ギリでもいいから。
日間 現実恋愛ランキング 47位!
読者の皆さま、ありがとうございます!
ああ。月日が経つのはホントに早いよなぁ。
ついこの間に年が明けたばかりと思っていたのに、もうひと月以上が過ぎてしまったのか。
そんな焼きすぎたパンケーキよりも薄っぺらいコトを世の中の万人が思い浮かべ始めるのも、ちょうど今くらいの時期だろう。
もちろん例外なく俺もその一人である。
高校生ながら、そうヒシヒシと思い始めてしまっている。
月の初めに歳の数ほどの炒り豆をカリポリと頬張っていたかと思えば、それから何度か寝て起きてを繰り返すうち。
いつの間にか世間の流行りがとある横文字に切り替わっていることに気が付くのだ。
電車内の吊り広告も街中の壁広告も、この時期はどこもかしこも茶色やピンクのハートで溢れ返っていく。
まるで世界そのものが恋をしたかのように。
もしくは恋をすべきと訴えかけてくるかのように。
俺の住むこの街も、また俺の通う高校内でも、少しも例外ではないのである。
というわけで今日は世の中全ての男子たちが一斉に浮つき始める、贈り物系イベント、当日。
いわゆるバレンタインデーというヤツだ。
「…………いや」
正確にはバレンタインデーだったというべきか。
日は既に落ちに落ちて、夜の帳も暇になって横になって昼寝でもし始めたのではないかというそんな遅い時間。
部屋のベッド傍に置かれた目覚まし時計がチックタックと眠気を誘う音を奏でている。
その針は夜の十一時五十分を差し示していた。
二月の十四日が、もうまもなく終わりを迎えようとしているのである。
今年もまた俺はイベントデーの主役にはなれなかった。
少なくとも俺はこれまでの人生で、一度たりとて焼きたてのフォンダンショコラのようにアツアツになれたことはない。
ましてトロけた青春など夢のまた夢、蚊帳の外。
遠目から指を咥えて見ていたって、汗と涙の塩味しか感じられないような生を過ごしているのである。
分かるか? 分かるよな?
生きとし生ける全ての男子が華麗なお立ち台に上がれるほど、現実とはそう甘くはないのだ。
冷凍庫から取り出したばかりのチョコアイスなんかよりも、ずっと冷たくてほろ苦い存在なのである。
「……いや、心の保養の為に呟いておくとさ。もちろん今年もゼロではないんだよ? 確かにゼロではないんだけれども。はたしてこれらを数にカウントしてもよいものか……」
一つだけ空虚でちっぽけな見栄を張らせていただこう。
別にホントの一個も貰えなかったわけではない。
現にこうして片手に収まらない程度にはチョコ袋たちを手に入れられているのである。
とはいえ〝俺個人宛てに貰ったモノではない〟という注釈が必要にはなってしまうけれども……。
自室のベッドの上に並べた複数個の小包み。
いずれもクラスの女性陣から貰ったものである。
そうだ。この小包みの中身はチョコだ。
間違いなく女の子から貰ったチョコたちだ。
けれども忘れてはならない。
これらは全て本命どころか義理でさえもない。
単なる〝友チョコの余り〟でしか、ないのよ。
「……ま、ほとんど挨拶みたいなモノだもんなー。今どき恋とか愛とか関係ないしな。……ノーカンかねぇ、やっぱり」
一つ簡単な説明を挟んでおこう。
俺の通う高校では例年のごとく友チョコ交換会が開催されている。
ある女子は都会のデパートかどこかで仕入れてきたであろうお洒落チョコをわざわざ可愛らしい袋に詰め直していたり、またとある女子は手作りのトリュフチョコを丁寧に小分けに包んでいたり、と。
また渡すモノの種類が自由であれば、用意する数もまた各個人の裁量に委ねられているというわけで。
場合によっては交換に用いる数よりもずっと作りすぎてしまう女子なんかもいらっしゃるわけで。
そろそろお分かりだろうか。
俺はただ、そんな懐広めな女性陣から運よく余りモノを頂戴できたに過ぎないのである。
ゆえに今日の戦利品は全て、俺個人に向けて用意してもらったモノではない。
偶然その場に居合わせていたから手に入れられただけのただただ虚しいシロモノなのだ。
……少し考えてもみてほしい。
駅前で配られていたポケットティッシュにありがたみを感じることはできても、貰えたこと自体を誇りに思えるようなヤツが、果たしてこの世のどこに存在するのだろうか。
ほとんどコレも同じ話なのである。
配られた余りモノで〝どやどや見てみろ! 俺は女子からこんなに沢山チョコを貰えたんだぜヒャッホー!〟などと喜ぶことがどうしてできよう。
まして友人たちの数自慢話の中に胸を張って加わることができようか。
たとえ、ギリでもいいから。
せめて俺のために用意されたモノが欲しかったのである。
もちろん友チョコの余りであっても貰えたこと自体は素直に嬉しいんだけどね?
むしろ感謝感激雨ひな霰なんだけどね?
少しも喜べないわけではない。
そこそこ数を貰えているのだから素直に嬉しい。
ましてバリエーションにも非常に富んでいる。
けれどもやっぱり俺も一人の思春期男子であって……!
単純にお菓子に喜べるような子供心は、既にランドセルと一緒にサヨナラしてしまっているわけであって……!
「ま、いいか。とりま中身確認してみよう」
いただいた小包みたちを、丁寧に丁寧に一つずつ手に取っては指先で確かめてみる。
この黒い袋は武藤からいただいたモノだ。
中身はブラックチョコの詰め合わせと言っていたっけ。
交換会の中身が甘いものばかりになることを危惧した結果なのだと本人が公言していたことを覚えている。
また毎年だいたいクラスの人数分は用意しているらしく、昨年もおこぼれを貰った記憶がある。
なんとも律儀かつお人好しな人である。
その隣の派手な小箱は間違いなく尾浜からのモノだろう。たとえ直接手渡されていなくたって分かる。
彼女は海外産のお菓子がとにかく好きなのだそうで、この季節を待っていましたとばかりに、やたらめったらに配布活動に勤しんでいるのだ。
中身のほうもだいたいの予想がつく。
やたら糖度の高い謎ミルクチョコ。
マジで粘度の高い謎チューイングキャンディ。
とにかくパサパサした感じの謎クッキー。
もちろん珍しいお菓子を貰えること自体は嬉しいのだが、彼女から貰える品にはどこか手放しで喜べない趣と切なさがあるわけで。
けれどもまぁ謹んで頂戴しておりやすぜ。
俺にとっては全部大事な戦利品なんですもの。
あとは鈴木と、渡辺と、田中と、今年は高橋からも受け取ることができたか。
ほとんどが同タイミングで手渡されたゆえ、どの袋が誰のだったかはイマイチ曖昧になってしまっているのが申し訳ない。
柄やらサイズやらは微妙に異なるものの、それぞれが当たり障りのないカラフルな包装紙でラッピングされているゆえに。
おまけに100均か何かの安い手芸用モールで封を止めてあるので、言い方が悪いが実に平凡的な見た目と化してしまっているのだ。
「………………はぁ」
いかにも量産されたモノなのに、その余りモノだけが手元にあるという現実。
それがまた俺により深い切なさを感じさせてきている。
ナンバーワンよりオンリーワン。
有名な歌の、有名なワンセンテンスだったか。
今の俺はそのオンリーにさえもなれてはいないのか。
やはりしょっぱいのよ。この季節は特にさ。
目の前にこんなに沢山の甘味が並べてあるというのに、醤油煎餅よりも濃い塩味を感じてしまうのはこの世界で俺だけであってほしい。同じ悲しみを味わってほしくはない。
おっと。貰った品々はコレらだけではなかった。
もう一つだけ存在するのだ。
ある意味ではコレが一番の存在感を放っている。
他よりずっと小さくて、そして薄っぺらい。
「えっと確か……永峰からのだったよな」
ベッド上の小包み群の中、一際切なげな袋が紛れていることに嫌でも気が付いてしまうのである。
ついでのついでな感じで、帰り際にパパッと手渡されたモノだからなぁ。
もしかしたら余りモノの中の余りモノ、ラストオブ余りモノだったのかもしれない。
他の子たちの小袋に比べても特に味気なく、また素気なく。
お年玉のポチ袋に何か小さな塊が一つ入っているだけという実にお粗末なお品なのである。
中身は皆大好きチロルなチョコだろうか。
それともご縁がありそうな輪っかのチョコか。
袋の見た目から察するに、クラス女子陣のイベント事に付き合いとして参加しているだけで、当人としてはそこまで乗り気ではなかったように伺えてしまう。
とはいえ余りを出すくらいの数は用意している辺り、何とも憎めないキャラ性を感じてしまうのも俺だけであろうか。
……永峰のこと。
ふと、頭に思い浮かべてしまった。
そういえばアイツは昔からそうたあう〝不思議ちゃんさ〟と〝クールさ〟を合わせ持つような女子だった。
別にクラスの中で浮いているわけではない。
されども決して中心にいるわけでもない。
教室の隅で静かに本を読んでいたかと思いきや、体育の授業ではだいたい上位の活躍をして周りの女子から羨望の眼差しを浴びているような、そんな稀有な存在。
どこか男子よりも男らしい一面がある女子だったのだ。
その辺の器用さがとても羨ましい。
そして何より、俺とも地味ぃな腐れ縁があるのだ。
小中高と同じ学校で、おまけに家も真隣ときている。
幼馴染みかと問われたら確かにそう言えるのだろうが、別にそこまで仲がよいわけでもない。
小さな頃はよく庭先で一緒に遊んでいたものだが、どちらかの物心がつき始めた頃からだったろうか。
段々と適度な距離を置くようになっていったのだ。
多少なりとも成長した今では、歳を重ねるうち、お互いにもっと親しい友人たちが出来ていっただけのことだと思っている。別に特別な後悔があるわけではない。
このポチ袋もその長年の付き合いに配慮して、一応の良心で渡しておいてくれたものなのだろう。
ゆえに素直にありがとう、永峰。
心の底から低頭して頂戴いたしやす。
というわけで今年の戦利品は合計七つ。
少なくとも一週間は甘味に困らない生活を送れそうだ。
実にありがたい限りである。
慈悲深い女子たちをはじめ、このイベントが生まれる発端となったヴァレンティヌス司祭にも感謝のお祈りを捧げねばな。
別に俺はそっちの宗派ではないけれども。
むしろつい先日に鬼に向けて福豆を放り投げていたくらいには大和男子だけれども。
「そんじゃまぁ……今日はもう寝ますか。明日も早いし」
並べたお菓子袋たちを両手で抱え上げて、ベッドの上から移動させようとした――ちょうどそのときだった。
尻に敷いていたスマフォがジージーとその身を震わせたのである。
どうやらMINEの通知の為らしい。
画面を確認してみたところ、送り元はなんと、件の永峰からだった。
『当たった?』
届いた文章はそれだけである。
は? どういう意味?
当たったって、何が?
それから更に十秒ほど待ってみたが、補足の文章が送られてくるような気配はない。
一瞬は送り間違いかとも思ったが、それなら詫びの文言が飛んでくるだろうし。
バレンタインデーの当たったで思い浮かべられる事象とあれば……まさか頂きモノによる食あたりのことであろうか。
市販品ならまだしも手作りであればその可能性もゼロではないだろう。
だが、そもそも俺はまだ誰のモノも口にしてはいない。
ましてわざわざ確認してくるような内容でもないはずだ。
この線は薄いと思われる。
もうしばらく頭を捻ってみたものの、俺の頭からは知恵の水滴一つ降りてこなかった。
まるで固く絞られた濡れ布巾の如く。アウトプット先がギリギリと締め上げられている気もする。夜飯からだいぶ時間が空いてしまった。きっと糖分が足りていないのだろう。
俺の苦悩を察してくれたのか、それともただの偶然か。
もう一度だけスマフォが震えてくださった。
表示された文言、今度は二つ。
『おめでとう。窓の外見て』
いやだからおめでとうって何だ。
俺はまだその答えにさえ辿り着けていないのだけれども。
ただ、窓の外見てだけは分かる。
とりあえず従ってみる他に選択肢はないだろう。
いわゆるツラを貸せという指示である。
ここで新たな情報を開示しておこう。
永峰はウチの真隣に住んでいるだけでなく、神か誰かのイタズラか、部屋までもが隣り合わせになってしまっているらしい。
さすがに窓伝いに移動ができるほど近いわけではない。
せいぜい互いのカーテンを開け放てば難なく顔を見せ合えるくらいの距離感に位置している程度であって。
実際、こうして窓越しに顔を見せるのは、学校に忘れてきた資料のコピーを写メらせてもらったり、はたまた苦手な科目の宿題の答えを教えてやったり、と。
基本的に利害が一致したときのみに限られているのだ。
普段から覗き見ようと思えばおそらく見えるのだろうが、ずけずけとプライベートに首を突っ込めるほど俺は不躾な男ではないつもりだ。
それにほら、だいたいの場合はカーテンを閉め切ってるわけだし。
冬の間は特に開けとくと寒いし。どちらかと言えばそっちの要因の方が大きかったり、実はそうでもなかったり。
とにかくそろそろ話を戻しておこうか。
よく分からないままに謎解きを出され、更には理解に至るよりも前に褒められたり指示を出されたりしてしまっているが、このままでは本当に埒が明きそうにない。
戸惑いながらも恐る恐るカーテンを開け、冷たくなった窓の縁に手を掛けて、向こう側を覗いてみたところ。
「……マジかよ」
パジャマ姿の永峰が窓辺に佇んでいた。
わりと眠そうな顔で瞼を擦っていたのだ。
寒さなんて少しも気にしていなさそうな表情である。
何やら口をパクパクとしているが、唇の動きから察するに〝そっちもさっさと窓を開けて〟だろうか。
確かにこのままでいても仕方ない。
……うおー、さっみぃ。
まして今は二月の夜である。
地域によっては氷点下を下回るところもあるだろう。
よくもまぁそんな絹ごし豆腐をそのまま顔に貼り付けたような無表情さでいられるものよ。こちらはホットカイロを貼ったって難しそうだというのに。
「こんばんは」
「お、おう。こんばんは」
どうやら先手を取られてしまったらしい。
あまりに突然かつ無防備かつ普通な姿に面を食らってしまったが、俺にだって俺なりのプライドいうモノはある。
できるだけ平常心を保つ為にやや視線を逸らして、代わりに正面の女子のインパクトからも窓から吹き込む外気の冷たさからも逃れようとしたのだが。
首を動かす最中、ふと彼女の手に握られているモノに目がいってしまったのだ。
それはマグカップサイズの四角い箱だった。
綺麗に包装されていて、可愛らしいリボンまで巻いてある。
誰がどう見たってプレゼント的な何かではなかろうか。
「はいコレ。副賞景品」
「待て。さっきから全くわけが分から――ッとと!?」
と、次の瞬間にはほぼノーモーションで投げ渡されてしまったのである。
水平を保ったまま綺麗な放物線を描いて飛んでくる、その謎の小箱。
何故だかスローモーションに見えてしまった。
下手に指をぶつけて軌道を逸らしてしまうわけにもいかないので、ギリギリまで引きつけてから半ば抱え込むような体勢でキャッチしておく。
辛うじて構えられたからよかったものを。
もし掴むのに失敗していたら、庭の植え込みの中にボッシュートしてしまっていたことだろう。
俺はイヤだぞ。この真冬の夜中に戸外に出るなんて。
今でさえ既に指先がかじかみ始めているのだ。
叶うのならばただちに窓を閉めてしまいたいくらい。
けれども窓を閉め切るその前に、一つだけ確認しておかなきゃならないことがある。
「なぁ。っていうか何だよコレ――」
「それじゃおやすみ。また明日ね」
「あ、ちょっと永峰ッ!?」
んもう。俺もうやだ。
意味も分からず振り回され続けるの、とってもつらい。
しかしながらそんな単純に言葉を届けられるはずもなく。
質問を伝えきる前に、無情にも向こう側から窓もカーテンもザザッと閉められてしまったのだ。
……ポツンと一人取り残されてしまった俺である。
冷えた外気がこの頬をぶっきらぼうに撫でていく。壁に取り付けられているエアコンが気合を入れ始めたのが分かった。
もはや部屋の中全体が冷たく変わってしまっているのだ。
クールではなくコールド。天然の冷蔵庫が今ココに。
「ったく、さっきから何なんだよもう……」
わけが分からないままに投げ渡されたプレゼントをとりあえずベッドの上に運んでおく。
今すぐにコイツを開けてもよいのだが、その前にまずは日中に受け取ったポチ袋の中身を確認しておくべきだろう。
先ほどは大事に取っておいたからこそ、一つも謎解きのヒントも何も得られなかったわけなのだ。
調べていれば少しは答えに辿り着けたのではなかろうか。
調べたって何も分からない可能性もあるけれど。
ポチ袋を振ってみると、あら不思議。
小さな塊が発するモノ以外にも、何か別のカサカサ擦れるような音がしたのである。
開けて見てみると、そこには。
「ん、何だこれ? 副賞、引換券……?」
何やら切符サイズの紙切れが入っていたのである。
どうやらヌガー味のチロルなチョコとは別に、ペライチの紙っ切れも一緒に封入されていたらしいのだ。
手に取ってしっかりと内容を確認してみる。
〝副賞引換券〟という五文字がそこそこ達筆な筆字で書かれていた。
また端っこのほうには後から付け足したのであろう〝当たり。当日限り有効〟という丸っこいボールペン字が添えられている。
まるで商店街で催されているくじ引き抽選会のような引換券のようだった。
だいたい貰えるのはハズレのポケットティッシュだが、たまーに三等や四等で洗剤やら商品券が貰える安っぽい感じのアレである。
つまりコレは〝当たり付きの友チョコ〟だったということか。
なるほど永峰のヤツ、一人手抜きをしていただけかと思っていたが、こんなにもユーモア溢れる遊びを仕込んでいたとはな。
おそらく内心では普通のプレゼント交換会だけではつまらなく思っていたのだろう。
稀に起こる不思議ちゃん要素を爆発させてみた結果が、このクジ引きポチ袋だったのだと容易に想像できる。
予見できなかったのは俺の思慮不足だ。バレンタインを楽しみにしていたのは俺だけではなかったか。
……いやー。素直に感心しちゃったね。
正直かなり面白い試みだと思っちゃってるね。
真冬の外気に晒されただけのことはあったと思う。
むしろ謎解きの答えが分かった今、逆にそこそこ上機嫌になってしまっているのも事実なのだ。
自分でも分かっている。理由はとにかく単純明快である。
余りモノでないチョコをようやく手に入れられたからだ。
たとえコレが友チョコの延長線上にあったモノで、単に己のクジ運が良かっただけなのかもしれなくても。
正真正銘、誰が見たって俺個人へと向けられたプレゼントなのである。今を喜ばずしていつ喜べというのだろう。
思わず腕をグッと構えてしまっていたところ、ベッド傍の目覚まし時計が目に入ってしまった。
長短それぞれの針は真北よりもほんの少し右側に傾き始めている。
いつの間にか二月十四日は二月十五日へと変わってしまっていたらしい。
もう、バレンタイン当日ではなくなってしまったのだけれども。
「……まっ。ギリセーフにしておくか」
日付けこそ変わってしまったが、チョコが貰えた事実は何も変わらないのだ。
それに二分や三分などはまだ誤差と呼べる範囲内である。
ましてわざわざ永峰が寝る前に連絡してきて、直接投げ渡してくれたシロモノなのだ。
今喜びを噛み締めておかねばバチが当たるというものよ。
思わず神棚に飾ってしまいたくなった衝動を必死に抑えて、もう一度箱に手をかけさせていただいた。
中身はまず間違いなく食べ物なのだろう。
何が入っているのか皆目見当もつかない以上、また当日限り有効との文言も添えてあった以上、また悠長に構えていては消費期限的に食べられなくなってしまう恐れもある。
ならば、今すぐにでも開けて確認してみるべし。
そして味見も済ませておくべし。
明日学校で聞かれるかもしれないしな。
適当に誤魔化せるほど俺は器用ではない。
懇切丁寧に封を取り剥がしてみると、小箱の中に入っていたのは透明な袋に包まれたチョコクッキーらしかった。
厚みも大きさも全部バラバラで、おまけに赤ともピンクとも言い表せない独特なグラデーション装飾がマダラ模様に塗り付けられている。
お世辞でも美味しそうとは思えなかった。
市販のスウィーツでこんな不格好なモノはないだろう。
ともなれば十中八九は手作りなのだと推測される。
へぇ。永峰もお菓子作りなんてするんだな。
手慣れていなそうな様子が要所から垣間見えてしまうのがアイツっぽいと言えばアイツっぽいのだけれども。
小袋を回して観察しているうちに、もう一度だけスマフォが震えたのが分かった。
急いで届いた文章を確認してみる。
『チョコクッキー焼いてみたの。けど生のイチゴ入れたら変な味になっちゃったので、よろしく』
末尾には小馬鹿にしたような絵文字が付いていた。
舌を出したままウィンクして、頬を染めながら笑っている。
やたらと情報量が多い。
ただ、よろしくってのはなんだよ。
変な味。毒味。もしくは残飯処理か。
今度こそホントに食あたりくじを強要されてしまったのではなかろうか。
副賞という名の超絶最狂ハズレくじを引いてしまったのかもしれない。
とはいえよろしくされてしまった以上、ここで引き下がってしまっては男の名が廃るというもの。
明日の永峰に変にナメられてしまっても困る。
袋の中から焦茶色のクッキーを摘み上げて、恐る恐る口の中に放り込んでみる。
よかった。少なくとも舌に痺れは感じない。
それに歯ごたえだって至って普通のサクサク感だ。
生焼けの気配もなければ、別に塩と砂糖を間違えたー的なお茶目ビックリ珍妙味がするわけでもない。
むしろ。それどころか。
「……なんだよ。普通にイケるじゃんか。ビビって損したわ」
口いっぱいにイチゴの甘酸っぱい香りが広がるのである。
実に程よいバランスだと思う。
見た目の不格好さが気にならなくなるくらいには。普通にウマい。
コーヒー屋のレジ横で三百円で売られていてもおかしくない味がする。おまけにイイ意味での変な中毒性もある。
一枚食べ終わればまた一枚、と。
もう夜も更けだというのに、一度も止まらずにペロリと完食してしまった俺をいったいどこの誰が責められようか。
明日、感想を伝えないとな。
素直に本当に美味かったよ、と。
ホワイトデーを楽しみにしておけよ、と。
今のうちから贈呈品案を練っておかねばなるまい。
今夜は気持ち良く眠れそう――
……ん? いや、ちょっと待てよ。
もう一つだけ、気になることが残っている。
まだポチ袋の封を切っていなかったというのに。
どうして俺に手渡したモノが当たりだと分かったのだろうか。
副賞景品と名が付いていたのだから、おそらくは他にもメインの一等賞やら特別賞やら、色々と数を揃えていたに違いない。
ハズレも含めればそれなりの人数に配っていたはずだ。
けれども。何故。
俺からの連絡を待たずしても、先におめでとうと言える根拠があったのだろうか。
こちらに手渡すモノを厳選していたとか……?
まさか俺に当たりくじを渡したかったからとか……?
「……いやいや、はは。まさか、な」
残念ながらカーテン越しに見た永峰の部屋は既に真っ暗になってしまっていた。
俺より一足先に眠りについたのだろう。
手元のスマフォもウンともスンとも鳴りそうにない。
そもそも理由を聞くこと自体が野暮な話でもある。
夜特有の静けさの中、エアコンの排気音だけがこの部屋の中に響き渡っている。
つい先ほどまですんなりと気持ち良く眠れそうだったのに。
この疑問に気付いてからは、ほんの少しだけ俺の胸が高鳴り始めてしまったような……いや、きっとこれは甘いモノを食べたことで血糖値が上がったせいだろう。
今思えば今年のバレンタインデーは何だかちょっとだけ甘酸っぱい香りが漂っていた気がする。
ただの気のせいかもしれないけれど、そう思い込んでおきたい俺を、いったいどこの誰が咎められようか。
二月も半ばの寒い冬の日。
今はただ。
春の訪れが待ち遠しく思えてならなかった。
最後までお読みいただきまして
誠にありがとうございます!
こんにちは、作者のちむちーです!
季節ネタの短編を書いてみました!
(*´v`*)ホワイトデーはどうしよう……笑
ほんのちょっぴりでも
ああ面白かったな、なんか良かったなと
思えてしまった、そこのアナタ。
感想やら評価やら
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創作の励みになりますゆえに。
ではでは。
またどこかでお会いいたしましょう。
アナタに甘酸っぱい春の訪れがあらんことを。