大人気シリーズ「地球」マンネリ化
目が痛くなるほど白一色の空間に、「地球」というタイトルの本が二冊、置かれている。傍らには、形容も名状もできない奇怪な姿をしている上位存在が二人。顔がどこにあるのか判らないが、ずいぶん不満そうな表情。
片方の、Tレックスの頭部が蠢く者が言った。
「ビミョーだわ。今回も」
彼は本を持ち上げため息。今持っている本は小説であり、地球という惑星を描いた作品。上位存在の二人が好きな作品。
もう一人の、トリケラトプスのエリを身体中につけた者も言う。
「未だ人類が主役だ。もう百巻も続いている」
「ドッゴも同じ感想か」Tレックス持ちが話す。これは愚痴だ。「環境問題があれこれ。地球を守るためにうんぬん。なんつーかなぁ。小賢しいんだよな。賢者ではないし、生粋のバカでもない。半端なんだよなぁ人類って。Tレックスみたいにかっこよさ全振りでもいいのによ」
「トリケラトプスのほうがかっこいいぞ、イミアケ」
ドッゴによるいつもの推し自慢。Tレックス持ちのイミアケはカカカと笑う。しかし一〇七二巻目の地球を見て、嘆息。ドッゴもポツリとこぼす。
「恐竜時代に戻らないものか。人類編の億兆倍ほど面白いというのに」
「地球の最盛期は恐竜時代なのは間違いないわ。あれほど生命がイキイキしている頃はない。Tレックスの冒険譚は本当に良かった」
「あぁ、トリケラの家族愛も素晴らしかった」
過去の栄華に浸り、そして人類への憎悪を募らせる。よくいる懐古主義者だ。
「人類はつまらん」ドッゴが憤慨を放出する。「現代までずっと内ゲバの歴史だ。創作については素人だが、人類の天敵がいないのは明らかにミスだ。だから人類同士で争わせている。そう、それが一番白ける。今更天敵生物が出てもまた白ける。初期の構想からして間違いなのだ」
人類のことになるとドッゴはいつもこうだ。イミアケも聞き慣れた。飽きてはいない。彼も同じ想いだから。
イミアケも口を開く。
「それに、舞台もほぼ固定なのもな。ヨーロッパってとこか、東アジアか、今だとアメリカしかない。アフリカや南米がほとんど置物の死に設定だ。主役張れたのは初期も初期。アメリカに至っては巻が進んでいきなり現れた。どう考えても展開に困ったから出している。しかもあとで最強になるし。最強キャラはいてもいいけど、ライバルほとんどいないのはホントゴミ」
「全くもってその通り」ドッゴも文句のトルクを上げる。「第二次世界大戦とやらも酷かった。あれほどつまらないのは初めてだ。戦う前から結果が見えている上に、第一次のコピペだ。ナチとやらが陳腐なのもいただけない。今時あんな悪役を出すなんてな。日本とやらを動かしてコピペ感を減らそうとする意図も丸見えだ。どっちにしろ勝敗がやる前から解る」
どんどん言葉に色がつく。赤い怒りが声にまとう。ドッゴの言葉が続く。
「大体アメリカ合衆国が強すぎる。イミアケが言ったようにライバルもいない。ベトナムとかで苦戦させられても今更だ。あれほど苛立ったことはない。それに、だ」癪の花が開く。話の時間軸が戻る。「何が世界大戦だ。ドイツぐらいしか戦っていないじゃないかね。その後の冷戦もまた……どうして大国同士の総力戦という解りやすく面白い話を書かないのかね。とっとと核を撃ちたまえよ」
最後は早口だった。ドッゴはイミアケ以上の人類アンチ。今やアンチ活動をするために地球を追っている。
話は古い巻に持っていかれた。人類への私憤は変わらず。十九世紀以前への不満を言う。
まずはイミアケから。
「なんでヨーロッパが偉くなったかねぇ。強くなったにしろ、やることが弱いものいじめばっかだ。そんなに強いんならヨーロッパだけでバトロワさせればいいのに。扱いを明らかに間違えている」
「ナポレオンとやらが出てきた時は期待したのだがね」苦虫を潰したかのようなドッゴの顔。「……結局退場した。人類編に入ってから、面白くなりそうなところでいつも終わる。前に抗議したのだがね」
「だいたい産業革命が悪いんだよ」イミアケの言葉にドッゴ、深く首肯。イミアケは続ける。「これが全世界で起きたら騒がしくなっていいのに、ヨーロッパにだけ起きた。作者の優遇には辟易とさせられるわ」
二人のヨーロッパヘイトが高まってきた。人類嫌いになったのも主にこういった部分からだ。アンチ発言にも火が盛る。
ドッゴはトリケラのエリを震わす。
「現代に話を戻すと、宗教がクソだ。何巻引っ張るのだ、この話は。キリストだのイスラムだのユダヤだの。しかも今は宗教が否定されたとあるのに、まだ、まーだ続けている。イスラエルとかで『ここは二千年前に我々の土地だった』と言って戦うとか。こんなんで盛り上がるとでも思っているのか、作者は」
「科学の時代と銘打っているクセに、新しい宗教が生まれるもんな。流石にダルいわ。宗教ネタはもうやめてほしい」
「……石器時代は面白かった。人がまだ生物らしかった時は素直に良かったと言えるよ」
二人はその時代に想いを馳せる。新しい主役種族として現れた人類。力も弱く一人では生き残れない。なので仲間を募る。知恵を絞って生き残る。心を打たれないハズがない。懸命な者は感動を呼ぶ。
しかし、時代が進むにつれ、変わった。人類は全生物の上に立つ。天敵はいなくなり、内ゲバを始めた。彼らの進化は内輪揉めのためにあった。外敵のため、力を合わせることさえない。
一人でマンモスを狩り、部族の英雄になるという話は、もう現れないのだ。昔、二人はこの英雄で語り合ったもの。
イミアケはTレックスの頭部よりため息。
「もう隕石落としてくれないかねぇ。恐竜時代に戻してほしいわ。人類編はもういいでしょ」
「なんなら完結してくれても構わんがな。俺達の戦いはこれからだ、でもいい。いや、やはり人類には滅んでほしい……」
こうは言うが、最新巻は買うのであった。千巻も続けば習慣にもなる。