第52話 片田舎のおっさん、一杯ひっかける
アリューシア、ルーシー、ミュイとともに戻ってきた先はレベリオ騎士団庁舎前。
結局あの場の保全というか、管理は一般の騎士たちにお任せする形となった。俺やミュイがあの場に居座るわけにもいかないし、アリューシアやルーシーといった重鎮をあそこに縛り付けるわけにもいかない。
まあ中央区のど真ん中、周囲も一般住宅が多いから、そう滅多なことは起きないだろう。万一何かが起ころうとも、騎士たちだって荒事には慣れているはずだしな。
「あの者たちは?」
「はっ。地下に連行、勾留しております」
庁舎に戻ってきてから、先に宵闇らを連れて戻っていた騎士の一人を捕まえ、アリューシアがその所在を問うていた。
へえ、騎士団庁舎って地下もあるんだね。行くことは特にないから今まで知らなかった。行く理由も用事もないのだから当然ではあるのだが。
しかしまあ、レベリオ騎士団は何も格式だけで存在している組織じゃない。大都市バルトレーンの治安維持の役目も担い、今回のように実働部隊として出張る場面もある。
そんな組織が、表も裏も全部クリーンに出来上がっている、とまでは俺も考えちゃいない。
無論、悪いことをやっているとまでは言わないが、清濁併せ呑むとでも言うべきか。大なり小なりそういう面もあるのだろう。ここも同じく、俺にとってはあまり関係のない部分だから大して気にしてはいないけれど。
「そんじゃわしは一旦戻るぞ。明日また来る。奴らに聞きたいことも多いのでな」
「ああ、うん。今日はありがとう?」
言っておいて何だが、この場合に言うのはお礼でいいのか? よく分からん。なんか連れ回されただけな気もする。
ただ、ミュイのことを気にして即座に動いた、という観点からみれば感謝するべきなのだろう。
「ほれ、ミュイはこっちじゃ」
「……ちっ、分かったよ。分かったから手を放せ」
ぐいぐいとミュイの手を引っ張りながら歩いていくルーシー。
その光景を見て彼女の図太さというか、そういうのが上手いこと発揮されてミュイとも仲良くやってくれたらいいな、なんて親みたいな感情を抱いてしまう。
「ミュイもまたね」
「……ふん」
帰り際、彼女の背中に投げかけた声に返ってきたのは、鼻を鳴らす音であった。
うーん、流石に嫌われてはいないと思うが、この知人以上友人未満みたいな立ち位置はどう動けばいいのかが分からんな。
ただの知人というには事情を知り過ぎてしまっているし、友人と呼ぶには年の差があまりにも大きい。道場の弟子とかはっきりした間柄であればまた接し様も変わってくるんだが。
「……さて、と」
ふと空を見上げると、茜色に染まった光源がガレア大陸の大地を染め上げんと、煌々と輝いている。本日最後の抵抗か、精いっぱいに間延びした影が、間もなく闇に呑まれようかといった頃合だ。
ふむ、なんとか日が沈む前に片付いてよかった。
しかし肉体的にはそこまで疲れちゃいないが、色々あったせいか精神的にはちょいとつらいところがある。
とは言っても、今日の仕事はもう終わり。
ルーシーは、あの盗賊たちには裏で手を引いている者が居ると言っていたが、それを探るのは俺の仕事じゃない。流石にそんなところまで特別指南役とかいう肩書の者が出張るわけにもいかないのである。俺自身そこまで首を突っ込みたくないし。
「私は騎士の巡回ルートと頻度についての案を少し詰めていきます。先生はもう帰られますか?」
空に視線を預けながら取り留めのないことを考えていると、アリューシアから声がかかる。
「そうだね……俺は今日はもう宿に戻ろうかな」
視線を戻しながら、彼女の声に答える。
巡回ルートというのは恐らく、今回盗賊団が捕まったことによる影響だろう。あれだけで全員とは思えないし、予想以上に中央区のど真ん中に根城があったもんだから、そこら辺の警備を強める感じなのかな、多分。
「では先生、また明日」
「ああ、アリューシアもあまり根を詰めすぎないように」
別れの挨拶を交わし、騎士団庁舎を後にする。ついでにアリューシアは根が生真面目なので、あまり遅くならないように小言も添えておいた。
俺なんかに言われずとも、体調管理くらいはしっかりしていると思うが、まあ念のためというか、ついついというか。
「ふー……」
軽く息を吐きながら、宿への道を辿る。
やっぱりなんだかんだで疲れたよ今日は。こんな日はさっさと帰って近場の酒場にでも寄って一杯決めるに限る。
相変わらずバルトレーンの地理に疎いままの俺だが、それでもそれなりの期間生活していると、周辺の店やら立地やらは何となく頭に入ってくるものだ。
中には行きつけに近い酒場なんかも出来たりしている。宿から近くてそんなに騒がしくなくて、飯と酒が美味いとなれば、通わない手はないのである。
盗賊の根城に踏み込むという、見方によっては一大事件とも取れる内容が本日起こったわけだが、俺の気持ちとしては割とのんびりしたものだ。
別にそれがあったからって、俺の人生に何か大きな転機が訪れるわけでもないしな。
既に齢四十五を超えたおっさんの身である。今更そんなものを期待してもいないし、特別願ってもいない。
「まあ、俺は俺に出来ることをやろう」
あれやこれや考えていても仕方がない。
気持ちの整理をつけた呟きは、自然とバルトレーンの空に溶けていく。
宵闇ら盗賊への聴取だって、しばらくの時間は要するだろう。
黒幕が居るかどうかってのは俺には分からんが、仮に居たとしても情報の裏付けは必要だ。そういう精査も含め、今日明日ですぐに新たな事実が浮かび上がるという線はないとみている。
となれば、俺の特別指南役としての仕事も変わりなく発生するわけで。結局俺はいつも通り、騎士の皆と鍛錬に励む他ないのだ。
「確か、この路地に……あったあった」
ただ、職務に励むのは当然として、今日一日頑張った俺にちょっとばかしのご褒美があっても悪くはないだろう。
足を運んだ先は、普段とっている宿から一本外れた道にひっそりと構える酒場。表通りと比べたら立地的にかなり不利なんじゃないかなあとは思うんだが、それでもここが首都バルトレーンだからか、いつもそこそこの客が出入りしている。
こういうちょっと疲れた日は一杯決めるに限るってもんよ。
両開きのドアの向こうからは、繁盛を思わせるささやかな喧騒が漏れ出ている。お気に入りの店が無事に繁盛しているのを見るとちょっと嬉しくなるよな。
「お邪魔しますよっと」
一通り店構えを眺めてから、ドアを潜る。
今日はぱっと飲んでぱっと寝よう。そんで、明日からまたいつも通り頑張ればいいや。諸々はアリューシアやルーシーが上手いことやるだろう。きっと。明日には明日の風が吹くってね。




