リコロ様はカナヅチ
「リコロ様、ご無礼を!」
真夜中、部屋に飛び込んできたメイドが言った。
彼女は若く美しく、巨乳! 程よく爽やかな色気を纏いながら、巨乳! 何でも出来る有能メイドで、弾む話術も素晴らしくて、巨乳!
極めて大事なことだから三回言いました。
それはともかく、彼女は僕の頭をその巨乳で包むようにして抱き込み、軽々と持ち上げて、窓から外へと躍り出たようだ。僕は巨乳に視界を遮られていたので、音と感触しか分からなかった。
窓の外は海。飛び込んだ水音と水圧と巨乳が僕を包む。僕は気を失った。
僕はとある大公家の第三子だ。大公国は面積的にはあまり大きくないが、長く海に面していて貿易の中継地や船の寄港地として重要だ。
天然の湾や、古代遺跡の残るいくつかの小島があり、海産物も豊富で観光地としても人気がある。
この地を治める大公、僕の父はこの国を中立国としてうまく治めている。国は平和で、観光地は栄える一方。
大公家の子供は男子ばかり三人。二人の兄上は年が離れており、あまり交流がない。そして、兄上の母である大公妃様には、お目通りすらかなわない。
それも仕方がないことだった。僕は認知された第三子とはいえ、妾腹の子。目障りなのだ。
小さい頃、こっそり使用人に聞いたところによると、大公妃様はあまりお胸が大きくないらしい。そんなら、別に会えなくてもいいや、とその時の僕は思った。
僕は巨乳が好きだ。見るだけでもよい。そこに巨乳があるだけで幸せだ。でも、けして小さいお胸を差別するつもりはない。例えるなら犬が好きか、猫が好きか、どっちを見てる時がより幸せか。そういった区別である。念のため。
そんな僕も十四歳になる日が近づいた。十四歳になると、大公位の継承権が与えられる。もちろん、順位としては最下位だ。
兄上たちの時は誕生日を盛大に祝い、継承権を得たことを内外に広くアピールしたらしい。ところが僕の場合は、誕生日の少し前に海辺の別荘に連れてこられて軟禁された。
今までも大公邸の隅っこで大人しく暮らしてきたので、そんなに圧迫感はない。ただ、僕はカナヅチだ。海辺の別荘は当然のように全室オーシャンビュー。圧迫感は無いが恐怖心は高まるばかり。
そんな僕の癒しは、この別荘に居るメイドのディーナ。若くてピチピチで巨乳! 僕の世話係だ。他に執事が一人と料理人がいる。別荘の外には警備の兵士が何人かいるが、中には入ってこない。
そんなわけで、僕は視覚的にディーナの巨乳を堪能し放題だった。他に見るものが無いのもあるけど。オーシャンビューなのに海が怖いとか、悲しい。
大公邸の隅っこ暮らしだった僕は、そんなに手のかからない子だと思う。屋敷に居た時は使用人がお世話してくれたけれど、何かあると後回しにされるのだ。断っておくが蔑ろにされたとか、そういうことではない。
隅っこにあった僕の部屋には、たまにメイドを怒鳴る家政婦長の声が聞こえてきた。
『奥様の指図が最優先です!』
『奥様を煩わせるような行為は厳禁です!』
『奥様がお知りになったら、庇えませんよ!』
使用人さんは大変そうだ。いつしか僕は、食事が運ばれてこない時は、自分で厨房に取りに行くことを覚えた。料理長は驚いていたが「みんな、忙しそうだから」と言うと、デザートをおまけしてくれた。
そんな感じでいろいろあって、僕は服も一人で着られるし、ベッドメイキングくらいは出来る。見て覚えた。
大公邸での僕の一日の半分は勉強の時間だった。先生は年配の方ばかり。基礎をみっちり仕込まれた。剣の先生も来たけれど、打ち合いはほとんどなかった。
「まずは体力づくりです。逃げ足を鍛えるのが先ですよ」
そう言われて、小さな裏庭で走ったりうさぎ跳びしたり。体力がつくとベッドメイキングが楽になった。使用人さんって体力あるんだ、と尊敬。
ベッドメイキングを覚えておいて良かったことがある。
別荘に軟禁されてから、お世話係がメイドのディーナ一人だけなので、ベッドメイキングの時くらいは手伝うことにした。
二人でシーツの両側を持ってふわ~ってするとき、シーツの隙間から巨乳がぷる~んって。
会話も弾むが乳も弾む。ディーナは大公国一のメイドだ。(僕認定)
弾む会話の中身だが、ディーナは聞き上手だ。大公邸の生活の事とか、家族の事とか。たいていはふんふんと普通の顔で聞いてくれたが、大公妃様と顔を合わせることが無かった話をすると、少し悲しそうな顔をした。
「お母様がいなくて、寂しかったですか?」
意を決したように聞かれて、僕は考えてみた。
「お母様がいる生活を知らないのでわからない」
そう答えれば、ディーナは少し泣きそうだった。
母親のことは僕は何も知らない。一度、執事に訊いてみたけど、彼も本当に知らないそうだ。
ある日、父が五歳くらいの男の子を自分の子だと言って連れてきた。大公家の血筋を現す髪色と目の色のせいで、疑われることはなかった。でも、大公妃様が明らかに機嫌を損ねたので、それ以来、僕は屋敷の隅っこに隠されるようにして育った。
お父様とは月に一回くらいは当たり障りのない話題だったけどお話ししたし、使用人は忙しくなければ会話できたし、家庭教師も来たし、別に寂しくなかった。たぶん。
軟禁されて数日、明日は僕の誕生日、という日の真夜中。ベッドで眠りかけていると急に騒がしくなって目が覚めた。扉を蹴破るような音、窓ガラスの割れる音。ベッドの上に起き上がったところで、ディーナがノックもせずにドアを開けた。
「リコロ様、ご無礼を!」
そういった彼女は僕を抱き上げて海に飛び込んだ。水が怖い僕は、すぐに気を失った。
そして目覚めると、そこは、天国でした。
僕は仰向けに寝かされていた。目の上には生乳! 見下ろすのはディーナ。
つまり、裸のディーナの膝枕で寝てる状況?
でもなんか視界が変だ。青っぽいし、ユラユラしてる。水の中みたい。もしかして海の底? 天国って、死後のアレ?
「気が付いた」
ディーナが笑う。見るだけでホッとする笑顔。見るだけでホッとする巨乳。
「大丈夫?」
「うん」
起き上がって見ると、本当に水の中だった。でも、苦しくない。
ディーナは上半身裸で、うおう! 貝殻ブラだ! そして下半身は魚。つまりは……
「人魚?」
「そうだよ。リコロもそう」
自分の下半身を見てみると魚。僕も上半身裸。貝殻ブラは無し。いやん。
「突然、驚かせてごめんね。命を守るのが最優先で」
別荘への襲撃者は大公妃様の差し金らしい。何が何でも、妾腹の子に継承権を渡したくない、と成人前の暗殺を企んだのだ。お父様は僕を守るために、別荘に匿った。
「戻ったら殺される。陸に戻りたいなら、別の国にした方がいい」
「海の中で暮らすことも出来る?」
「出来るよ。しばらくここにいて、比べてから選ぶことも出来る」
僕は、とりあえず海の中で暮らすことになった。
あまりに環境が変わったせいか、僕は自分の身体がどうして人魚なのか不思議にも思わなかった。ディーナに泳ぎを教わりながら、何日間か海で暮らした。一度、サメに襲われそうになったけど、ディーナが睨むと逃げていった。
「強い!」
「一応、人魚は海の住民の中では高位だから」
「僕は人魚と認められなかった?」
「子供のうちはね、狙われるんだよ」
「僕、もう大人!」
「ううん、まだまだ子供」
ディーナに笑われた。
ムッとした僕だが、大人のマーマンを見て納得した。筋肉ムッキムキ。僕と違い過ぎる。
そして、女性の人魚も巨乳ばっかりじゃなかった。小さいお胸の人魚も、全身まんべんなくふくよかな人魚もいる。若いのも、ご年配のも。
つまり、ディーナは特別に綺麗で巨乳な人魚だ。
「ねえ、僕が海の中で暮らすことに決めたら、ディーナはお嫁さんになってくれる?」
大事なことだから、住むところを決める前に訊いた。ディーナは目を丸くした。
「すごく、うれしいけど、無理」
「……ディーナは僕のお母さん?」
「うん、そう。バレてた?」
ディーナはちょっと泣きそうな顔で笑った。
だって、サメを追い払う時のディーナの気迫はすごかったのだ。思い出せば、別荘で夜中に部屋に助けに来てくれたときもそう。
それから、僕が生まれた経緯を聞いた。
お父様が海辺を散歩してた時に、人間の祭りに参加して酔っぱらったお母さんと出会ったそうだ。
「あたしも若かった。情熱に任せたワンナイトラブだった……」
それでお母さんは僕を身ごもった。一月ほどで魚の姿で生まれた僕は、それから五年、海の中でお母さんに大切に守られながら育った。
五歳になって人間の姿にもなれるようになり、一応、父親に会わせようと陸に連れて行ったそう。
「リコロのお父さんは、陸で育てたいって言ってきた。
だから、自分で考えて選べる年頃になったら、本当のことを話す約束で預けたの」
海に入ると人魚の姿になる恐れがあったから、水を怖がる暗示をかけた。小さい魚の姿の時の記憶はほとんど残ってない。
継承権を得られる日が近くなって、大公妃様が僕の命を狙い始めた。とりあえずお父様の指示で別荘に匿われたけれど、居所がばれて刺客が送り込まれた。
内緒でメイドとして潜り込んでいたお母さんが、僕を守ってくれたから助かったんだ。
「危険は海も陸も同じ。陸はすでに危険だけど、リコロが大人の人魚になるまで百年ぐらいかかる。その間は子供人魚として普通に危険」
人間の姿をしていると人間の速度で歳を取るらしい。人魚の姿だと、長寿の種族らしくゆっくり歳を取るのだ。
「もちろん、子供人魚の間はあたしが守るよ」
僕は考えた。
僕の巨乳好きは、僕の男としてのアイデンティティだと思ってたけど、ただのマザコンだったのかもしれない。
だが、どちらにせよ、母の巨乳は世界一である。そこから離れる選択肢はない。
「巨乳一択で!」
「え?」
「あ、間違えた。僕、人魚として生きたいです」
「わかった」
そう言って、お母さんは僕を抱き締めた。ああ、幸せ。
それから、人魚として生きます、と海の神様の神殿へ挨拶に行った。
神様の娘さんのキュートなピンク色人魚にウィンクされてドキドキ。神様に睨まれてガクブル。
男ならマッチョを目指せと、神様にキャンプに放り込まれて全身の筋肉がブルブル。
概ね、楽しい日々だ。たぶん。
お父様には手紙を出した。人魚になるという報告と、一緒に生活した間楽しかったです、ありがとう、と。出来れば、いろいろ構ってくれた使用人の皆に感謝を伝えて欲しい、と。
何年もしてから、奇跡のように、ボトルに入った返事が届いた。
紋章の入ったカードには一言だけ『元気で過ごせ』と書かれていた。