていた。
☆ ☆ ☆
他の学院生よりも早く、学院へとやって来た指導教美。
生徒会の仕事をしている彼女だが、今はその仕事に身が入っていないようだった。椅子に座り、机に肘をつき、手に顔を乗せながら──、
「はぁ……」
「五回目」
「え……?」
「ため息。ついたの五回目ですよ」
「そんなについてた?」
「えぇ。仕事が手に付かない程に」
「え? あ、ご、ごめん!」
「はぁ。何があったんですか?」
「え……?」
「何かあったんですよね? だから仕事も手に付かず、ため息もつきまくってる。ですよね? 何があったんですか? 聞きますよ」
「静奈……! ありがとう!」
副会長の成観静奈が教美に声をかける。静奈は副会長としてだけではなく、子供の頃から教美に仕えている使用人だった。
静奈の真正面では、目元が前髪で完璧に隠れた暗い様子の少年が、ウィザーPCを使って作業していた。
「じゃ、じゃあ聞いてくれる?」
「えぇ。なんでも」
「あ、あのね……」
教美は今朝、とある男子に出会った事を話した。
その男子はぶつかった事に対して、教美を一切責めず、自分の責任だと謝ってくれたこと。足を怪我したら寮の玄関まで肩を貸してくれたこと。とても優しくしてくれた事。タメ口でいいと言ったらすぐに順応してくれたこと。
その全てを、教美は顔を赤くし嬉しそうに語った。
「それで、その彼がなぜか気になっていると……」
「うん。どうしても頭から離れないの。闥凪君が寮へと帰っていく時、もっとお話したかったなぁ、なんて思っちゃったりして……なんなんだろうね、これ……」
「…………はぁ」
「え? せ、静奈? なんで、なんでそんな呆れきった目で私を睨むの? それでなんでそんな深いため息をつくの!?」
静奈は呆れきった表情で、ため息をついた。
「会長、本当に分からないんですか?」
「ん? うん」
「はぁ……多守武、書類を取りに行ってください」
静奈は目の前にいる少年に声をかける。少年は無言で頷き、立ち上がり教室を出て行った。
それを確認した静奈は──、
「会長。それは、恋、です」
「…………恋? こいってあの、こい?」
「えぇ。恋愛の恋です」
「……………っえ────」
教美が叫びそうになった瞬間に、静奈は教美の口を塞いだ。まるで叫ぶと分かっていたかのように。
「……ぷはっ! はぁはぁ……私のこの気持ちが、恋……? はわわわわわわわわわ!」
教美の顔が瞬く間に真っ赤になっていく。頭から湯気が出てしまうのではないかと言うほどに。
「私が、闥凪君に、恋……!?」
(これは本当に自覚がなかったんですね……我が主ながら、情けない……」
静奈は、教美の様子に心底呆れていた。
エピローグ
時は遡り、ルールが入学祝い式に侵入し、暗黒と対峙した後。
新入生達が章と一緒に寮へと戻り、暗黒達が外で確認作業を行っているのを、上空で見つめる男が。
「強くなったんだな、暗黒……」
ルールだった。
ルールは暗黒を見つめながら小さく呟いた。その呟きは喜びか、悲しみか、憎しみか、それとも……。
「おい」
「あぁ?」
そんなルールに突然、後ろから声をかけてくる者が。ルールが後ろを振り向くと、そこには ”紫色の長髪が特徴的な美青年” が立っていた。
「んだテメェか。何しに来た。テメェの ”担当” はここじゃねぇだろ」
「お前を呼びに来たんだよ」
「俺を?」
ルールは心底不思議そうに男を睨みつける。どうやらこの二人は相当仲が悪いらしい。
「”あのお方” が話があるんだと。 ”全員集合” だから呼びに行けって言われたんだよ」
「”あのお方” が……。分かった。行くぞ」
「仕切んなよ……」
男は小さく憎たらしく呟いた。
「なんか言ったか?」
「別に。さっさと行くぞ」
「あぁ」
そう言って二人は、その場から消えた。
その際、二人の周りの空間が歪んだ。