第94話 片田舎のおっさん、我が家に帰る
意外と普段歩くことの少ない、日中のバルトレーンを歩む。
街中は祭り中ということもあるが、それ以上に先刻起きた王族の暗殺未遂事件の余波で大騒ぎである。歩きながら少し耳を傾けるだけでも、あることないこと喧伝している人影が複数目に入った。
まあ、何処でもそうだが人間ってのは噂好きだからな。ゴシップというか、センセーショナルな話題が出てくるとどうしても、話の種にはなってしまう。
あんな大っぴらに騒ぎが起きてしまった以上、緘口令を敷いてもあまり意味がない。何より目撃した人数が多すぎる。
ただ、漏れ聞こえてくる話の中にも、やっぱりレベリオ騎士団は素晴らしいだとか、護衛に付いた俺たちのことを肯定的に捉えている声もちらほら聞こえた。
うーん、ここら辺は普段の活動というか、草の根運動が実を結んだ形だろう。こんな中で騎士団の在り方に批判が向いてしまえば、どうなるか分かったもんじゃないからな。
それに、その中の話題でも騎士団長であるアリューシアに言及するものが多い。
それ自体はむべなるかな、やはり彼女は人気が高い。何かが間違って俺みたいなおっさんが話題の矢面に立たされたらたまったもんじゃないし。
「……何か買って帰るか……いや、お土産持って、って空気でもないだろうしなあ……」
思いのほか時間が出来てしまった現状に、どこか店でも寄っていくかと考えるが、ミュイに伝える話題としては結構重たいものになる。
手土産一つ持参して、みたいな雰囲気ではないだろうし、ここは素直にお家に帰るとするか。
「ただいまーっと」
どういう切り出し方で話を持って行こうかな、なんて考えているとあっという間に家に着いてしまった。どうしよう、まだ頭の中上手く纏まってないんだけど。
「ん、おかえり」
「おう、お邪魔しとるぞー」
「……あれ?」
家の戸を開けると、聞き慣れた声と聞こえるはずのない声が聞こえる。
おかしいぞゥ? その口調と声色からあまり良い予感はしなかったが、いそいそと玄関から居間に入れば、ミュイよりも更に小さいシルエットが椅子に座ってのんびりと頬杖をついていた。
「ルーシーじゃないか」
「うむ」
シルエットの正体は、レベリス王国が誇る魔法師団長、ルーシー・ダイアモンド。彼女は俺の姿を確認すると、ついていた頬杖を起こし、ひらひらと手を振っていた。
「どうしたんだい、昼間っから」
「いや、今色々と話題になっとるじゃろ。その件でな」
「そりゃ耳が早いことで」
何やら昼間の襲撃事件に関連した話があるらしい。あまり気乗りのする話題じゃないことは確かだが、かといって聞かないわけにもいかないしなあ。
心の中で溜息を一つ吐き、ルーシーの向かいの椅子に腰掛ける。どうでもいいけど、椅子の数が足りててよかった。ここには普段俺とミュイしか居ないからな、客人を迎える準備ってのはまだまだ出来ていない。
「あれ……そういえばなんだけどさ」
「ん? なんじゃ?」
まあ事件が事件だし、魔法師団の長であれば耳にしていてもおかしくはないか、まで思考が及んだところで。
根本的な部分で疑問が湧いてしまい、その心情が声に漏れ出てしまった。
「ルーシー、というか、魔法師団は護衛には付かなかったんだね」
そうなのである。
魔法師団はレベリス王国が誇る主戦力であり、レベリオ騎士団と双璧を成す組織だ。スフェンドヤードバニア使節団の来訪という国事に際して、魔法師団に声がかかっていないはずがない。そしてもっと言えば、その責任者であるルーシーが、こんなところで油を売っていては良いはずがないのである。
「魔術師は護衛任務には不向きでのー。殲滅なら得意なんじゃがな」
「あぁ……確かにそうかもね」
そんな俺の疑問にルーシーは、頭をポリポリと掻きながら答えてくれた。
いや殲滅が得意なのは貴方個人じゃないんですか、という突っ込みが喉まで出かかったが、何とか堪える。
俺は対魔術師戦はルーシーとしかやったことがないが、まあ確かに魔法という特性上、特定個人を守りながら戦う、というのはやや不向きにも感じる。
俺との手合わせの時だって、彼女はあえて広範囲に魔法を打たなかったようにも思える。そうしてしまうと、周囲の無関係な人や建物に被害が出てしまうからだ。
護衛対象を守るつもりで戦っていたら、護衛対象を燃やしてしまいました、なんてことにもなりかねないのが魔術師である。
強いのは確かなんだが、使いどころも迷う存在だなあと、俺は彼女の答えを聞いてそんなことを考えていた。
「それを抜きにしても、魔法師団は今回に関してはあまり表に出られんでな」
「あれ、そうなの? なんで?」
ルーシーは明らかに純粋な魔術師だが、それならフィッセルをはじめとした剣魔法の使い手など、近接戦の心得がある人でも駆り出せばいいんじゃないかとも考えたが、どうやらことはそう単純ではないらしい。
「なんでって……お主、あの国が何を信仰しとるのか忘れたんか」
「……あぁー……」
俺の疑問に、ルーシーが呆れたように声を返した。
スフェンドヤードバニアが国教として定めている宗教、スフェン教。
その教義では、スフェン神が行使した奇跡――身体の損傷や疲労を回復する魔法の別称――こそが至高とされている、ってのはスフェン教徒のイブロイから聞いた話だ。
となると、それらを全部ひっくるめて魔法と称している魔法師団と、魔法と奇跡をしっかり区別しているスフェン教とでは、少々反りが合わない、ということか。
いやはや、大変だなあ。おっさんには関係のない話ではあるので、完全に外野気分である。
「なんというか、大変だね」
「まあ慣れじゃよ慣れ。それはそれで付き合い方、というのもあるでな」
「そういうものかな」
「そういうもんじゃよ」
俺には何がどうなってそういうことになるのかイマイチよく分からんが、ルーシーが言うならそうなんだろう。深くは気にしない方がよさそうだな、どうせ俺には関わってこない話だし。
「それで話の腰を折って悪かったけど、何か用件があるんじゃなかったかい」
「おお、そうじゃった」
脇道に話題を逸らしてしまったのは俺なので、話の軌道修正を図る。
ルーシーは思い出した、といった風に手をぱん、と叩くと、にわかに神妙な顔つきで語り始めた。
「今日、事件があったじゃろ」
「うん、まあ、あったね」
時系列で言えば本当についさっき起きた事件のはずなのだが、既にルーシーが聞き及んでいる辺り、流石耳が早いというかなんというか。
もしかして護衛の仕事がない分物見遊山で御遊覧を眺めてたんじゃないか、という疑問すら湧き出てくる。流石にそこまで暇じゃないとは思うけど。
「事件?」
「ああ、ミュイはまだ知らないのか」
ここで聞き役に徹していたミュイが疑問を漏らす。
確かにあの襲撃が起きた時は騒がしかったが、それ以上に今は祭り期間中ということで街中が普段より騒がしい。家の中に居たのでは、そうそう把握は出来ないだろう。
「いや、王女の護衛に付いてたのは以前言った通りだけど、その……襲撃事件が起きてね」
「……え、大丈夫だったのかよそれ」
「ああ、うん。王子と王女は無事だったんだけどね」
今日の出来事を端的に話すと、ただでさえ三白眼気味のミュイの目が一層まん丸になっていた。
いやそりゃびっくりするよね。俺だってびっくりしたもん。
「……まあ、オッサン強いもんな」
「ははは、お褒めに与り光栄だよ」
いったいミュイの中で俺の強さランクはどうなっているんだろうか。彼女の前で剣を振るったのは、宵闇ら盗賊を懲らしめた時くらいのはずなんだがなあ。
「その件なんじゃが、お主には情報を共有しておこうと思っての」
「ふむ……」
事件に関する情報、という点で言えば、当事者である俺が一番持っているはずである。
それ以外の情報が出てくるとなれば、多分襲撃事件そのものというより、その背景というか、そこら辺の話なのかな、という当たりが付く。
嫌だなあ、正直あんまり聞きたくない。
国のいざこざに俺を巻き込まんで欲しい。まあここまで絡んでしまった以上、無理な話なんだろうけどさ。
「襲撃を起こした者じゃが……恐らく、スフェンドヤードバニアの人間じゃ」
「……本当に?」
「恐らくと言ったじゃろ。ただ、それなり以上には信用出来る情報じゃよ」
うーむ。まあルーシーが言う以上、的外れな話というわけでもないのだろう。しかし、どこからその可能性を導き出したのかは気になるところだ。
「ちなみにそれ、どこからの情報?」
「イブロイ」
「あー……」
あのおじさん絡んでるのかよぉ。
これ面倒くさい予感しかしねえぞちくしょうめ。
ルーシーさんはほんとどこにでも出てくる
書籍版第3巻は明日発売です。早いところはもう出てるみたいですが、よろしくお願いします。




