第61話 片田舎のおっさん、詳細を詰める
「さて、それでは僕はこれで失礼するよ」
話はまとまったと見たか、イブロイが席を立つ。
細やかな打ち合わせなんかは必要ないんだろうか。それともそこら辺はルーシーにお任せということだろうか。俺まだ何も情報貰ってないんですけど。
「見送りは……要らんか。またの、イブロイ」
「ははは、ルーシー君は相変わらずだなやっぱり。またね。ベリル君、任せたよ」
「ああ、はい……」
ルーシーとイブロイの年季の入ったやり取りを聞きながら、俺への言葉を受け取る。
任されてもなあ。いや、受けた以上はやれることはやるつもりだが、具体的にどうすればいいのか。まさか単独で教会に殴り込んで大暴れしてこいって話でもないだろうし。
「おや、イブロイ様。お帰りですか」
「ああ、ハルウィ君。すまないね」
扉の向こう、帰り支度をしているイブロイを見つけたであろうハルウィさんが声を掛けていた。
部屋の外には使用人であるハルウィさんが居たから、ルーシーは動かなかったのかもしれない。それでも玄関口までの見送りくらいするべきじゃないかとも思ったが、まあこっちはこっちでまだ話が全部終わったわけじゃないからな。
「……で。俺はどうすればいいのかな」
「うむ。それは今から説明する」
意識を扉の向こうから中へと移す。
俺が投げかけた言葉を受け取ったルーシーは、席を立つと壁の本棚から一冊の薄い本を取り出した。ペラペラと捲る様を見てみれば、どうやらそれはバルトレーンの地理を示す地図のようだ。
「レビオスは普段、北区の教会におる。張って欲しいのはここじゃな」
「ふむ……とは言っても、俺にはよく地理が分からないんだけど……」
地図に指を差しながらルーシーが説明を続ける。
北区か。確かレベリス王宮がある地区だな。俺も久々にバルトレーンに来てから、中央区と西区は行ったが北区にはまだ足を運んでいない。行く理由も必要もなかったからだ。
地図だけを見て、ここだ、と当たりをつけるには、今の俺には土地勘が無さ過ぎた。
「北区までの乗合馬車に乗ればすぐじゃが、わしの家からなら歩けんこともない。時間を考えれば移動はどちらでもよいが……」
「道に迷うのも怖いし、素直に馬車を使うよ」
首都バルトレーンの巡回乗合馬車は、割合遅い時間帯までやっている。
この街で働く人のほとんどは中央区や西区、南区に行くのに、住んでいる地区は東区が多いからな。乗合馬車が夜遅くまで繁盛するのも頷ける話だ。
その点、俺なんかは中央区の宿に泊まっているし、普段向かう先も中央区の騎士団庁舎。大都市に住んでおきながら、足を運ぶ範囲が極めて狭い。
バルトレーン自体は馴染みのある街ではあれど、北区にまで足を運んだのはもう随分と昔のことだ。
「スフェン教の教会は乗合場所からすぐのところにある。多分、馬車を下りたらそのまま目に入るはずじゃ」
「そうであればありがたいね」
依頼を受けて乗り込んだのに、肝心の場所が分からず迷子、ではお話にならない。ルーシー曰く、目立つところにあるということだから、それが分かる事を祈るしかないか。
「引率の誰かでもつけてくれると嬉しいんだけど」
「そうしたいのは山々じゃがの」
ため息とともにルーシーが難しい旨を伝えてくれる。
魔法師団も騎士団も動けないとなれば、やっぱり俺単独になるのか。
「レビオスと宵闇の契約からして、表に出たら困るものも多くあるはずじゃ。それらをまるっと引き上げるとなれば、恐らく奴は一人では動かん」
「ふむ……」
個人で奇跡の研究を進めている、というわけでもなさそうだな。
非合法な人身売買と実験をやっている疑いがあるんだ。誰にもばれずに一人でやるには色々と無理がある。協力者が居るか、あるいはそういう思想を持つ勢力が一定数存在しているのかもしれない。
しまったな、ここら辺イブロイが居る間に聞いておけばよかった。よしんば戦いになるとしても、相手の規模感は知っておきたいところだ。
相手の質と数によっては、ぶっちゃけ逃走も視野に入る。
何とかなりそうならやるし、できなさそうなら退く。依頼を受けはしたものの、命まで懸ける気はないからな俺は。
「戦いになる可能性……も、なくはなさそうだね」
「奴が夜逃げを考えて、かつ実力行使に出れば、有り得る話じゃな。まあ、お主の力なら問題ないじゃろ」
「そうかなあ……」
問題しかないと思うんですけど。
しかし、戦闘か。以前のスリどものような連中なら多少数が居たところで問題はないが、これが騎士団レベルの腕を持っている者になってくると話が違ってくる。向こうの勢力と戦力が不明な以上、場合によってはちょっと難しい気がしてきた。
「俺が取り逃がしちゃった場合はどうするんだい」
「あまり考えたくはないが……しばらくはレベリス王国とスフェンドヤードバニアとの押し問答になるじゃろうな」
レベリス王国としては、悪事にスフェン教の司教が加担していたとなると見過ごせない。
スフェンドヤードバニアとしては、確たる証拠もなしに盗賊の独り言で難癖をつけられてはたまらない。
多分だが、こういう構図になるだろう。
隣国の内情までは俺も知り得ないが、普通に考えて他国にいきなりケチをつけられて、それではい分かりましたと素直に頷く可能性は低いと見える。
だからこそ、ここで捕えておきたいのだろうな。しかし、そのために動かせる戦力はひどく少ない。
「なに、あくまで張るだけじゃよ。奴が大人しく参考人招致に出てくれれば問題はない」
「そうであればいいんだけどね……」
努めて明るい口調でルーシーは言うが、彼女もイブロイもその可能性が低いと踏んでいるからこその依頼だろう。
俺としては取り越し苦労になることを祈りたいが、世の中色んな悪い奴がいるもんだからなあ。
「……これはわしの推測じゃが。蘇生魔法なんぞは存在しとらん」
「……? うん、それは聞いたけど」
一息入れて、ルーシーが語りだす。
「じゃが、レビオスはその研究を続けておる。死体を遺棄するにも手間と人手がかかる。その過程で犠牲になった者たちは、いったいどこに消えた?」
「……」
やめろよ、そんなぞっとしない話は。
死者蘇生を試すなら、当たり前だが死体がないと無理だ。だからこそ宵闇は、消えても問題なさそうな人物をレビオスのもとへ送っていた。
その送られた人たちが今生きているのか、それとも死んでいるのか。それは分からない。きっと彼の悪事を暴けば分かることだろうが、現時点では真相は未だ闇の中だ。
「嫌な予感がするのぅ。じゃから確実に捕えておきたい」
「分かったよ。出来る限りはやるさ」
嫌な予感ってのは大体当たるもんだ。それこそ確証はないが。
俺とレビオスが出会うことなく時間が過ぎ去るのであれば、それが最善。しかし、俺とレビオスが出会ってしまった時点で衝突はほぼ避けられない。
無意識に腰の鞘へと指が伸びる。こいつを人間相手に振るう機会が来ないことを祈るばかりだ。俺は別に人を斬りたいわけじゃないからな。
「それじゃあ、そろそろ移動するよ」
「うむ、気を付けてな」
窓から外に目を向ければ、もう日が暮れてそろそろ辺りを暗闇が包む時間帯。もしレビオスが動くとなれば、今日これからになるだろう。
遅れてしまって夜逃げの現場を押さえられませんでした、では話を聞いた意味がない。気乗りはしないが、イブロイから正式な依頼として話を聞いてしまった以上、サボタージュをするわけにもいかないしね。
「……すまんの」
応接室を出て、玄関へと移動する間。
小さく、ルーシーが謝罪を零した。
「魔法師団が動けないのは理解しているよ。まあ、貧乏くじを引かされた……って見方も出来るけどさ」
仮に俺とルーシーが出会っていなかったら。きっとこの話は他の誰かに共有され、人知れず解決していたかもしれない。
いや、そもそも俺とミュイが出会わなかったら、きっとここまで話は進んでいない。
もっと言えば、アリューシアが俺なんぞを特別指南役に推薦しなければ、今こんな事態には陥っていなかった。今も変わらず、ビデン村で呑気に子供たちに剣を教えていただろう。
つくづく奇妙奇天烈な縁だ。四十を過ぎた、ただのおっさんには些か荷が重い縁でもある。
「イブロイも言っておったが、相応の謝礼はする。頼むぞ」
「はは、そっちはあまり期待せずに待っておくよ」
最後に謝礼のことを伝えられ、ルーシーの家を後にする。
さて、とりあえずは移動するか。
歩いていけない距離ではないとは言っていたが、正確な道が分からない上に視界も悪い。素直に馬車を使うとしよう。
「…………あ、やべ」
ここから最寄りの馬車停留所ってどこだ?
肝心の情報を聞き忘れた俺は、慌ててルーシーの家へと舞い戻るのであった。