24. 妖狐 ②
「カゲロウよ。其方はほんに天女のごとく美しいのう。その金色の衣もまことよう似合うておるわ」
妖狐の根城、金狐楼に備わる恐ろしく豪華絢爛な一室で私は今、これまた人生で一度も着用したことのない煌びやかな異国の衣装を身に纏っている。
(しかも女性もの……)
頭上高くで一つに結んでいた髪は下ろされ、髪組紐の代わりに金色の派手な簪が髪のあちらこちらにぶっ刺さしてある。
「男として生きてきた其方は女の喜びを何一つ知らぬと見える。今後は妾がそれを教えてやろう」
(……で。今の今まで女装していたお前が、今度は男の格好をしていると)
中華大帝国の漢服のような服装を身に纏っている妖狐のことを、私はじとりと一瞥した。
(文句はこれでもかっていうほどあるのに。何も言い返せないのが本当に腹立つ)
妖術をかけられているため、私は今 身体を動かし攻撃することはおろか、言葉で反論することさえ出来ない。
「しかし、其方が体内霊力を使って妾の術を何度も跳ね返してきおった時はさすがに焦ったのう」
ケラケラと笑い声を上げる妖狐が大変憎らしいが、体力さえ戻ればこの厄介な妖術も自力で解けるかもしれない。
(紅着物が私の血を浴びた時も思ったけど、陽土の気っていうのは本来は妖たちの身体には絶対に合わない、むしろ反発する霊力なんだろうな。なのにそんなものを執拗に欲しがるんだから、妖狐ってかなりのマゾだ。……いや、この男に限らず三大悪妖っていうのはみんな、こんな風に超越した変人ぞろいなのかも)
こちらへと優雅に歩いてくる妖狐のことを、私は両半眼で睨める。こんな変態どもに食べられて死ぬなんて花梨崎家の恥だ。……東郷にだって、申し訳が立たない。
(仮面舞踏会会場を出る前に警察署には無名で連絡をしておいた。東郷さんはちゃんと、病院に連れて行ってもらえたかな)
数時間前に別れた東郷の顔が頭を過ぎる。私の血を無理やり口内に流し込んでおいたので、今頃はきっと人間に戻っているはずなのだが。私はかろうじて動く舌を上下に行き来させる。
(血なんて全然美味しくない。妖の味覚って本当に謎……)
「其方は相も変わらずつれん女じゃ。こんな状況下だというに、妾ではなく、またあの男のことを想うておるな?」
眉を寄せつつ舌をモゴモゴさせていた私の目前に、いつの間にか妖狐の顔が迫っていた。
「さすがの妾も驚いたぞ。未来の夫の前で他の男に口付けなどしおった時は」
妖狐の白く冷たい手が、私の首元へと伸びてくる。
「だが、これ以上他の者に触れさせることは許さぬ。其方の命も身体も、これからはもう妾のものじゃ」
そしてゆっくりと肌に滑らせるよう、手を心の臓当たりへと降ろしてきた。
(……妖魔東郷さんが全然大人しくしてくれなかったから、強硬手段に出ただけだよ。お前だってそれを見てゲラゲラ笑ってただろう)
私は目を閉じ、全身に流れる陽土の血に気を巡らせていく。あと少し。あと数十分で多少は身体を動かせるようになるはずだ。……それまではこの恥辱に耐えるしかない。
「この妖狐が、無垢な其方を今から天へと導いてやろうぞ」
妖狐の熱い舌が、私の首筋をなぞり始める。
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「ここが妖狐の根城か……」
『左様、金狐楼と言う。この中のどこかに退治屋が監禁されているはずじゃ』
東郷の予想通り、妖狐の住処は以前訪れた、あの大穴を降りた荒野の奥深くに存在していた。
「助かった、紅着物。この先は俺一人で行く。お前は梔子着物の方を探しに行け」
『……月はもはや、この世にはおらぬじゃろう。妖狐は弟者の能力をも受け継いでおった。おそらくはすでに喰われておる』
「……そうか」
『お主、やけに我ら兄弟のことを気にかけてくるのう?』
「俺にも弟がいる。それに、花梨崎弟も似たようなものだからな」
『……ふ、あはは! それは違う。其方が退治屋に向ける情は兄弟へのそれではないじゃろうて』
「……? どう言う意味だ?」
『其方は見目良い好漢だというに、いかんせん男女の経験は皆無と見た。退治屋も表面上では取り繕っておるが、あれもまた然り』
「……ますます意味が分からんな」
『今の退治屋に会えば必ず思い知るじゃろう』
「付いて来い」と言わんばかりに歩き始めた紅着物のことを訝しげに見やりつつも、東郷は自身も金狐楼の中へと足を踏み入れて行く。
『ふん、退治屋め。我への血の与え方も少しは考慮して欲しいものじゃ。あやつの血が我の身体に巡る妖気を燃やしおったため、未だ身体が思うように動かぬわ。……まあ、代わりに神獣としての神気は戻りつつあるが』
紅着物はまるで千理の居所が分かっているかのように足を進めている。この男の正体は狛犬だと聞いているので、おそらくは鼻が効くのだろう。
交差するいくつもの通路をそうこう歩き続けているうちに、やがて他とは一際格が違う、豪華絢爛な扉の前へとたどり着いた。
「紅着物、花梨崎弟はこの中にいるのか?」
『開けて確かめてみよ』
東郷が扉に触れると、意外にも簡単に扉が開く。
「妖狐は案外用心深くないのか? もっと、扉全体にも妖気が張り巡らされていて、人間の力ではびくりともしないような頑丈な施錠でもされているとばかり……」
ここまで言葉を発したところで、東郷はこれ以上ないほどに開眼した。
部屋の中には、上半身の衣を剥がれ身体中から血を流して倒れている千理がいた。




