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現代短編

わたしのママは本当のママ

作者: 糸木あお

《わたしのママはいつも一生けんめい働いています。たまにあるママのお休みの日には二人でいっしょにホットケーキを焼きます。ママと食べる出来立てのホットケーキがわたしの一番好きな食べものです》


 ある所に美しい娘とあまり美しくない母がいました。若いシングルマザーの母は毎日、昼は警備員、夜は居酒屋の仕事を掛け持ちして一生懸命働いていました。


 娘は母にわたしのお父さんはどこにいるの?と聞くと母は困ったように笑いました。その顔を見て娘は二度とこの話題を出すのはやめようと思いました。


 二人の生活はとてもささやかで、お金に余裕はありませんでした。それでも娘は美しく賢く成長していきました。


 ある日、娘は駅前のドラッグストアで万引きをして捕まりました。初めての事だったので警察には通報されませんでしたが、迎えにきた母は娘の頬を強く打ちました。


「どうしてこんなことをしたの?そんな風に育てた覚えはないわ」


「何よ、いつも忙しくて全然育ててなんかくれていないじゃない!ママはわたしのことなんかいらないんだ!わたしは橋の下で拾われた子なんだ、だって全然ママに似ていないじゃない!」


「そんな事ないわ。顔は似ていないかも知れないけどママと紗季ちゃんはちゃんと血が繋がっているのよ。小さくて暖かくてふにゃふにゃのあなたを初めて抱いた時、ママはとても嬉しくて涙が出たのよ」


 娘が万引きしたのはハンドクリームと口紅でした。ガサガサの荒れた手で化粧っ気の無い母にプレゼントがしたかったと言いました。


 それを聞いた母はごめんね、と言いながら娘を抱きしめました。


 母は娘と関わる時間を増やすためにもっと稼げる仕事を探しました。それは母にとっては辛い仕事でしたが歯を食いしばって頑張りました。


 そんなある日、二人の家に一人の女性が訪ねてきました。娘に良く似た品の良い美しい女性でした。娘は親戚の人かな?と思いました。その人はこう言いました。


「今までずっと待たせてしまってごめんね。お父さんがおじいちゃんの遺産相続をしたから一緒に暮らせるのよ」


 娘にはその言葉が理解できませんでした。


「帰ってください。わたしのママはママだけなんです」


 帰宅した母に娘は事情を聞きました。曰く、歳の離れた姉が出産をしてすぐに蒸発をしたので当時17歳だった母が育てる事にしたという事で、父親もどこの誰だか分からないのでシングルマザーとしてここまで育ててきたと言いました。


 確かに娘と母は血が繋がっていました。しかし、姪と叔母の関係でした。母は経済的に裕福な姉夫妻に引き取られた方が良いのではないかと考えました。


「ねぇ、紗季ちゃん。きっとね、本当のママのところに行けば欲しいものもたくさん買えるし、どこの大学にだって行けるわ。わたしといるよりもずっと幸せになれるわ」


「そんなのイヤよ!わたしは貧乏でも今のママと一緒が良い!お金ならもうすぐ高校生になるんだから自分で働いて稼ぐ!だからママの側にいさせて。ママがいないといとわたし、幸せになんかなれないよ」


「でもね、あの人が紗季ちゃんの本当のママなのよ…?」


「わたしのママはママだけなの。あんなおばさん知らないし一生会いたくない。ママはずっと自分を犠牲にして実の子じゃないわたしを育ててきたんだよね?わたしまだママに何にも返せてないよ!だからこれからも一緒にいてよ、お願い。他には何にもいらないから」


「ううん、そんなことないのよ。ママは紗季ちゃんが産まれてからずっと幸せだったわ。慣れない育児で寝不足になったり大変なこともたくさんあったけれど、ママは紗季ちゃんが初めて笑いかけてくれた時、涙が出るほど嬉しかったの。運動会のリレーで紗季ちゃんが一位になれば誇らしかった。勉強だって塾に行かなくてもいつもクラスで一番で県内で一番の高校に特待生で入れるなんて普通に出来ることじゃないわ。紗季ちゃんはいつだってママの自慢の娘なのよ。紗季ちゃんがいるだけでママは幸せなのよ」


「ねえ、ママ。わたしこれからも頑張って勉強して良い仕事についてママに楽させてあげるから、だから、あんな人のところに行けなんて言わないでよ」


「紗季ちゃん…ママは間違っていたのかも知れないわ。紗季ちゃんの幸せにはママが必要だって分からなかったのよ。だって、わたしは紗季ちゃんの本当のママじゃないから」


「ママはずっとわたしの本当のママだったし、血だって繋がってる!わたしの本当のママは今目の前にいるママだよ!」


 そう言って娘は泣きながらぎゅうぎゅうと抱きついてきました。そんな娘を強く抱きしめ返して、その体温で初めて紗季を抱きしめた日のことを思い出したのです。この15年でわたしはちゃんとママになれていたんだなと思いました。


 姉と娘の遺伝子上の父親に娘がそちらの家には行きたがらないと告げると思ったよりあっさりと引き下がりました。母はあと何年かはわからないけど娘のママとして頑張ろうとホットケーキを焼きながら思ったのでした。


書いているうちにママという言葉がゲシュタルト崩壊を起こしました。感想や評価を貰えるととても嬉しいです。

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[一言] いいお話でした。
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