第5話 片田舎のおっさん、紹介される
「――以上の経緯から、今後ベリル・ガーデナント氏にレベリオ騎士団の特別指南役としてご協力頂く。各員、より一層の鍛錬に期待している」
隣から聞こえる凛とした声はアリューシア・シトラスのものだ。
先ほどまで俺と歓談に耽っていたものとは違って重く、威厳のある声色である。これが余所行きの声というやつか。俺には難しいな。
目の前には数十人の、いや下手したら百人は超えるんじゃないかと言う騎士団の団員たち。全員が同じような銀のプレートアーマーに身を包み、見た目の圧迫感と重圧が凄い。
騎士たちの性別や年齢は様々といった様子だが、流石に俺ほど歳を食ってる人はぱっと見居なさそうだった。そりゃ本格的に身体にガタが出始める四十代で騎士は難しいだろうしな。俺だってのんびり片田舎で過ごしていたかったのに。
「それでは先生、一言お願いします」
えっマジで。何も考えてないんですけど。
ていうか喋る予定があったなら前もって伝えて欲しい。
なんて文句をここで言っても致し方なし。
アリューシアの言葉に応じて集中する視線を何とか躱し、俺は挨拶となる言葉を紡ぐ。
「えー……先程ご紹介に与りました、ベリル・ガーデナントです。私の技術がどこまで皆さんの役に立つのかは分かりませんが、精いっぱい皆さんの一助となれるよう頑張らせて頂きます。どうぞよろしくお願いします」
俺の声を受け取った騎士団から更に集中する視線。
うーむ、疑問が八割、期待が二割といった塩梅か。
疑問の目線の中には、懐疑を超えて攻撃的ともいえるものもあった。
やはりいきなり特別指南役とかいう役職に就くのは無理があったんじゃなかろうか。おじさんちょっと心配。そもそも期待の視線が少し混じっているのもおかしい話だけどさ。
その期待を寄せている視線のいくつかには、なんとなーく見覚えのある顔もあった。誰だったかいまいち自信が無かったことと、場の空気も勘定して声を掛けるのは止めておいたが。多分元弟子だと思うんだけど、違ってたら恥ずかしいし。
首都バルトレーンに着いてからレベリオ騎士団の拠点へ向かい、こうやって皆の前で紹介を受けるようになるまでは実にスムーズであった。
騎士団庁舎の前など物々しい騎士の見張りが四、五人いたのだが、アリューシア騎士団長ともなれば流石の顔パスですよ。
ついでに何故か俺も顔パスの恩恵を受けられた。騎士団長ってすげえや。
ゆっくり首都を回る暇もなく速攻で騎士団庁舎まで連れて来られたのだが、ただ街並みを視界に収めるだけでもその繁栄振りが伝わるというもの。丁寧に石畳で整えられた幅広の街道は人通りも多く、活気も十分に見受けられた。
馬車を停めた停留所と思われるところには土産屋っぽい店も幾つかあったので、後でアリューシアに案内してもらおう。
こういっちゃ何だがうちのビデン村とは大違いだな。片田舎と首都を比べること自体が烏滸がましいが、どうしても比べちゃうね。
「では、我々は指南の日程調整を行う。各員は業務に戻るように」
なんてことをつらつらと考えていたら、どうやらこの集まりはここで解散らしい。沢山の目に見つめられるのもなんだか落ち着かなかったから、早めに終わってくれて何よりだ。
「先生、参りましょう」
「ああ、うん」
アリューシアの声色が柔らかいものに変わった。
どうやら余所行きの声は終了ということか。あれはあれで威厳があって似合っていたなあ。本当に立派になったものである。
「だっ団長! 待ってくださいっす!」
庁舎中央の広場的なところから動こうかと思った矢先。
騎士の一人が慌ててこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「クルニ、静かに。騎士たる者、常に冷静さを欠いてはなりません」
クルニと呼ばれた騎士は「はいっす!」と元気よく返事を返すと、その視線を俺の方へと向けた。
ショートボブの茶髪が眩しい、活発な子という印象だ。年齢はアリューシアよりもいくらか下だろう。くりっとした大きめの碧眼は、見目以上の幼さと爛漫さを感じさせる。
身長はアリューシアよりも更に低く、はっきり小柄と言える体格だ。
総じて人懐っこい犬のような印象を抱かせる。
そしてこのイメージに、俺は心覚えがあった。
「クルニか。君も元気にしているようで何よりだ」
「はいっす! 先生、お久しぶりっす!」
彼女――クルニ・クルーシエルも、うちの道場出身者だ。
道場に居た期間はアリューシアよりも更に短い二年程だが、その元気っぷりと懐きっぷりは懐かしさを覚える程度には記憶に残っていた。
しかし、彼女には餞別の剣は渡せていない。
筋は良かったが、二年という期間ではすべてを教え切れなかった。
騎士団で指南役ともなれば、クルニに教える機会もあるだろう。出来れば当時は渡せなかった剣を渡せるようになるまで見てあげたいものだ。
「立派な騎士になったじゃないか。俺も鼻が高いよ」
「い、いえいえ! 自分なんてまだまだっすから!」
クルニはアリューシアよりも分かりやすく、騎士団入りを熱望していた。『絶対にレベリオ騎士団に入って見せるっす!』と意気込んで練習にも熱心に取り組んでいたのをよく覚えている。どうやら夢は叶ったらしく何よりだ。
そのことを素直に褒めてあげると、彼女はあたふたと両手を振り回す。
目に見えない尻尾がぐるんぐるん回っている様が想起されるな。
うーん、犬。
クルニは癒されるなあ。
「クルニ。我々も暇ではないのです。業務に戻りなさい」
おっと、アリューシアが少し余所行きの声になりかけているぞ。
ただまあ、確かに暇ではない。いやその予定ってのが土産屋を回るって用事なんだけどさ。おっさんはさっさとスケジュールを調整してプチ観光と洒落込みたいのである。
「あぅ、すみません。……先生! 今日この後は時間あるっすか?」
「ん? そうだね、余裕があれば少し町を見て回ろうかなと思っている」
「じゃ、じゃあ! 私が街を案」
「私がご案内しますいいですねクルニ貴方は業務に戻りなさいさあ早く」
だから何でお前メッチャ食い気味なんだよ!
クルニめっちゃびびってんじゃん!
雨に濡れた子犬みたいになっちゃってんじゃん!