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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第三章

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第74話 片田舎のおっさん、付き添う

「それじゃ行こうか」

「分かった」


 ある日の朝。

 一人ではなくなった目覚めから、一言二言と寝起きの挨拶を交わし、手早く身支度を整え、軽く軽食を腹に入れた後、新しい住まいとなった我が家をミュイとともに出る。


 突然とも言える同居生活が始まったわけだが、思いの外なんとかなっている、というのが正直な感想だ。


 ミュイも距離感が測り切れていないところはあるものの、彼女は元々距離を詰めてくるタイプでもない。同じ屋根の下に住む者同士としてどうなの、という疑問はあれど、互いに必要以上に干渉をしないようになった結果、まあ悪くない居心地に落ち着いた、という感じだ。


「いやあ、今日もいい天気」

「……天気が崩れるよりはいい」


 さてさて、そんな俺は今、ミュイとともにお出掛けしようといったところ。より正確に言えば、魔術師学院へ彼女を送り届けるのが本日の俺の使命である。


 ルーシーからあの後いくらか追加の説明を貰ったが、魔術師学院は常に魔法の素養がある者を募集しているため、一般的な学校における入学式はあるものの、それとは別として随時転入を認めているらしい。

 なので、ミュイの転入も魔術師学院としては願ったりかなったり。そしてこういうことは学院側も慣れているらしく、今日の日取りが決まるまでは実にスムーズな流れであった。


 ルーシー自身が動いてくれた、というのも大きいだろう。彼女、どうやら魔法師団長と魔術師学院長を兼任しているらしかった。どんだけ肩書があるんだよという話である。

 ただ、あまり魔術師学院の方に顔を出してはいないらしい。確かにルーシーは教師というより研究者タイプだからなあ。あまり教壇に立つようなことはないのかもしれない。


「えーっと、学院は……北区の方か」


 ルーシーに貰った地図を眺めながら一言。

 どうやら騎士団庁舎と違い、魔術師学院は王宮のある北区にあるようだ。


 騎士団と魔法師団。

 どっちが古いのかとかどっちが権力を持っているのかとかは割とどうでもいいが、王宮と同じ区画にある学校、というのはちょっと特別感を感じるね。そして、そこにこれからミュイが通うのである。後見人としても実に鼻が高い。


「……別についてこなくてもいいのに」


 ミュイがぼそぼそと、控えめに主張していた。

 俺知ってる。こういう時は大体ばつが悪いと感じている時かこっぱずかしいと感じている時だ。で、今回は後者だな。俺はミュイに詳しいんだ。


「一応、後見人としてのご挨拶もあるからね。あと、俺も魔術師学院に興味がないわけじゃないし」

「……ふん」


 付き添う理由を述べてみれば、返ってきたのは鼻を鳴らす音。

 ミュイはまだ幼い。そしてこれから学生という身分を得るわけであるが、当然ながら後見人としてご挨拶には赴かねばならない。入学させたから後はよろしく、でほっぽり出すのはちょっと締まりが悪い。


 あとまあ単純に興味もあるしね。

 国を挙げて才能の確保にかかっている魔術師を育成する場、というのは、剣士からしても十分にそそるものがある。


 それと普通に、ミュイがこれから通うところがどんなところかは知っておきたい。

 しゃしゃり出るつもりはないが、もし仮に、万が一、苛めなんかがあったら、俺は学院まですっ飛んでいく自信がある。誰だうちの子を苛めた奴は許さんぞ、みたいな感じで。


 ミュイでさえこれなのだ。自分の血を分けた子供が出来たらとんだ親馬鹿になりそうな気がする。それを実現させるには、まず嫁を見つけなきゃならんわけですけれども。

 正直俺はもう諦めている。だがおやじ殿が諦めてくれないからこんなことになっている。


 成り行きで家まで持ってしまったが、俺はこの先どういう生活をしていくんだろうな。まさか首都バルトレーンにこのまま永住するのだろうか。

 まあ、少なくともミュイが独り立ちするまではこの家に居るつもりだけどさ。そこから先の人生設計なんて真っ白である。のんびりと隠居しようにも、おやじ殿やアリューシアがそれを許してくれそうにない。


「……どうしたんだ?」

「ああいや、何でもない。行こうか」


 いかんいかん、こんなことを考えていても仕方がない。物事はなるようにしかならんのである。


 さて、北区まで歩いていくのはちょっと遠い。いけなくはないが、ミュイを連れてだらだら歩き続けるのもよろしくない。ここは北区までの乗合馬車を頼るとしよう。


 この時間帯は、同じく通勤や通学をする人でそこそこ賑わっていて、馬車停留所もそこは同じだ。数多の人々がそれぞれの行く先のため、馬車に乗り込んでいた。


「っとと、すみません」


 ミュイとともに北区行きの馬車に乗り込んだところ、あまりの人の多さに少し足のやり場に困る。

 何だかんだでバルトレーンに来てから馬車を使うシーンは何度かあったが、ここまで混み合っている馬車に乗るのは初めてだ。ミュイは大丈夫かな。


「いやあ、混んでるね」

「……狭い」


 呟いてみれば、横からはちょっと辟易とした感じの言葉が返ってきた。

 うーん、この時間帯はかなり馬車も混んでいる。学院には寮もあると聞いてはいるから大丈夫だとは思うが、この喧騒にミュイをあまり放り込みたくはないな。


 自分でもかなり過保護だなあと思うんだが、これはもう致し方ないと思っている。 

 ミュイはこれまでずっと仄暗い世界に居たもんだから、明るい世界については割と無知だ。自分の名前も満足に書けないくらいには、学もない。

 そんな年端もいかぬ少女を放っておけるかと問われれば、否なのである。


 ちゃんと学院で友達とか出来るだろうか。上手くやっていけるだろうか。正しく親目線の悩みが、馬車に揺られながらガタコトと過ぎ去っていった。



「……大きいね」

「……うん」


 で、やってきました魔術師学院。

 北区にまで足を運ぶのはレビオス司教を捕えて以来だが、日が昇っているうちに来るとまた趣も随分と違う。晴れ渡った空も相まって、遠目に見える王宮の尖塔が実に映えている。


 北区の馬車停留所に着いてからは、十分少々ほど歩くことになった。まあ近くもなければ遠くもないといった感じだな。ミュイにしても、日常的な運動の範囲で収まる距離だろう。


 地図と立て看板を頼りに辿り着いた魔術師学院であるが、これがもうでかいのなんの。下手したら王宮と同程度の面積を持っているんじゃないかというくらい、広大な立地であった。


 入口にはどんと大きく構えた門が、そして門から覗く中にはこれまた広大な中庭が続き、正面に恐らく学舎であろう建物、正門から右側には運動場と思われる広いスペース、左奥には恐らく寮であろう建物が目に入る。


 うーん、デカい。いったいどれほどの学生がこの学院で学びを得ているのだろうか。比べるのも烏滸がましいが、うちの田舎の道場や学び舎なんかとは大違いだ。


「……とりあえず、挨拶に向かおうか」

「……うん」


 ここにきて田舎からのおのぼりさん全開で居るわけにもいかない。今の俺には導くべき幼子がいるのである。つまり、ここで呆けているわけにはいかんわけで。


 とりあえず職員室みたいなところに行けばいいのかな。魔術師学院までの地図は確かに預かっていたが、ここから先どうすればいいのか、イマイチ分からない。


 まあ、ここで足を止めていても仕方がない。中に入れば教師の一人くらい居るだろう。誰か捕まえて事情を説明すれば案内くらいはしてくれるはず。


「――もしかして、転入生とその親御さんですか?」


 そう思っていた矢先、後ろから声を掛けられる。


「えっと、貴方は?」


 ざっと周囲を見渡してみるが、周りに人影はない。多分、この声は俺とミュイに宛てられたものだろう。


 振り返った先に居たのは、フィッセルのようなローブを羽織った一人の女性。

 身長や年齢はアリューシアと大体同じか、少し上くらいだろうか。柔和そうな顔つきと、ふわりとウェーブを描いた焦げ茶色の髪も相まって、人当たりの好さそうな人だな、というのが抱いた第一印象であった。


 しかし、親御さんかあ。そう見えるのかあ。少なくとも誘拐なんかと見間違われるよりはよっぽどマシであるが、第三者からそう言われると、何とも言えない感慨があるね。

 ちらりとミュイの方に視線を配ってみれば、彼女もなんだかドギマギしている。

 少なくとも、否定的には捉えていないようだ。何よりである。


「失礼しました。私、キネラ・ファインと申しまして、この魔術師学院にて教師を務めております」

「これはどうもご丁寧に。ベリルと申します。こちらがミュイです」

「……ども」


 どうやらこのキネラさんは学院の教師らしい。これはありがたいな、このまま案内してもらうとするか。

 そして教師とは言え見知らぬ人から話しかけられて、ミュイが若干縮こまっている。愛いかな。


「推察の通り、このミュイがこちらに通うことになりまして。今日は引率で来たんですが、立派な学院に気圧されていたところです」

「あらまあ、それはそれは。確かに魔術師学院は、バルトレーンでもきっての建物ですから」


 俺の言葉に、キネラさんはくすくすと笑いながら返してくれた。


 レベリオ騎士団はアリューシアやヘンブリッツはじめ、結構バチバチの武闘派が多かったんだが、魔術師学院はやはりこう、お上品というか、気品があるというか。

 いや、騎士団が品で劣っているとかそういう話ではなくてね。ただどうしても剣という殺傷武器を扱う以上、その気性は決して大人しいものではないのだ。

 その点、キネラさんからは非常に柔らかい雰囲気を感じる。こういう人が担当だとミュイも一層角が取れて、いい学生生活が送れるんじゃないかと思うばかりだ。


「よければご案内致しましょうか?」

「それは助かります。どうすればいいのか、勝手が分からなかったもので」


 こちらから切り出すまでもなく、キネラさんは俺たちの案内を買って出てくれた。


「……よ、ヨロシクオネガイシマス……」


 こういう時、どんな顔で、どんな声で、どんな風に言葉を紡げばいいのかイマイチよく分かっていないミュイから、凝り固まった挨拶の声。うーん、可愛い。


「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいですよ。皆、好い人ばかりですから」

「……おう……あ、いや、はい……」


 ミュイも言葉遣いを直そうとは思っているのだろう。その微笑ましい努力が垣間見えて、おじさんとしてもホクホク顔である。


 ルーシー曰く、学院への入学は魔法の才さえあれば出自は問わない。

 つまり、ミュイのような荒くれ、とまでは言わないが、ちょっとすれた子も少なくない数居るのだろう。そういう手合いの扱いというものに、キネラさんは慣れているようにも見える。


 これなら安心して任せられそうだ。

 まあ、何かあったら俺はすっ飛んできますけどね。


 そうして、キネラさんを加えた俺たち三人は、壮大な魔術師学院の構内へと足を運ぶこととなった。

お待たせしました、第三章開始です。

相変わらずのんびりの歩みとなりますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。


また、活動報告の方にも書きましたが、本作のコミカライズ第1話がニコニコ静画にて公開中となります。

公式マンガのチャンピオンクロス&タップから見られますので、まだご覧になってない方は是非読んでみてください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > ベリルと申します。 フルネームで名乗られたのにファーストネームだけ名乗るのかな?
[一言] ミュイは出てくるとつまらなくなる。
[気になる点] 今回の使い捨て鉄砲玉と同じ扱いはアリューシアは個人的にも立場的にも絶対容認してはならない事態だろ。 [一言] 何度酷使しても問題無い便利な駒を囲っておきたかっただけなのか?
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