第70話 片田舎のおっさん、結果を伝える
「よう。待っておったぞ」
「ん? ルーシーじゃないか」
翌朝。
とりあえず昨日は忙しかったが、さりとてそれで俺の職務が軽減されるわけでもないので、今日も今日とて騎士たちの指導のために庁舎へ向かったところ。
その入り口で腕を組んで待ち人を待っている影が居た。言わずもがな、魔法師団の長ルーシー・ダイアモンドである。相変わらずすげえちっちゃい。
「わざわざ待ってたのかい? 悪いね」
「構わんよ。無茶を言ったのはこっちじゃからの」
どうやら俺を待っていたらしい。わざわざ朝早くから待ち伏せとはご苦労様である。
俺としても、ルーシーには報告を入れた方がいいよな、とは思いつつ、かといっていきなり彼女の家に突撃するのもなんだか憚られていたから、待たれていたというのは実は丁度いい。色々と話し合いたいこともあるし。
「またうちで構わんか?」
「それはいいんだけど、一応俺も職務があるから」
別に彼女からのお誘い自体は吝かでないんだが、俺も一応特別指南役である以上、毎日のお仕事がある。前回は日も沈みかけていた時分だからよかったものの、今は朝っぱら。これから鍛錬という時間帯であった。
ルーシーの家に行くのはいいにしても、それなら今日は鍛錬に顔を出せないことを誰かに伝えておく必要がある。サボりだとか思われたくないし。
「アリューシアには伝えてある。問題ないじゃろ」
「あ、そう……手際のいいことで」
だが、どうやら俺の心配は杞憂だったようで、既にルーシーからアリューシアへ情報の共有が済んだ後らしい。
無駄に、ってほどじゃないが、ルーシーは本当に思いついたら即行動だな。思考から行動までのレスポンスが極めて速い。これくらいの思い切りの良さは俺もどこかで見習いたいところだ。どこで見習うべきかはよく分からんけれども。
「改めて、昨日はご苦労じゃった。おおよその話はアリューシアから聞いておる」
「うん、まあ、それなりには大変だったよ」
庁舎には入ることなく、ルーシーの家を目指して歩きながら一言二言を交わす。
そういえば騎士団庁舎や魔法師団の本拠地、そしてルーシーの家には相互間通信が出来る魔装具が置いてあるんだっけ。情報の伝達が速いことはいいことだ。
「まあ、細かい話はあとで聞く。イブロイのやつも来るでな」
「あ、やっぱりそうなるのね」
どうやら集まる面子は昨日と変わらないらしい。
そりゃまあルーシーは仲介こそ果たしたものの、形式的に言えば俺へ依頼を出したのはイブロイだ。もっと言えば、スフェン教からの秘密裏の依頼でもある。そこに依頼者が居ないというのは、ちょっとおかしいことになるからな。
「そういえば、ミュイは元気にしているかい」
道すがら、若干の手持無沙汰を感じた俺は、ルーシーの家で客人として迎えられている幼い子供へ話の話題を向けた。
「元気じゃよ。それに大人しいもんじゃ。多分、今後の身の振り方をどうすればいいのか、あやつ自身が分かっておらんのじゃろうなあ」
「そっか」
返ってきたのは、とりあえずは元気にしているという内容。まあ、その答えが聞けただけでも良かったということにしておこう。
それに、ミュイの気持ちも分からんでもない。いきなり住む世界を強制的に変えられて、どうやって生きていけばいいのか分からないというのは尤もだ。これまで仄暗い世界に居たのだから尚更である。
ただ、そこは昨日も思ったが、いずれ時間がある程度解決してくれるだろうとも思っている。
確かに生活は大きく変わるが、俺やルーシーと違って、トータルの人生の大部分をそこで過ごしたわけでもない。彼女にはまだ輝かしい未来という時間が大いに残されている。
あとは彼女が今の世界に順応していくのを気長に待てばいい。子供の成長を待つというのは大人の特権だ。俺は子供居ないけどね。
「まあ、その辺りはいずれ時間が解決してくれるのを待つしかない、か」
「同感じゃな、ミュイはまだ若い」
そういったことを零してみれば、どうやらルーシーも同じ考えらしい。
ここら辺、アリューシアやスレナよりもルーシーの方が、価値観というか考え方というか、近しいように感じる。やっぱり年齢が近いからだろうか。見た目はミュイよりも幼いのに俺より年上とか、あんまり考えたくないけれども。
「あ、そういえば」
「ん?」
ルーシーの家に着くのはもうちょっとかかりそうなので、折角というか、気になっていたことを聞いてみる。
「フィッセルは君の差し金かな」
「……さあ? 何のことじゃろうな」
こ、この野郎とぼけやがって。
ただ、その表情は何というか、微妙にニヤついているようにも見えた。やっぱりこいつ分かってやってやがるな。それでも口にはしない辺り、そこら辺の線引きは曲がりなりにもしっかりしたいということなのだろう。
そうであれば、俺からこれ以上言うことはない。
フィッセルとクルニが来たのはたまたまだった。それで片付けるのが正解というものだ。
「ルーシー君、ベリル君。おはよう」
「ようイブロイ。すまんの、また待たせたか?」
「いや、ついさっき来たところさ。昨日と違ってね」
そうして、取り留めのない雑談をいくつか交わしながら歩いていたところでルーシーの家に到着した。
昨日と違って、門前でイブロイが待っている。言葉通り、本当についさっき到着したらしい。
俺も彼とは昨日会ったばかりで親交も何もあったもんじゃないが、それでも昨日知り得た限りの為人で言えば、彼は遠慮なく家の中で待っているような気もした。
「どうも」
「ベリル君、昨日ぶりだね。話は後ほど詳しく聞こう」
とりあえず、といった体で会釈を返しておく。どうやらイブロイには事の仔細はまだ伝わっていないようだった。そりゃまあ昨日の今日の出来事だしな。
「まあ立ち話もなんじゃ。入ってくれ」
「遠慮なくそうさせてもらうよ」
ルーシーが俺たちを家へと招けば、イブロイは手慣れた様子で後に続く。
「ルーシー様。それにイブロイ様とベリル様も。おはようございます」
「やあハルウィ君。お邪魔するよ」
玄関を開けると、そこにはこれまた昨日と同じようにハルウィさんが待ち構えていた。
俺も結構早く起きている自負があるが、この人たちいったいいつから起きてるんだろうな。ハルウィさんとかは家政婦だそうだから、早く起きているのは不自然じゃないけれども。
ルーシーなんて、結構生活リズムおかしくなっていても不思議じゃないんだが。いやこれは完全に俺のイメージだけどさ。
「さて……とりあえず、昨日はご苦労だったね、ベリル君」
昨日と同じ応接室に三人が通り、それぞれ椅子に腰かけたところでイブロイが一言。
彼は詳細を知らないはずだが、どうやら俺が依頼をすっぽかしただとかそういう方向には考えていないようだ。俺もそんなつもりはなかったけれども。
「お気遣いありがとうございます。まあ、ほどほどには大変でしたよ」
「ははは。昨日も言った通り、ちゃんと礼はするよ。それで……どうだったかな、首尾の方は」
いや、ほどほどとは言ったが本当に大変だった。
まあ、その苦労をイブロイにぶつけても仕方がない。依頼を受けたのは俺だからね。
「結論から言えば、レビオス司教の捕縛には成功しました。今はレベリオ騎士団の地下に勾留してあります」
「そうか、それは何よりだ」
俺の報告を受けて、イブロイ司祭の表情が解れる。
彼としても、不穏分子ともとれるレビオス一派の悪道は看過しづらかったのだろう。
「わしの言った通りじゃろ、イブロイ」
「そうだね。ベリル君を頼ってよかったよ」
「いえいえ、そこまで言われるほどでは」
お褒めの言葉をそれとなく躱す。確かに働いたっちゃ働いたが、そこまで畏まって言われるほどのことではない気もする。いや戦闘もあったといえばあったのだが。
まあいずれ、レビオス司教には然るべき処罰が下るだろう。俺の与り知らぬところで。
「依頼成功の礼は弾もう。私の位階も上がるだろうしね」
「は、ははは……」
そりゃ司教が捕まったとなれば、他に司教を擁立する他ない。その有力候補にイブロイが挙がっている、ということか。
この人、初見の頃から思っていたがやっぱり食えないおっちゃんだな。腹の奥にどれだけの思惑を秘めているのか。
まあ、それが直接俺に害がないなら好きにしてくれって感じだけどさ。
「それと彼を捕える際、恐らくですが奇跡を行使しました。出てきたのは、その……操られた死体のようなものでしたが……」
「……そうか。疑わしくはあったが、どうやら確定だね」
あわせて、レビオス司教を捕える前に使ったと思われる奇跡についても伝えておく。
ほぼ間違いなく、あれが研究されていた死者蘇生の奇跡、の、出来損ないだ。魔法の研究自体を否定する気はないが、やはりああいう人道に反したものに対する反応は厳しい。
「ふん。まあ後は国が裁くじゃろ」
そしてやっぱり、そういう話題になってくるとルーシーの反応が辛いものになる。余程死者蘇生に関して思うところがあるんだろうか。
「そうそう。ついでじゃないが、お主への礼をわしも考えとってな」
「うん?」
話題を嫌ったのか、それとも単なる思い付きか。
ルーシーが声色と表情を明るいものに変え、俺への報酬について話しだした。
いやまあ、俺としても貰えるものは貰っておくことに吝かではない。ただ、余計な金銭を抱えるつもりはないし、宿暮らしだから下手に物品を貰っても困る。
「ベリル、家は要らんか?」
「え?」
なんて?




