第51話 片田舎のおっさん、幼子を想う
スリどもを縄で縛ってから、しばらく無為な時間を過ごしていた。
だって会話とか特にないんだもん。別に子供が嫌いなわけじゃないしミュイのことを嫌ってもいない。言うほど関わりがないってのはあるが、それでも道場で剣を教えていた時は彼女くらいの門下生もいたし、殊更苦手なわけでもない。
それでもシチュエーションがダメ過ぎる。盗賊の家に突如押し入って全員ひっ捕らえた後なんて、喋ることがなさすぎるのである。
なので、なぎ倒した男どもの呻き声が微かに響く中、沈黙を保つ以外の選択肢が取れなかった。ルーシーはよ帰ってきて。
「……アタシは」
「うん?」
なんてことを思っていたら、ミュイが言葉を零し始める。
声に釣られて彼女の方へ振り返ると、ミュイは何とも言えない固い表情のまま、僅かに口元だけを動かしていた。
「アタシは、これからどうすりゃいいんだろうな……」
彼女の疑問に対する明確な答えを、俺は持ち得ていなかった。
無責任な言葉を投げかけるわけにはいかない。ミュイはまだ子供だ。そして子供とはいえ、短いながらこれまで培ってきた経験と価値観がある。
彼女の考え方に沿って、かつ現実にも沿って、更に世間的にも丸く収まる選択肢。当てがないといえば嘘にはなるが、どちらにせよ俺の責任で何とかなる範疇の問題ではなかった。
「まあ、何とかなるし何とかするさ。それが大人の責任だ」
だから俺一人ではなく、首を突っ込んだ大人皆で責任を被る。その胸中を伝えることが、今の俺に出来る唯一の返答だった。
「……はは、そうかよ」
俺の答えに、ミュイははは、と力なく笑う。
こんな言葉で彼女の信用を買うのは土台無理な話。そもそもが、信頼関係自体を築けていないし築く余裕もなかったわけで。
ただ、少なくとも俺の気持ちとしては言った通りだ。いい大人たちが揃って手を差し伸べてしまった以上、掬い上げる義務がある。ここまで突っ込んでおいて見て見ぬふりは、流石に寝覚めが悪いというレベルではないからな。
「戻ったぞー」
問答から再び沈黙が下りて、どれくらい経っただろうか。
俺やミュイとは違って随分と気の抜けた声とともに、ルーシーが再び姿を見せる。
「先生、お疲れ様です」
「アリューシアこそ」
その後ろには、レベリオ騎士団長であるアリューシアの姿と、何人かの騎士の姿も見えた。皆物々しいプレートアーマーを着込んで、油断ならぬ表情である。いやまあ、事態はほぼ収まってしまったんだけどね。
「……この者たちが?」
「そうだね。確定って扱いでいいと思う」
俺とミュイの手によって拘束されている男たちへと、アリューシアは冷たい視線を下す。
普段は頼りがいのある、そして有事の際は一層頼もしいだろう騎士団長の視線。アリューシアからあんな目で見られるようなことは出来れば勘弁願いたい。これからもおじさんはひっそりと、そして長閑に暮らしていきたいものだ。
「そやつらには推定じゃが余罪もある。わしも用があるでな、取り調べにはわしも参加させてもらうぞ」
「ええ、分かりました」
しれっと取り調べへの同席を確保したルーシー。
まあ魔法師団の長ならそこら辺の融通も利くんだろうな。多分。
「では、連行を」
「はっ!」
アリューシアの一声で、後ろに控えていた騎士たちがスリどもを担ぎ出す。中には意識を取り戻して暴れる奴も居たが、ただでさえ鍛えている騎士相手に対し、縄で縛られているのでは敵うはずもなく。恙なく、彼らはお持ち帰りされていった。
これからどんな取り調べが待っているかは俺も知らない。アリューシアのことだ、そんな拷問じみたことはやらないはずだが。
ルーシーは知らん。こいつは割と無茶しそうな気がする。
「……ところで」
さて、とりあえずは一件落着、といきたいところだが、目下の問題はまだ残っている。
一息入れて発した声に、アリューシアとルーシーが振り返った。
「ミュイについては、どうしたものかな」
そう。
彼女の泊まる場所がないのである。
元々この家を根城にしていたことは分かっている。だがここは既にルーシーと俺、そして騎士団によって検めた後だ。この場に一人残して今後も生活していってね、で済ませるのは色々とよろしくない。
かといって、ここで無責任にほっぽり出すのも大人としてどうなの、と思う。首を突っ込んだ以上、最後までとは言わずとも、きりの良いところまで面倒を見るのは至極当然だと俺は考えていた。
「騎士団庁舎にも寝泊まりする場所はなくはないですが……」
スリどもを連行していった騎士を尻目に、アリューシアが零す。
まあ俺もあそこはよく通ってるけど、泊まれなくはない。が、あくまでそれは「泊まれなくはない」止まりであって、宿泊に適した場所ではないというのも事実。少女を一人預けるには少しばかり環境に不安が残る。
それに、ミュイのことを知っているのは俺、アリューシア、ルーシーくらいだ。いきなり騎士たちのど真ん中に放り込んでも要らぬ軋轢を生む可能性もある。
「俺も現状は宿暮らしだからね……」
とは言え、俺が預かるってのも難しい。
これが実家のビデン村であれば一人くらいどうとでもなるのだが、生憎ここは首都バルトレーンで、俺は宿屋に身を寄せている。
何より、こんなおっさんと宿暮らしというのはミュイの方も納得しないだろう。手段がそれしかないのなら我が侭は言ってられないかもしれないが、それにしたって期間の限度はある。俺の財布の中身だって有限なのだ。
「魔術師の卵じゃろ。わしのところで暫く預かっても良いぞ。家政婦もおるでな」
どことなく先の見えないような、ぼんやりと暗い空気が漂い始めた中、ルーシーがあっけらかんと言い放つ。
今まで気にしても居なかったが、ルーシーはどこのどんなところで住んでるんだろうな。まあ魔法師団の長として長いということなら、中流以上の物件は持ってそうだ。家政婦も居るとのことだし。魔法師団の稼ぎがどんなもんかは知らないけどね。
騎士団庁舎は最適解ではない、アリューシアや俺の寝床はちょっと難しい。ここに置いて行くのは論外。
となると自然、ルーシーの案に頼るしかないか。
「……ふん」
そんな大人たちの成り行きを見守っていたミュイは、一つ鼻を鳴らす。
うーん、この反応は歓迎とも否定とも取りがたい。
ただ、目下の問題がルーシーを頼ることで解決しそうだ、ということは彼女にも分かるのだろう。目に見えて反対、というわけではなさそうだった。喜んでもいないけれど。
「……じゃあ、とりあえず戻ろうか」
一瞬の静寂が場を包んだ中、俺が零した言葉は妙に反響して聞こえた。
何にせよ、ここでハイ解散、とはしがたい故に、一旦落ち着いた場所に戻りたい。全員の足が揃って向かう先は、やっぱり騎士団庁舎になるのであった。
「そうですね。いつまでもここに居るわけにもいきません」
アリューシアがそう反応を返すと、スリどもを連れて行った騎士とはまた別の者に指示を出す。
やつらは捕縛されたが、別の者が残っていないとも限らない。そうなると、ある程度の目処が付くまでこの現場自体を封鎖、または管理下に置く必要があるわけで、そのための命令を騎士へと下していた。
「わしも今日は働いたし、戻るとするかのー」
「よく言うよ」
はっはっは、と笑みを湛えるルーシー。
主に働いたのは俺の方な気もする。素人が相手とは言え、なんだかんだで五、六人くらい居たからな。いや、あの宵闇さんの実力が不明な以上、俺では不覚を取っていた可能性も十分にあるのだが。
「……ちっ」
そんな和気あいあいとした空気を嫌ったか、ミュイから小さな舌打ちが漏れる。
いや、嫌っているというのは少し違うか。単純に慣れていないんだろう。こんな和やかな雰囲気とはある種対極の世界で、今まで過ごしてきたんだ。
相変わらず彼女周辺の事情は与り知らないままだが、俺に出来ることがあれば何かやってあげたいなとは思う。それが関わってしまった大人の責任だと思うし、俺から見ても何となく、ミュイは放っておいてはいけないタイプのように見える。
暴走する、とまでは言わないが、誰かの目と手が届く範囲でないと、いつの間にか崩れてしまいそうな、そんな雰囲気。
これは半ば勘のようなものだ。片田舎の剣術道場という限られた環境下ではあるが、少なくない子供たちを見てきた俺の勘。
外れているのなら、それはそれでいい。もし当たっていたのなら、それとなくアリューシアやルーシーには共有しておきたいところだ。
「じゃあ、行こうか」
言いながら、思わず手を差し伸べる。
強がってはいるが、彼女はどう考えてもまだ大人の導きが必要な年齢。俺の手を取る程素直ではないと分かっているつもりだが、つい出てしまったものは仕方がない。
「……ふんっ」
案の定、ミュイが俺の手を取ることはなかった。
まあ、こんなおっさんとおてて繋いでバルトレーンの街を練り歩くなんて、彼女からしたらたまったもんじゃないだろう。
ただ、鼻を鳴らしたその表情は、不機嫌というわけでもなさそうであった。
それだけ分かれば、今はそれで十分だ。
さて、それじゃあとりあえず庁舎に戻りますか。
書籍の方ですが、おじさんがちゃんとおじさんしている容姿ということでご好評をいただいており何よりです。
web版、書籍ともども冴えないおっさんをよろしくお願いいたします。
 




