爺ちゃんは魔法使い(仮名)
「いただきまーす!」
「はい。お召し上がりください」
翌日。日課のお参りに行くと、約束通り仙孤さんがおいなりさんをご馳走してくれた。
最初は遠慮したが、俺の為に頑張って作ったと言われちゃあ断れない。それにこんな可愛いお姉さんのお誘いは、元々断れる精神など持ち合わせているはずもなく。
ふぅ。しかし、視界の端に映っている胸は相変わらずデカい。意識を逸らすのが大変だ。
巨乳で優しくて包容力を感じる雰囲気に、思わず惚れそうになってしまう。
だけどダメよ聖人。この人には俺なんかより相応しいお人がいるに違いないんだから。だから決して好きになっちゃダメよ!
……なんてバカなこと考えてるけど、ぶっちゃけちょっと惚れそうになってるのは内緒。
でもこんな気持ちを抱くのは年頃の男子なら当たり前。この好きになりそうと、好きになったは大きく違うと思う。具体的にどう違うかなんて説明出来ないけど。
今はなんて言うか……母さんとは違ったママみを感じて、安心感を得ている感じだ。
まぁ今はそんなことより、おいなりさんだ。形も良いし、味も良いし、マジで美味い。
「そしてお茶もうめぇ~」
「ありがとうございます。ところで、宮臓お爺様のご様子は如何でした?」
「調子は良さそうです。ただちょっと、仙孤さんの話をした時の様子が変だったのは気になりましたけど」
病室から出る時に、爺ちゃんがどこか悲しげな雰囲気だったことを話す。
今まで爺ちゃんがあんな様子を見せたこと無かったから、かなり印象に残っている。
その後に起こった謎の現象の方が気になるけど、それを無関係の仙孤さんに話しても意味はないだろう。
「なるほど……そうなんですね。やっぱり思ったよりも早い…」
「仙孤さん?」
「いえ、なんでもありません。確かに不思議ですね。不知火さん程にないにせよ、私も宮臓お爺様には可愛がって頂いた身。悲しげな雰囲気を纏うところなど、一切見たことないですね。というより、想像出来ません」
まぁ、そうだよなぁ…。仙孤さんが言った通り、爺ちゃんがあんな悲しげな雰囲気を出すことなんて、想像すら出来ないくらい豪快な人間だ。
哀愁みたいなのすら感じた。
「でも大丈夫ですよ。いつまでも病院にいては、どんな人でも気が滅入ると思います。なのであまり気にすることは無いですよ」
「……そう、ですね…。気にしないようにします」
――――――――――――――――――――――――
仙孤さんと分かれて、病院へ。
今回は昨日みたいなワープ事件が起きることはなく、普通に一時間歩いた。
「爺ちゃーん。元気か?」
「おう、聖人。毎日飽きずに、ご苦労なこった」
「今はまだ元気だけど、老い先短いことには変わりないからな。少しでも顔を拝んでおきたいんだよ」
「はははっ!お前はいつまで経っても、爺ちゃん子だなぁ」
仙孤さんの言う通り、爺ちゃんの様子が変だったことはあまり気にしないようにする。
とは言っても、不安が拭い切れない物が俺の中に残り続けていることは変わらない。
今の爺ちゃんの様子からも、どこか覇気が無いように感じる。
「……………」
「ん?どうした聖人。また病院前まで急にワープでもしたのか?」
ベッド横の椅子に座って、だんまりな俺に爺ちゃんが聞いてくる。
「いや、そんな不思議現象は起きなかったよ。ちょっと高校で上手くやっていけるか、不安なだけ」
「ふむ?そうか。何も心配することはないと思うがな。今の聖人ならどこに行ってもやっていけるだろうて。がっはっはっは!」
……今の、俺ならか…。
「今の俺ならって、いつの俺だったら上手くやってけないんだよ」
「うぅん?そうだな~……一昨日か、昨日の昼くらいまでのお前だったら、かな?」
「なんだそれっ」
俺と爺ちゃんはくだらない話で笑い合う。
だけど、今の会話でなんとなくわかった。
爺ちゃんは、俺の身の回りで起きていることについて、何か知っている。
そしてそれはたぶん、爺ちゃんも出来る。
婆ちゃんが言ったように腕を生やせるんだろうし、きっとこれから死ぬ人間の病気を治すことだって出来ると思う。
爺ちゃんが病人を治したなんて話は聞いたことないし、俺の想像でしかないけど。
だけどそんな漫画やゲームみたいな能力を爺ちゃんが持っていても不思議ではないことくらい、これまでの爺ちゃんの行いで分かりきっている。
竜の折り紙や料理がプロ並みの件は、努力すればまだなんとかなる範囲だ。
しかし60歳で百メートルを10秒切ったり、建物の屋根に飛び乗ったりなんて、普通の人間が出来ることじゃない。
そして俺が思うに、爺ちゃんはそこにも何か魔法をかけていたんじゃないかと思う。
『自分が何をしても、誰も気にしない魔法』みたいな。
そうじゃなかったら、周りが「爺ちゃんすげー!」だけで終わるはずがない。
厨二病の発想だと思うだろうけど、あんなファンタジーな経験をしまくれば、こんな厨二病みたいな考えは誰だってする。
……だけど、なんで急に爺ちゃんのやったことに疑問を大きく持つようになったのかが不明だ。
それに結局、昨日婆ちゃんの言う事や爺ちゃんのやってきたことに疑問を抱いたままのは俺だけだったし。母さんは「それはお父さんだから!」の一点張りだった。
とは言うものの、まぁこれもある程度の推測は出来ると思う。
例えばこれが某ファンタジーゲームだとして、雷属性相手に雷魔法を使ったところで意味が無い。無効、あるいはHPを回復させてしまう結果になる。
これに置き換えてみると、爺ちゃんの能力が俺にも芽生えて、そのせいで爺ちゃんの魔法が効かなくなったと推測出来る。
「―――はっはっは!昨日はそんなことがあったのか!?」
「うん。まさか親父の口から魂が抜け出るなんて、もう笑っちまうよ。あっはっは」
そして昨日あった漫画みたいなバカ話を聞いても、こうして疑問に思わず信じる爺ちゃんの様子からして、俺の推測はほぼ当たっていると確信した。
だけど俺はそのことについては聞かない。
爺ちゃんは俺の話を聞いて、俺にも爺ちゃんと同じような能力が使えることに、気付いているはずだから。
それを爺ちゃんから話すまで、俺は待つつもりだ。
その方がきっと、お互いの為な気がしたから。
――――――――――――――――――――――――
「ん?もうこんな時間か。聖人、今日はもう帰りな」
「ああ。本当だ、もう夕方か」
いつも通り爺ちゃんと適当に話をしていたら、気付けば夕方だった。
なんか最近、時間の流れが早く感じるなぁ。
「それじゃ爺ちゃん。また明日」
「ああ。またな」
そう言って、俺は病室の出入り口に向かう。すると―――
「聖人」
「ん?なんだ?」
「……それは、基本好きに使っていいが、人を悲しませることだけには使うなよ?」
爺ちゃんの言葉に、俺は目を見開く。
具体的になんのことを指しているのかなんて、言葉にしなくてもわかる。
「……うん。わかったよ」
「そうか。まぁ、そうだろうな…。お前は誰よりも純粋で、いい子だからな。……幸せになれよ」
「……………うん」
結局爺ちゃんは、多くは語らなかった。だけど俺には、それだけで十分だった。
爺ちゃんが長年隠していた秘密を話してくれたのが、何故だか凄く嬉しかったから。
―――そして爺ちゃんはこの二日後、病室で亡くなっていた。仁王立ちしながら。
「―――いや、その死に方で良かったの?爺ちゃん…」
悲しみよりも、呆れと驚きで一杯になった。
ベッドのテーブルの上には、爺ちゃんの遺言書があり、そこには爺ちゃんの遺産の三割を使って葬式で宴を開けということ。死んだ姿の写真を撮っておけということ。使える臓器があったら、ドナーとして使ってほしいということ。
そして最後に―――残りの遺産は、俺に譲るということが書いてあった。
いつまでも前日譚を続ける訳にはいかないので、少々駆け足になってしまいました。
あと二、三話したら『最初のヒロイン』編が始まる予定です。
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