第65話 片田舎のおっさん、加勢を受ける
「……誰だっ!?」
何かが俺と騎士たちを邪魔した直後。
互いに距離を取り、飛来したモノの出所を探るべく視線を飛ばした先。
黒いローブをはためかせた、一人の少女が剣を構えていた。
「……フィッセル!?」
その人物は、魔法師団の若きエース、フィッセル・ハーベラーに間違いない。俺の元弟子だ、出会った時は気付かなかったものの、再会を果たして以降見間違えるはずもなかった。
「ど、どうして……?」
騎士どもと斬り結んでいた事実もそっちのけで、ついつい疑問が先に出てしまう。
フィッセルがこの場に立ち会ってしまっている理由がどう探しても見当たらない。
魔法師団は、スフェン教が絡むこの一連の流れには参画出来なかったはず。それは師団長のルーシーであっても同じこと。魔法師団という組織が、今回の事件に首を突っ込むこと自体がおかしい。それではわざわざイブロイから依頼を受けるという体にして、俺が単独で動いた意味がなくなるからだ。
「たまたま。たまたま通りがかったら、騒ぎがあった。だから止めた。それだけ」
俺の疑問に簡潔に答えたフィッセルは油断なく剣を構え、騎士たちを睨め付ける。
たまたま、か。まさか本当に言葉通りってわけじゃないだろう。
恐らくだが、ルーシーの差し金。
流石に魔法師団長が直々に動くのは、どう理由を立て付けたとしても厳しい。だから偶然を装ってフィッセルを寄越した。そう考えるのが妥当、かな。
「ぐおおっ!?」
「私も居るっすよ! たまたまっすけど!」
フィッセルが現れた方向とは逆。
いきなり怒声が聞こえたから何事かと振り向けば、一人の小柄な女性が大物武器を両手に振り回し、騎士の一人とやり合っていた。
「クルニ……!」
あまりにも意外な登場人物の名を、思わず漏らす。
こっちは多分、アリューシアの差し金か。
しかし危険なことをする。万が一この二人に何かあれば、それは騎士団と魔法師団の評価にも直結するだろうからだ。
仮にその万が一が起きたとしても、俺一人の犠牲に留めておけばそう悪評は広まらないだろうに。まったく、無茶をしやがる。
というか、わざわざお膳立てしてまで俺に依頼を出したのなら、もうちょっと信用してくれてもいいじゃないか。何も元弟子を二人も寄越さんでもいいだろうに。これでは、何のために俺が一人で出向いたのか分からなくなってくる。
色々と思考が巡った結果、少しばかり肩の力が抜ける。やっぱりちょっと緊張していたのかな。その強張りが、いい意味で解れた気がした。
「ちっ……! 増援か!」
思わぬ増援を受け、混乱を来したのは俺だけではない。むしろ、レビオス司教を護衛していた騎士たちにこそ、その動揺は激しい。
騎士たちが慌てたように態勢を整え始める。
さっきまでは俺一人を囲むように動けばよかったが、状況が変わった。遠距離から魔法を飛ばしてきた魔術師と、いきなり突っ込んできた大剣を振り回す騎士。誰にどの程度手勢を割くのか、彼らも一瞬の逡巡が生まれた様子だった。
「二人とも気を付けろ! 彼らは身体強化の魔法を使う!」
飛び道具が出てこないだけマシとも言えるが、それでも見た目以上の身体能力で襲い掛かられる、というのは剣士にとってシンプルに脅威だ。
特にクルニは未だ発展途上。一線級の騎士たちには一歩及ばない。アリューシアのやつ、人選を少し間違えてるんじゃないかと愚痴りたくもなるが、来てしまったものはもう仕方がない。
「落ち着いて対応せよ。我らの優位は変わらん」
この騒動の中、しかしシュプールだけは落ち着きを失わない。
フィッセルは遠距離から斬撃を飛ばしただけ、クルニに関しては今相手の騎士の一人とやりあっているが、これだけで戦況が上向いたとは言い難い。
それに見る者が見れば、フィッセルは未知数としても、クルニはまだまだ粗削りであることは読み取れる。
だが、ざっとやり合ってみた所感だが、一対一に限定すれば何とか勝てそうな手合いではあった。
クルニとフィッセルが上手く意識を分散させてくれれば、制圧出来なくはない、と思う。その間に彼女たちが負けないことが大前提ではあるけれど。
まあ、あれやこれや考えるのは後でいい。
何にせよ、考えるだけでは状況は上向かないのだ。
「……隙あり!」
「ぐっ!?」
突然の乱入からまだ意識を寄せ切れていない手近な騎士を、先手で制圧。
殺してしまうのはちょっとまずいので、距離と力加減を調節しながら斬りつけた。
武器の切れ味もあって鎧を斬ること自体は容易くなったが、それにしてもこの力加減は慣れないね。俺が修めているのはあくまで護身を中心とした剣術であって、殺し合いの技じゃないんだ。
俺の一撃で騎士の一人が地に伏せる。
それを好機と見たか、フィッセルがけん制の魔法を打ちながら、騎士の一人との距離を一気に詰めていた。
確かに、これは好機。
相手の騎士はまだ数が多い。立ち直りの隙を与える前に、出来る限り数を減らしておきたいところだ。
「この……っ!」
いくらか手薄になった包囲網から、一人が斬りかかってくる。
「しっ!」
横に薙いできたエストックを防ぐ。キィン、と、金属と金属が弾かれあう甲高い音が闇夜に鳴り響いた。音の共鳴と同時、僅かな痺れが俺の腕を襲う。
うーん、これはあまり時間をかけてもいられないな。
彼らの剣撃は、先ほどまでと違って魔法で強化されているから、普通に受け続けると俺の身体が持たない。武器の問題はないだろうが、こちとらおっさんである。体力に限界があるのだ、残念ながら。
「ほっ!」
防いだ構えから手首を入れ替え、袈裟斬りを放つ。
騎士のフルプレートの肩元から胴にかけて、一文字が刻まれ同時に少なくない鮮血が闇夜に飛び散った。
やべ、ちょっと深く入り過ぎたか。俺の斬撃を受けた騎士はそのまま呻き声を上げると、力なく倒れていく。
金属製の鎧がチーズみたいに切り裂かれていくってのは申し分ない威力ではあるのだが、如何せん力加減が難しい。息の根が止まっていないことを祈るばかりである。
それなり以上の罪悪感がじわじわとせりあがってくるが、先に仕掛けてきたのは向こう。そう考えて、そして切り捨てて対応するしかなかった。必要以上に手を抜けば死ぬのはこっちだからだ。
「さて、二人は……!」
俺の前に居る騎士は斬り伏せた。体力的にもまだいくらか余力はある。
そこで気になるのは、やはりクルニとフィッセルの戦況だ。もし劣勢であれば早急に加勢にいかなければならない。目の前で元弟子が斬られる様など、見たくはないのである。
「ふっ!」
「く……このっ!」
視線を巡らせた先、フィッセルが一人の騎士と戦っている場面が映る。
どうやら、既に何人かを黙らせた後らしい。流石は魔法師団のエース。その実力は若いながらも折り紙付きというわけか。
見ていると、彼女は上手く距離を取りながら魔法で応戦、そして好機と見るや自分から距離を詰めて直接斬撃を見舞うという、ただのヒットアンドアウェイとはまた一味違う、独特の戦い方をしていた。
元々フィッセルは道場で指導していた時からそうだったが、視野が広い。あの戦い方は自身の強みをしっかり分かった上での戦略だろう。
今も終始優勢に事を運べているように見える。あっちは手助け無用かな。
となると、気になるのはクルニの方だが。
「どおぉりゃあああっ!!」
「こ、こいつ……!」
あっちはあっちで元気にやっている模様。いや気を抜くのはまだ早いんだけどさ。
クルニは最初に仕掛けた騎士の一人と死闘を繰り広げているようだ。
まだまだ彼女は粗が多い。ツヴァイヘンダーという武器から繰り出される長大なリーチ、そして強大な攻撃は確かに見た目で圧倒してはいるものの、剣捌きの隙を衝かれて上手く距離を潰されている。
相手の騎士は確かに弱くはないが、エストックとツヴァイヘンダーではそこそこ相性が良いようだ。優勢とは言えないが劣勢でもない状況に、ひとまず息を吐く。
クルニとフィッセル。手を貸すなら、明らかに前者だ。
俺は加勢に向かうため、足に力を込める。
「――大いなる神のご加護よ。静謐なる御身の力を以って、彼の者に命の脈動を分け与え給う」
リーダー格のシュプールではない。他の騎士たちでもない。
先ほどとは口上も声も違う祝詞が、剣戟の響く闇夜に小さく響き渡る。
声の正体は、レビオス司教か。
彼は騎士たちが置いていった木箱の前で膝を突き、その祈りを一心に捧げているようにも見えた。
木箱が青白い光に包まれること数瞬。
ガタリ、と。
ひとりでに箱が揺れ、ゆっくりとその正体が浮かび上がる。
「……!」
木箱の中から起き上がったそれは、人であった。




