鳴久野花音、決意する
「はぁー!疲れたー…」
鳴久野さんを元気にして、彼女の尊さに目を潰された。
しかしそれはあくまで比喩表現。なんの問題もない。
俺はトランプ、大根、薔薇を作った影響でめっちゃ疲れていた。その為今は自分の机に突っ伏していた。汗もかいてら。
「え?……マジックってそんなに疲れるちゃうの?」
俺の背中を謎にナデナデしながら聞いてくる鳴久野さん。
凄く申し訳なさそうにしているが、どうか気にしないでほしい。マジックそのものはあまり疲れないからな。
え?そういうことじゃないって?わかってるよ。ちゃんとフォローするよ。
「ああ。覚えたばかりのマジックだったからさ。出来るかどうか不安でいっぱいだったんだ」
「そうなんだ……ごめんね、私なんかの為に…」
「おっと。それは違うぞ鳴久野さん」
「え?」
俺がイマジネーションで三つも物を作り出した、つまり300メートルを全力で走るくらいの体力を使ったのは、彼女に笑顔になって欲しかったから。
せっかく助けたのにずっと泣いていられちゃ、助けたこちらもなんか悪い気がしてきちまう。
だから笑顔になって欲しくて、少しばかり無茶をしてしまった。
それにここに爺ちゃんがいたら、同じことしたろうしな。
「俺は鳴久野さんに泣いていて欲しくなくて、マジックを披露したんだ。楽しかったろ?さっきのマジック」
「う、うん…」
「だったら謝罪の言葉よりも、もっと聞きたい言葉があるんだ」
「……………」
鳴久野さんは少し目を見開き、隣にいる裕理さんを見る。
裕理さんは彼女に優しく頷き返し、俺が欲しい言葉を促してくれた。
「えっと……不知火さん。まだ不慣れなマジックをしてくれて、ありがとうございました。おかげで、凄く元気を貰えたよ」
鳴久野さんは顔を伏せながらも、目線は真っ直ぐ俺に向けながらお礼を言ってくる。
薄々感じてはいたが、彼女は少しばかり人見知りみたいだ。しかも後ろ向きな性格で、つい謝ってしまう癖があるようだ。
だから面と向かってお礼を言うのには慣れていない。しかし彼女からは、感謝の気持ちは十分伝わってきた。
「どういたしまして。俺もマジックをやった甲斐があったよ。独りよがりな押し付けにならなくて良かった」
「押し付けだなんて、そんなことないよ!本当に凄かったし、見ていて楽しかったもん」
「あははは。それはよかった」
とにかくこれで、鳴久野さんを完全に元気にすることが出来たかな?
しかし俺には、もう一つ説明しなければならないことが残っていたのを忘れていた。
そのことについて、裕理さんから言及があった。
「そういえば聖人さんって、肩の力も凄かったわよね?さっき花音を助けた時のやつ。未経験者って言う割にはフォームも綺麗だったし、なにかスポーツでもやっていたの?」
はっ!そうだった。普通、野球未経験者があんな剛速球を投げれる訳ないんだよな…。なんであそこでカッコつけちゃったんだか…。
えっと……これマジでどう説明したらいいんだ?爺ちゃんみたいに、俺のやることに疑問を抱かないようにする?
でもそれって誠実じゃない気がするし、だからといって「俺にはイマジネーションという超能力みたいなのがある!」なんて言っても信じてもらえる訳ないしな…。
「え~っと……筋トレが趣味ってことにしといてくれないか?」
5秒だけ考えた末、俺は「そういうことにしといてくれ論法」を使うことにした。
この言葉は相手に対して「あまり他人には言いたくない事情がある」という事を示唆させることが出来る。
誠実でないことに変わりない気がするが、少なくとも噓はついていないはずだ。
「あ~…。訳ありか……ごめんね。不躾だったよね」
「いやいや、気にしないでいいよ。別に重たい話って訳じゃないし、話せる時があったら話すから」
ていうかイマジネーションのことは、あまり人に話してはいけないんだったな…。爺ちゃんから言われた訳じゃないが、少なくとも爺ちゃんはイマジネーションを与えてくれた神様にそう言われたようだ。
うーん。俺も一度、その神様とやらに会ってみたいな…。
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―――鳴久野花音の日記―――
今日は少し不思議な人と出会いました。今日は入学式だったんだけど、不運にも野球ボールが私に向かって落ちてきたのです。
私はそれに気付くことが出来ず、危うく直撃するところだったけど……そこへ一人の男の子が間に入ってくれて、私を庇ってくれたんです。
酷く鈍い、嫌な音が聞こえて、男の子が私を庇って怪我をしてしまったと思いました。
しかしそれは気のせいだったようで、男の子は全然平気な様子で、手に持った野球ボールを片手に笑顔で「大丈夫」と言いました。
それを見て安堵した私は安堵から腰を抜けしてしまい、さらには涙まで流してしまいました。昔から凄い泣き虫だったので、全然涙が止まることなく、そのまま教室に行くことに。
一緒に登校していた裕理ちゃんのおかげで、なんとか教室に着くことが出来たんだけど、私を助けてくれた男の子……不知火聖人さんにも悪いので、涙を止めようとしました。
しかし全然止めることが出来ず、不知火さんをオロオロと困らせてしまいました。
泣き虫な自分が嫌になった私は、その自己嫌悪で押しつぶされそうでした…。
だけど不知火さんは、そんな私を元気づけようと、マジックを披露してくれました。
それは見たことないマジックで、私と裕理ちゃんだけでなく、クラスの皆も拍手を送るほどでした。
最後には薔薇の花をプレゼントしてくれて、不知火さんは凄く優しい人なんだと思いました。
だけど不慣れなマジックをしたせいか、不知火さんは凄く疲れてしまったみたいです。
私のせいで……と思ってしまった私は、謝ってしまいました。自分に自信がない私は、いつの間にか謝る癖が出来てしまっていたから。
だけど不知火さんは、謝って欲しかった訳じゃなかった。
そうだよね。誰だって、謝って欲しくて元気づけようとなんてしないもんね。
そう思った私は、改めて「ありがとう」とお礼を言いました。
彼はそれを、笑顔で受け入れてくれた。
その笑顔が、今でも脳裏に焼き付いています。
お友達になれたかどうかわからないけど、今度お礼も兼ねて、遊びに誘おうと思います。
私は男の人が苦手だけど、これを機に克服しようと思います。
不知火さんなら、良いお友達になれると思うから。




