第56話 片田舎のおっさん、誘われる
「切れ味も気になるっすよねー!」
俺の剣を見たクルニが、目を輝かせながら零す。
お、やっぱり気になる? 気になっちゃう?
そうだよな、俺だって気になるもん。早くこのロングソードを振ってみたい。流石に街中で振るうわけにもいかないから、場所を選ぶ必要はあるが。
「生憎俺んとこは試技場がねえからな。前も言ったと思うが」
「ああ、それは分かっているよ」
バルデルの言葉に、頷きを返す。
そりゃまあ、ここは首都バルトレーンの中でも更に中心にある中央区だ。土地代も馬鹿にならんだろうし、試技場を設けるとなれば結構な広さが要る。流石にそこまで拵えろというのは少し厳しい話だろう。
大体、街中で大手を振って剣を扱える場所なんて割と限定されている。これはやはり騎士団庁舎の修練場に戻って感触を確かめるべきかな。
「そうそう。ツヴァイヘンダーだけど、クルニには合っているみたいでね」
「そうっすねー! 慣れるのは大変っすけど、なんかいい感じっす!」
「おお、そりゃよかった」
俺の剣についての話題は一段落。なので、次いでクルニの得物について一言添えておく。
クルニもまだ完全に慣れている、とまでは言えないが、それでも扱っていて気質というか、そういうものがショートソードよりは合っているように思う。それは本人も肌で理解しているようで、感触は概ね良好だ。
「まあなんだ、上手く使ってやってくれ」
「はいっす!」
鍛冶師としての細やかな願いに、クルニは元気よく答える。
「先生もな。その剣のこと、よろしく頼むぜ」
「ああ、うん、分かった」
折角の縁やら何やらが紡がれて手にすることになった剣だ。俺もぞんざいに扱うつもりはなかった。
ゼノ・グレイブルみたいなイレギュラーが出てこない限りは、早々ダメになるようなこともないだろう。実際、それまでは長いこと一本の剣でやりくり出来ていたわけだし。
いやしかし、本当にあれはイレギュラーだったな。その強大なモンスターの素材が今俺の手に剣としてあるわけだが、冷静に考えたらよく分からない流れだ。
「さて、と……」
用件も終わったところで、考えを巡らせる。
今日の鍛練は終えたところだが、やはり新しい剣が手に入るとそれを振りたいと考えるのが健全な剣士の考え方というもの。疲労が無くはないものの、あともう少しくらい頑張っても問題はないだろう。どうせ夜に何か用事があるわけでもないし。
「俺は庁舎に戻るけど、クルニはどうする?」
なので、新たな相棒の感覚を掴むため、修練場で軽く汗を流すことにした。
「あ! それじゃあ私も付き合うっすよ!」
どうやらクルニも一緒に付いてきてくれる模様。
剣を振るのはひとりでも出来るが、相手が居るとより捗るからね。ありがたい限りである。
「研ぎが必要な時はまた言ってくれよ、先生」
「うん、ありがとう」
見る限りかなりの業物で、早々研ぎが必要なシーンは来ないとは思うが、まあ作り手としては気になるところなのだろう。ここは遠慮なくお言葉に甘えておくことにする。
「さて、それじゃ戻ろうか。悪いね、付き合わせて」
「いえいえ、私も気になるっすから!」
今回俺がやりたいことは、あくまで新しい剣の感覚を掴むための準備体操みたいなものだ。クルニの成長に繋がる類のものではないので、付き合わせてしまうことに若干の申し訳なさも感じてしまう。
しかしまあ、本人が付いてきたいというのならそれを断る理由もない。
個人的には些か目立つ、赤の鞘を腰に差して街を歩く。
バルトレーンの中央区は、深夜早朝でもなければ結構な人通りがある。もしやこの鞘はすわ注目を集めるかとも思ったが、考えてみたら冒険者の連中とか派手な格好してる奴も居るわけだから、この剣単体がそこまで目立つわけでもないようだ。
おじさんとしては要らぬ衆目を集めずに済んで何よりである。
「でも、修練場じゃ切れ味は試せないっすよねえ」
「それはまあ仕方ないよ」
クルニが腰にちらちらと視線を飛ばしながら零す。
そうなんだよなあ。訓練は基本的に木剣でやるし、真剣で斬れるものって置いてないんだよ。流石に騎士団の備品を勝手に切り捨ててしまうのはヤバすぎるのである。俺も怒られたくないし。
じゃあ街の外に出て狩りでもするかと思えば、こういう大都市の周辺は警備や掃討が行き届いているものだ。ちょっとぶらつく程度でモンスターに出会える可能性は低い。
別に俺は無類の戦闘好きってわけじゃないから、真剣の切れ味を確かめられなくても文句はない。けれども、折角手に入った新しい業物を試したいという気持ちがあるのも事実。
うーん、おじさん柄にもなくちょっと高揚しているかもしれません。
あまりよいとは言えない傾向だ。気の昂ぶり自体は悪いこっちゃないが、こういう上がり方は精彩を欠くタイプのやつである。歩いているうちに落ち着くといいんだけどな。
「ふふ、先生ちょっとそわそわしてるっすね!」
「いや、まあ、そりゃ多少はね」
にっこにこのクルニから指摘が飛んできた。
やっぱり傍から見て分かる程度にはテンションが上がってしまっているな。腰が空だったのは一週間少々だが、それでも落ち着くべきところが落ち着くと自然と気持ちは上がってしまうものである。
ふう、落ち着け落ち着け。
よし、落ち着いた。多分。
修練場に着いたら、構えの確認を中心にこの剣の重さと長さをしっかりと身体に沁み込ませよう。
以前使っていた剣とそこまでサイズに違いが無いとは言え、やはり別物だから細やかな違いは出る。それを肌に覚えさせて、俺も新しい剣に慣れて行かなきゃならない。
じゃないと、いざって時に間合いを見誤ったり振りが上手くいかなかったりする。ただでさえ冴えないおじさんなのだ、剣くらい格好よく振りたいものである。
「着いた着いた……うん?」
バルデルの鍛冶屋から騎士団庁舎までは、そう離れていない。
クルニと取り留めのない雑談を交わしたり、新しい剣に思いを馳せて居ればすぐに着く。
そして、俺とクルニの視界に庁舎の入り口が収まった時。
普段は守衛が立っているだけの場所に、小さなシルエットが追加で確認出来た。
「――おお、ベリル。待っとったぞ」
「ルーシー? どうしたんだい、こんな時間に」
「ルーシーさん! こんにちはっす!」
その人影は魔法師団の師団長、ルーシー・ダイアモンドその人。
まだ日は上ってはいるが、わざわざ人を訪ねるには少々遅い時間でもある。それに、言葉振りから察するに明らかに俺を待っていた様子。
どうしたんだろう、と思うが、わざわざルーシーが俺を訪ねる理由には直近だと一つしか心当たりがない。
「話がある。少し付き合ってもらえんかの」
初めて出会った時のような強引さはない。
しかし、その口調と表情から、決して安いお願いでないことは嫌というほど伝わった。
「……すまないね、クルニ。そういうことらしいから」
「い、いえいえ! お気になさらずっす!」
断りを入れれば、ぶんぶんと腕を振るクルニ。
クルニには結局付き合わせてしまっただけになっちゃったな。今度軽く埋め合わせでも考えておこう。
「さて、それじゃ行こうか」
「すまんの」
ルーシーがクルニに向けて、軽く手を振って謝罪を口にする。
別にいいけどいきなり話を振った俺に対しての謝罪はないんだね。いや別にいいけどさ。
さて、なんだか呑気に素振りして終わりって一日じゃなくなってしまったな。
変な話が飛び込んでこなきゃいいけど、そればかりはルーシーのみぞ知るってね。
ルーシーは本当にどこにでも現れる




