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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第三章

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第85話 片田舎のおっさん、説明する

「……愛弟子?」

「ん? ロゼ。知り合いか?」


 ロゼの発した言葉に、アリューシアとガトガがそれぞれ反応を返す。ただ、その反応の仕方はある種対極と言ってもいいものだったが。

 前者は射殺さんばかりの視線をロゼに投げ、後者は半分驚いたような顔をしていた。アリューシア、顔が怖い。笑顔笑顔。


「えーっと……まあ、知り合いではありますね」

「うふふ。この方は、私のお師匠様なんですよ~」


 なんとか話題を深掘りさせないように回そうとしたところ、またしてもロゼがぶっこんできた。やめろ馬鹿。

 その発言を受けて、また一段とアリューシアの表情が濃くなっている。こわい。


「なんと! お前が師を見つけていたのは知っていたが、この方だったか」

「ええ。うふふ~」


 ガトガが分かりやすい驚愕を顔に張り付ける。対してロゼは微笑を湛えたまま、変わらない。ついでに握手した右手もまだ離してもらえない。いい加減手を放してほしい。

 ていうかロゼ、俺のこと伝えてたんだね。どういう風に伝わっているのかちょっと気になったけど、なんだかそれを聞く雰囲気でもなかった。


「……先生?」

「ああ、いや、うん、話すよ、話す」


 俺の隣からの圧がとんでもないことになっている。

 このプレッシャーに誰一人日和らない辺り、この部屋に集まった皆は達人なのだという裏返しでもあるんだが。そんなところで彼らの腕前を知りたくなかったよ。


「ま、まあ、まずは座らないか」

「……そうですね」


 このままだととてもじゃないが俺が耐えられないので、一旦皆に着席を促す。席に座ればロゼとの距離だって物理的に離れるだろう。

 というわけで着席だ着席!


 席の配置は、端から順番に俺、アリューシア、ヘンブリッツ。テーブルを挟んだ反対側にガトガとロゼという感じだ。あいつならしれっと俺の隣に座るかもしれない、という不安は杞憂に終わった。俺の隣をアリューシアが淀みない超速度で確保したからである。


「さて、えーっと……どこから話したものか」


 何らかの打ち合わせ、あるいは報告のためにこの場が設けられたはずなのに、一瞬で話題の中心が俺になってしまった。ちくしょうめ。


 ロゼ・マーブルハート。

 彼女が俺のことをお師匠様と呼んだのは、まあ別に間違いではない。事実、彼女は一時期俺の道場に通っていたことがある。それも、アリューシアやスレナとは違って割かし最近のことだ。

 期間で言えば一年と半年ほど。当時から教会騎士団の騎士だったかどうかは定かではないが、本人曰く、見聞を広めるために各地を渡り歩いていたという。


 こちらとしても門戸を叩いてきた人を拒否する理由はないから、まあそれなりには教えていた。素人と違って明らかに剣術を知っている動きだったので、俺流というかガーデナント流というか、本人と俺との違いを教えたり、立ち合い稽古が主だったが。


 で、一通り彼女が満足したのが一年と少し経った後だった、という話だ。

 ただ、お師匠様などと呼ばれるほど、沢山のことを教えた覚えはない。彼女は彼女で、既に自分のスタイルというか、戦い方を身に着けていたと記憶している。

 当時からスフェン教の信徒だったことは知っていたが、それが教会騎士団の副団長まで昇進していたとは、世の中分からんものだ。いやまあ、確かに彼女は強かったけれども。


「――そんな感じで、一時期うちの道場に居たんだよ」

「なるほど……」


 一通りの説明を受けたアリューシアが頷きながら、その視線をロゼへと飛ばす。彼女は彼女で、俺が喋っている間どこ吹く風といった感じで微笑みを湛えたままだった。

 俺の記憶から何一つ変わらない飄々とした、それでいて余裕の見える笑みだ。彼女はいつもこの顔だった。ロゼの表情が崩れるところを、俺は見たことがないかもしれない。


 その点アリューシアなんかは、すましてはいるが程ほどに表情がころころ変わるから見ていて面白い時もある。いや今は面白くもなんともないけどさ。


「やはりベリル殿は、師として優秀ですな」

「いやいや、それほどでもないよ。皆優秀だったから」


 ヘンブリッツの誉め言葉を、それとなく躱す。

 多少俺に剣を教える才能があったとはいえ、それでも当人の腕がどこまで伸びるのかは、本人の努力と才能の度合いが大きい。俺はちょっとした切っ掛けに過ぎんのである。俺だって、誰でも一級の剣士に育てられるわけじゃないのだ。


「ふむ。そこまでの練達にしては、寡聞にして名を聞かなかったが」

「片田舎に籠っていただけですよ、ラズオーンさん」

「ははは、ガトガで結構。腕の立つ者の知り合いは多いに越したことはないのでね」


 ガトガが不思議そうに首を傾げるが、言った通り俺はビデン村にずっと籠っていただけである。ただ弟子の何人かがぶち抜けて出世してしまっているだけで、俺本人はそれなりの腕前だしね。

 しかしこの人、見た目の剛胆さの割に結構気さくというか、ノリのいい人だなあ。


「うふふ、でも嬉しいです~。先生とこうやって会えたのも、スフェン神の御導きかもしれませんね~」

「ははは……」


 ロゼがあらあらうふふといった様子でにこやかに言葉を零すが、場の空気はなんというか、絶妙に居心地が悪い。

 説明を受けてアリューシアも理解はしたようだが、それでも何となく納得はしかねる、みたいな顔になっていた。


「し、しかし、わざわざこうやって出向いたということは、何か用向きがあったのでは?」


 話題を本筋に戻すため、俺はガトガの方へ視線を向けて質問を投げる。


 そう。わざわざスフェンドヤードバニア教会騎士団のトップとナンバーツーが出てくる理由があるはずだ。まさかロゼと俺を引き合わせるために来たわけじゃなかろう。そもそも向こうも、俺がこんな地位についているとは知らなかったわけだし。


「おっと、そうだったな。とは言っても、ここに寄ったのはついでみたいなもんだが」

「ついで、ですか」


 ガトガの言葉に、アリューシアが返す。

 ついでということは、彼らの目的はレベリオ騎士団へ挨拶に来ることではない、ということ。じゃあ何しに来たんだろうか。


「使節団の往訪も近いだろ。ロゼがバルトレーンをあまり知らなくてな、それの下見だ」

「なるほど」

「ええ。広くて素敵な都市、ということくらいしか知らなくて~」


 当日の警備やら配置やらがどうなるのかは俺の知ったこっちゃないが、それでもまったく知らん土地で動くのには、些かの不安があるのだろう。

 何より、お偉いさん方の護衛である。少しでも不安要素は減らしたいということか。


「何日か滞在して、凡その地理を叩き込む予定だな」

「それでしたら、案内の騎士を何人か付けましょうか?」

「ああいや、それには及ばんよ。こっちの司教に案内役を付けてもらう手筈になっている」


 まあバルトレーンには様々な観光名所や飯処もあり、時間を潰すにはうってつけだ。いや、時間を潰すのが目的じゃないのは分かっているんだが。ただ何もないところを歩き回るよりは華もある場所だろう。


 しかし、レベリス王国のスフェン教の司教って確かレビオスだったのでは? もしかして、彼はまだ司教の座に居たりするんだろうか。まさか、無罪放免となっているわけでもあるまい。


 うーん、だがそれをここで聞いちゃうのもなあ。なんかマズい気はする。

 なので、ここは沈黙が吉。時間が出来たらルーシーかイブロイ辺りに事の顛末を聞いておこうかな。


「折角なので、先生にご案内頂きたかったです~」

「ははは……」

「……」


 ロゼが露骨に視線を寄越しながら言う。

 曖昧に笑って誤魔化してみるが、対するアリューシアの圧もまたヤバいことになっていた。こわい。


 俺としても観光案内くらいなら、とも思ったが、そもそも俺がバルトレーンの地理に詳しくないんだよな。中央区なら多少目立つところは分かってきたが、それ以外の区となるとサッパリだ。北区に王宮があることくらいしか分からんし、道案内も儘ならない。


「ああそうだ。今回の往訪だが、第一王子殿下の御遊覧が予定されている。後日正式な書簡も届くだろう。よろしく頼む」

「ええ、分かりました」


 第一王子かあ。俺は王族や貴族と会ったことはないが、さぞキラキラしているのだろうなあ、なんて平凡な感想しか抱けなかった。

 どうせ身辺を護衛するのはアリューシアやヘンブリッツ、ガトガやロゼになるだろう。俺は隅っこで失礼のない程度に縮こまってりゃいいや。


「それじゃ、邪魔したな。久々に会えて嬉しかったぞ」

「ええ、こちらもです。また会いましょう」


 最後に今回の来訪相手が伝えられたところで、ガトガとロゼが揃って席を立った。

 ここで歓談に耽るのが目的じゃないから、あまり長居をするのもよくないと思ったのだろう。こちらとしても今回の訪問は予定されていたものじゃないから、騎士たちの訓練を切り上げてきたわけだしね。


「うふふ。では先生、またいずれ~」

「ああ。ロゼもね」


 教会騎士団の副団長になったということは、どうせ使節団の来訪時にまた会う。なので、この場での挨拶は極めて簡素なものとなった。


「ヘンブリッツ、お見送りを」

「はっ」

「おっと、すまんね」


 ガトガとロゼの送迎にヘンブリッツを送り出し、応接室に俺とアリューシアの二人が残る形となった。


「先生」

「うん? なんだい?」


 さて、それじゃあ俺たちも修練場に戻ろうか、と口を開きかけたところ。

 俺よりも先にアリューシアが声を発した。


「"愛"弟子、というのは、どういうことでしょうか」

「えぇ……」


 それまだ引っ張るぅ?


「そ、それはロゼが勝手に言っているだけだよ」

「……そうですか」


 とりあえず、俺からロゼのことを愛弟子と呼んだことはない。

 そりゃ確かに一年半とはいえ、俺の下で剣を学んだ弟子のひとりには違いないから、大切には思っている。だが、じゃあロゼが一番の弟子かと問われればそれはまた難しい問題だ。


 そういうことを言外に伝えたつもりではあるんだけれど、なんだか絶妙にアリューシアの機嫌が悪い気がする。いやさっきから不穏な雰囲気は纏っていたが、うーむ。これはどうしようかな。


「……弟子に順番を付けるのは難しい。アリューシアだって、騎士たちに順番を付けるのは難しいだろう?」

「そう、ですね」


 これは俺の偽らざる本心だ。皆大切だし、皆愛すべき弟子たちである。

 例えば、アリューシアとスレナとクルニとフィッセル。この四人に順番を付けろと言われても、俺には出来ない。


「でも、そうだな。あえて表現するのなら、アリューシアも大事な愛弟子の一人だよ」

「……はい」


 なので、あえての言い方をするのなら、全員が全員愛弟子になるのだろう。


 果たしてこれで納得してくれたのか、アリューシアは先ほどまでとは違う、柔らかな笑顔を湛えていた。

 うむ、やはり美人には笑顔が似合う。誰だって、女性には微笑んでもらっていたいものだ。


「それじゃ、修練場に戻ろうか」

「はい、戻りましょうか」


 さてさて、想定外の来訪はあったが、俺たちの本分は指南役。

 今日も今日とて、騎士たちの鍛錬に汗を流そうじゃないか。

先日、本作の累計PV数が2000万を突破しました。

ありがとうございます。これからもぼちぼち頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 友好使節団とは言え、地理地形は機密情報みたいなものじゃなかろうか? 街道や目抜き通りは先方の護衛が付くとして、隅々の警備は迎える側がするものでは? それを堂々と、見に来ました、はいどう…
[良い点] コミックから来ましたとても面白いです! このページにコミック版の広告が表示されてて笑いましたw
[一言] 最後の「それじゃ、修練場に戻ろうか」を「それじゃ、修羅場に戻ろうか」と誤読しそうになった俺は多分悪くない。
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