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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第三章

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第98話 片田舎のおっさん、確信を抱く

 騎士の警備を掻い潜ってやってきた刺客たち。

 数は……前よりも多いな。身を隠す場所がないからなのか、それとも玉砕覚悟なのか。真正面からどんどんと突き進んできているように見えた。


 というか警備の騎士たちはちゃんと仕事しろよォ! なんでこんなにぽこじゃか抜けてきてんだよ。数人どころじゃない、下手したら四方八方を囲まれるぞこの数は。


「――ふっ!」

「ぐあっ!」


 いの一番に駆け抜けてきた黒ずくめの男を切り倒す。悪いが、手加減が出来る状況と数じゃない。

 そして同時に、挨拶代わりの一太刀が容易く通ってしまったことに対する、少しの疑問が湧いて出てくる。


 こいつら、前の連中より明らかに弱くないか。


 確かに数は多いが、その練度は前回と比して大分低いように思えた。勿論、全員が全員雑魚とまでは言わないし言える状況でもないが、それでも初回の襲撃では一人を相手に大分手間取ったからな。


 もしかしたら、今回の襲撃は数合わせというか、質が確保出来ないから量だけつぎ込んだというか、そんな感じなのだろうか。

 それなら嬉しい誤算と言えるんだが、果たしてどうだろうね。


「グレン王子、サラキア王女! 身を屈めてください!」

「は、はいっ!」


 ひとまず、このままではいかんと檄を飛ばす。

 避難させるのは難しい。かといって、隠れられる場所もない。

 となれば、とりあえず屈んでもらって、少しでも被弾面積を減らす努力をしてもらう他ない。


 障害物も碌にないこの状況では、飛び道具一つとっても致命傷だ。前回は街中での近距離戦だったから、あれはあれで大変だったが楽でもあった。近くだけ気にしてりゃよかったからである。


 今回の場所は、開けているが視界が悪いという、守る側としてはちょっと難しいシチュエーションだ。

 相手が短剣だけなら問題ないが、弓でも構えられていたらちょっと厳しい。その警戒を怠るわけにもいかないから、自然と王子や王女の傍から離れられない。


 同じ考えに行き着いたであろうアリューシアやヘンブリッツも、俺と同じように王族の周囲を固めていた。

 それでも隙間なく守るのは無理だし、刺客が迫ってきたら護衛対象に被害が及ばないよう、少し距離を空けて戦わなきゃならない。


 襲う側から見たら、悪くない状況だ。

 まったく面倒くさいことこの上ないな。


「……うおっと!」


 ヒュンと飛んできたものを、反射で叩き落とす。

 ちくしょう、予想はしてたがやっぱり弓兵がいやがるな! 幸い腕はそこまで良くないようだが、それでも相手が遠距離攻撃手段を持っているってのはかなりヤバい。守る難易度が一気に跳ね上がる。


「……ッ! 弓兵も居るぞ! 矢に注意しろ!」


 同じくその存在に気付いたガトガが声を張り上げた。


 しかしそれを分かっていても、物理的に矢を全部弾き落とすのはかなり厳しい。比較的早いタイミングであいつらをどうにかしないと、王子や王女に矢が当たる可能性が否定出来なかった。


「ヒンニスは剣も使えるが、弓も扱える……! あの野郎……ッ!」


 どうやら教会騎士団の元副団長殿は、弓の扱いにも長けているらしい。

 となれば、自然と遠距離兵の指揮もそのヒンニスとやらが執っている可能性が高い。前回はガトガとの対決から逃げていたから、近接戦は分が悪いと踏んだか。


「……ガトガさん!」

「あァ!?」


 しかし、このままじゃ何にしろジリ貧である。

 雪崩のように押し寄せてくる刺客に加えて、弓矢まで飛んでくるとなれば、近いうちに限界が来る。こっちの護衛は実力者揃いだが、それでも体力と気力と視野の限界はあるのだ。


「弓兵を仕留めてください! ここは俺たちが!」


 ならばどうするか。

 誰かが突っ込んで、弓兵を仕留めに行く他ない。


「……ッだがよ!」

「行ってください! このままじゃどっちにしろジリ貧だ!」

「……クソが!!」


 飛来してくる矢が黒ずくめの男の背に突き刺さり、一人がもんどりうって倒れた。

 あいつら、敵味方お構いなしに撃ってきやがる。数打ちゃ当たるを地でいってやがるなちくしょうめ。


 勿論、こっちにだって余裕なんかない。

 数を頼りに迫り来る刺客たちを相手に、なんとか凌いでいるというのが正直なところ。しかし、相手の弓兵たちが軌道を修正し切る前に仕留めるか移動するかしないと、いずれ王子たちに矢が当たる。


「……分かった! 任せるぞ!!」


 迷っている時間も無駄だと踏んだか。ガトガが一層声を張り上げると、その巨体を躍らせて前線に突っ込んでいく。


 これでいい。

 ヒンニスとやらの因縁もあるだろう。仮に彼の個人的感情を加味しなかったとしても、誰かが突撃しなければ状況が打開できないのも事実。


 後はガトガの実力を信じるのみだが、そこは教会騎士団団長の肩書を信用するしかない。そもそも、こっちもこれ以上の手数は割けないのだ。そうしてしまうと王子と王女が死んでしまう。


 これで王族の守りは俺とアリューシアとヘンブリッツの三人。実力的には申し分ないが、枚数としては心許ない。まあなんとか凌ぐしかないんだけどさ!


 ……あれ? ていうかロゼは? ロゼはどこ行った。


 グレン王子とサラキア王女が農場を眺めていた時は近くに居たはずなんだが、いつの間にか護衛の範囲から逸脱している。


 彼女はなんだかんだで真面目な性格だから、こんな土壇場で護衛任務を放り出すとは思えないが……。


「あっ」


 居た。

 どうやら彼女は俺たちより少し前で、前衛として暗殺者たちの相手をしているらしかった。

 ふむ、まあ王女たちの周りを囲むにしても限界はある。戦闘をするために必要な距離を考えると、芋洗い状態になるわけにもいかない。


 となれば、彼女の判断はそう間違ったものではないはず。


 そう。間違ってはいないのだ。


 ちゃんと彼女が、刺客たちを抑えることが出来ていれば。


「せいっ!」

「う、ぐぁ……!」


 また一人。ロゼが守っているはずの前面から抜け出してきた刺客を斬る。


 短い期間ながら、彼女は俺の道場にも通っていた弟子の一人だ。ロゼの実力は、よく知っている。

 防御、そして守りからのカウンターに偏重した戦闘スタイルは、今回のような守る戦いにめっぽう強い。一対一は勿論のこと、一対多にも対応出来るロゼの剣捌きは、どう間違えてもこんな連中に後れを取る技術ではない。


 そもそも彼女は、前回の襲撃で手練れの暗殺者をしっかりと仕留めている。

 少なくとも、俺がこうやって容易に斬り伏せられるレベルの相手を、そう易々と通す使い手じゃあなかった。


「このっ!」


 また一人。振り被ってきた短剣を弾き、返す剣で袈裟斬り。呻き声を上げる間もなく、黒ずくめの男は血潮に沈んだ。


 そもそもだ。

 この数の刺客どもが、騎士団の防衛網を突破してきているのもおかしい。


 先日の襲撃犯ならまだ百歩譲って話は分かる。やつらは剣の使い手として見てもかなり上等だった。しかも、屋根から飛び降りてきたのである。警備の手薄な上からの襲撃となれば、直接俺たちが相手をすることに不思議はない。


 だが、今回の連中は違う。最初の襲撃に比べたら、一枚も二枚も劣る腕前だ。

 数だけは多いが、それだけ。王族の身辺警護は俺を含めた四人――今は三人――だが、外縁にはレベリオ騎士団と教会騎士団の騎士たちがずらりと並んでいるはずである。


 レベリオ騎士団の皆が、こんないい加減な仕事をするわけがない。

 そもそも不埒な侵入者に対して身を挺して防がないなど、騎士として言語道断である。そんな奴が居たら、もっと前にアリューシアやヘンブリッツから目を付けられていて然るべきであり。なんだったら除名されていてもおかしくない。


「くっ……多いですね……!」


 俺の隣。迫り寄った刺客を一突きで撃退したアリューシアが、思わずといった体で言葉を零す。

 流石に一人ひとり生け捕りで、なんて言っている余裕はない。その一人を生け捕ろうと相手している間に、次が来るのだ。とにかく迅速に、最短で、処理をしていくしかなかった。


「何をしているんだ、警備は!」


 続くヘンブリッツも、怒り声を上げていた。

 その叫びは尤もだ。数人ならまだしも、この数の不埒者が大挙して押し寄せるなど、警備が怠慢であるという他ない。


「……」


 考えられる線は、教会騎士団。

 彼らが、刺客を抜けさせている。あえて道を譲っている。そう考えるのが自然だと思えるくらい、押し寄せる物量は予想を遥かに超えていた。


 先日のレビオス司教との一件。

 そして、ルーシーとの会話を否が応でも思い出す。

 

 教皇派と王権派で争っているスフェンドヤードバニア。当然ながら、その影響は直下の組織である教会騎士団にも及ぶ。


 もし、この一連の流れが教皇派の狙いだとしたら。

 教会騎士団の元副団長の地位に就くほどの者が、反旗を翻しているのだ。グレン王子を亡き者にしようと暗躍している手勢が、教会騎士団の内部に居ても何らおかしくはない。


 そして。

 ロゼもまた、そのうちの一人だと考えれば。


 ――辻褄は合う。合ってしまう。


「……っとぉ!」


 ギラリ、と。日の光を浴びて妖しく煌めく飛来物を、剣で弾き落とす。

 短剣だ。近接戦では分が悪いと見たか、あいつら投擲に手段を切り替えやがった。あと一秒判断が遅れていたら、あの短剣は王子か王女に突き刺さっていたことだろう。


 ガトガが突っ込んだおかげか弓矢は飛んでこなくなったが、このままでは埒が明かない。

 相手の人員も無限というわけではないはずだ。なので、いずれこの攻勢は落ち着く。しかし、それまで三人で凌ぎ切れるかと言うと、若干怪しい。

 いや、正確には勝てるとは思うが、グレン王子とサラキア王女を無事に王宮まで送り返せるかと問われると、少し疑問符が付いて回る。


「……アリューシア!」

「なんでしょうか!?」


 襲い来る短剣を弾きながら、叫ぶ。

 分の悪い賭けだ。だが、こんな場所で囲まれるよりは、余程いいはず。

 それに教会騎士団に信頼は置けずとも、レベリオ騎士団は信頼出来る。むしろそこへの信頼が揺らいでしまったら、この護衛任務自体、自動的に失敗だ。


「王子と王女を連れて、レベリオの騎士の方に逃げるんだ! この場は俺が受け持つ!」

「……ッ! しかしっ!」

「いいから! このままだと囲まれる! どこかを突破するしかない!」


 四方八方から刺客が襲い掛かってくるわ短剣が飛んでくるわで、この場に留め置かれて好転する未来が見えない。

 それなら、外縁の警備に散っているレベリオの騎士を集めながら移動し、信頼出来る者たちで周辺を固めて王宮まで連れ帰ってもらう方がまだマシだ。


「グレン王子! サラキア王女! アリューシアとヘンブリッツに付いていってください! 身を屈めるのを忘れずに!」

「……わ、分かりました……!」


 一か八かの提案にはなったが、王子たちはなんとか頷いてくれた。

 ここで及び腰になられても困るから、申し訳ないけど後は覚悟を決めて動いてほしい。


「くっ……ヘンブリッツ、動きますよ!」

「はっ!」


 俺の声を受けて、アリューシアとヘンブリッツがじりじりと移動を開始する。

 馬車に乗っている暇はない。そもそも馬車はそこまでスピードが出る乗り物じゃないから、人間の足なら簡単に追いつける。


 なので、レベリオの騎士たちと合流しながら走ってもらうしかないわけで。王子と王女には無理を強いてしまうが、生き延びるためにも我慢してもらうしかない。


「どっせい!」

「ぐ、お……っ!」


 守るものがなくなり、ようやく身軽に動けるようになった。後顧の憂いが断たれれば、この程度の手合いに苦戦する理由もなし。

 悪いが悪党一人ひとりの命まで勘定するわけにはいかんから、遠慮なく斬り伏せさせてもらう。


「ふんっ!」


 とは言っても、俺の後ろに刺客どもを通すわけにもいかないから、とりあえず手当たり次第に斬りまくるという、辻斬りもかくやという状況になってしまった。

 なんだか俺が悪いことやってるみたいになるな。いや、悪いのは間違いなく襲い掛かってきたこいつらなんだが。


 そうやってがむしゃらに剣を振り続けることしばし。 

 長閑な農業地域は、血潮と肉がそこかしこに飛び散るめちゃくちゃな危険地帯に早変わりしてしまった。


「……ふぅ……」


 ようやく人の流れが一段落したところで、息を吐く。

 王子たちは無事に脱出出来ただろうか。その辺りはアリューシアとヘンブリッツの手腕を信じるしかないか。


 何人斬ったか、もはや全く覚えていない。とにかく物凄い数の刺客を相手にしたことしか分からん。

 それだけの人間を斬ってなお、切れ味が衰えないこの剣に舌を巻くばかりだ。これが普通の長剣だったら危なかったかもしれない。


「……ようやく、話せるね」


 そして、眼前に残るはフルプレートを着込んだ一人の重騎士。


「……」


 彼女は、動かなかった。

 グレン王子とサラキア王女を逃した後、彼女は上手く立ち回っていた様子だが、それでも普段の動きを知っていれば、違和感にはすぐに気付く。


 もはや、疑いは決定的。

 だが、その真意を知るには、まだ情報が足りない。


「……訳を聞かせてもらおうか、ロゼ」


 目の前の女性はやはり、微笑みを湛えた、いつもの貌だった。

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― 新着の感想 ―
アニメを見た後で改めて読み直してみると、アニメとは違う、ぞくぞくとしたものを感じます。
「ひとまず、このままではいかんと檄を飛ばす。」 ここにも檄を飛ばすの誤用が出てきた 一応物書きなのだから響きのいい言葉ほど辞書で確認するべきだ
ロゼは何となく怪しい気配がしてたw前回の襲撃ですぐに殺したのはおかしかったもの
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